Episode72
翌朝、瀬良はいつもより肩が軽く感じ、朝練に気持ちよく取り組んでいた。昨晩のマッサージのおかげで、体がすっきりとした感覚が残っている。練習の動きもいつもよりスムーズで、力を入れやすかった。
少し遅れて練習に合流した美菜を見つけると、軽く手を振って声をかけた。
「おはよう、美菜」
「おはよう。もう練習終わり?」
「いや、ちょっとだけ休憩」
美菜が近づいてくると、瀬良はふっと笑いながら言った。
「昨日、ありがとうな。おかげで、今朝はかなり楽だった」
「そう言ってもらえると嬉しいけど、無理してない?」
「大丈夫、むしろありがたいくらいだ」
肩を軽く回しながら、瀬良は本当に体が楽になったことを実感していた。
「ほんとにやってよかった。今度、またよろしく頼むよ」
美菜は照れくさそうに微笑んで言った。
「うん、またね」
その言葉を最後に、二人は練習を再開した。
少しの間の静かな時間が、まるで二人の距離を少しだけ縮めたような気がした。
***
朝練後、スタッフルームで木嶋が少し不貞腐れたように座って足をぶらぶらとしていた。その表情に気づいた美菜は、心配そうに声をかけた。
「木嶋さん、どうしたの?元気ないみたいだけど」
木嶋は一瞬驚いた顔をした後、軽く肩をすくめて苦笑した。
「んー、ちょっと悩みがあって」
「悩み?」
美菜は興味を示しながら、椅子に座る。木嶋は少し考えるような仕草を見せ、しばらく黙ってから口を開いた。
「実はさ、昨日瀬良にゲーム誘ったんだけど、断られちゃって」
「えっ、瀬良くんに?」
「うん、まぁ、なんか理由は分からないけど忙しいみたいだったし。でもちょっと…毎日一緒にしてたのに寂しかったというか…」
(瀬良くん……!木嶋さんに理由言ってあげてよ…!)
木嶋は力なく笑って言ったが、美菜の胸にはちょっとした焦りが走った。木嶋と瀬良の関係は、想像以上に親しいと感じていたから、一応美菜なりに邪魔になるようなことはしたくなかった。
「それとさ、最近好きなVTuberのみなみちゃん、あんまり配信してくれなくて」
「みなみちゃん……!?」
「知らない?人気VTuberみなみちゃん。ちょー可愛いの!キャラクターの見た目とかじゃなくて、性格とかが可愛いからさ!今度見てみて!」
「へ、へぇ〜……」
美菜は内心ドキッとしながらも、表情を崩さずに尋ねた。実はそのVTuberが自分だとは、木嶋は気づいていない。
(……ごめん木嶋くん……ッッ!!!!)
「みなみちゃん、前はよく配信してたんだけど、最近は全然だし。ちょっと心配になっちゃって」
「そ、そうなんだ……」
(本当にごめんッッ!!)
美菜は冷静を装いながら、どうにかその話を流そうとした。木嶋の悩みが、実は2つとも自分が原因だとわかっていたからか、どうしても気が引ける。
「でも、みなみちゃんは今は忙しいだけだよね?きっとまた配信してくれるよ!瀬良くんは……きっと今日はゲームしてくれるんじゃないかな!?」
木嶋は少し不安そうに頷いた。
「そうだといいんだけど……」
その言葉に美菜はほっと胸を撫で下ろしながらも、どこかで自分の秘密を守らなければならない焦りを感じていた。そして同時に罪悪感も感じてしまう。
木嶋の悩みが全て自分に向けられているとは気づいていない様子で、美菜の心の中では不安が大きくなっていった。
(このまま話すとボロが出るかも…話題変えてみなきゃ!)
はっとして、話題を変えなければと美菜は急に思いつく。
木嶋はまだ少し口をとがらせていた。
「そういえば、木嶋さん、瀬良くんとどんなゲームしてるの?」
木嶋は一瞬警戒したような表情を浮かべたが、すぐに隠すように表情を戻して満面の笑みで言った。
「えっと、普通の対戦ゲームとか!別に特別なものじゃないけど」
「そうなんだ。瀬良くんって、結構ゲーム得意だもんね。」
木嶋は少し困ったように笑いながら、言葉を濁した。
なぜなら入社前に瀬良からこれでもかという程釘をさされたからだ。ゲームの大会に出てるとか、プロゲーマーだとか、誰にも言わないように口止めされている。
「まぁ、そりゃ、ふ、普通、普通にね!」
その言葉に美菜は不思議に思いながらも、美菜は深く追及しないようにした。木嶋が何かを隠しているような気がしたが、あまりにも焦っていたので詮索するのは野暮だと思い、美菜は聞くのをやめておいた。
そのとき、木嶋が急に立ち上がり、焦ったように言っう。
「あ、ちょっと受付に用事があったんだ。じゃ、またね!」
木嶋は不自然に笑って、急いでスタッフルームを出て行った。美菜はその背中を見送りながら、心の中で何かが引っかかっているのを感じた。
(木嶋さん、何か隠してるのは分かるけど……誤魔化すの下手だな……)
美菜は一瞬、何かを感じたが、すぐにその感覚を打ち消した。それでも、木嶋と瀬良、そして自分の間に何かが絡み合っているような気がして、心が落ち着かなかった。




