Episode70
翌朝、美菜はすっかり体調も戻り、久しぶりの出勤に少し緊張しながらも、鏡の前で軽く髪を整えていた。
「よし……!」
自分に気合を入れ、仕事モードに切り替える。少しだけ気が重かったが、昨日の瀬良と田鶴屋の優しさを思い出すと、自然と背筋が伸びた。
サロンに着くと、すでにスタッフはそれぞれの準備を始めていて、いつもの活気が戻ってきていた。
「河北さん、大丈夫?」
瀬良がふと振り向き、いつもより少し柔らかい声で問いかける。
「うん、もうすっかり元気!昨日はありがとうね」
美菜が笑顔で言うと、瀬良は一瞬目をそらし、軽く頷いた。
「そっか……ならいい、何かあれば言えよ」
その反応に少し可笑しさを覚えつつ、すぐに田鶴屋の姿を探す。
「あ、田鶴屋さん!」
「おっ、おはよう!もう大丈夫そうだな!」
田鶴屋はいつもの陽気な笑顔を見せながら、河北の様子を上から下までチェックするように見た。
「昨日は本当にありがとうございました。おかげで元気になれました!」
「おお、そりゃよかった!ってか、ほんとにもう大丈夫なんだろうな?またぶっ倒れたりしないよな?」
「大丈夫ですよ、ちゃんと休みましたから」
そう言うと、田鶴屋は大げさに胸をなでおろし、「いやー、心配したんだからなぁ」と冗談めかして笑った。
「ま、河北さんが元気なら何より!あ、そうだ、昨日持って行ったゼリーとかちゃんと食べた?」
「あ、はい、食べました。めちゃくちゃ助かりました」
「おっしゃ、それなら俺の選択に間違いはなかったってことだな!」
満足げに頷く田鶴屋の様子に、つい美菜も笑ってしまう。
そんなやりとりを横で聞いていた瀬良が、ぼそっと言った。
「……俺が、ゼリーとか買っていきましょうって言ったんですけどね。田鶴屋さんは何でもかんでもカゴに入れてただけでしょ」
「えー?そうだっけ?でもまあ、たくさんの優しさってのは大事なんだぞ、瀬良くん?」
「物の多さで優しさ決めないでください」
瀬良が軽くため息をつきながら言うと、田鶴屋は「おー怖い怖い」と笑いながら肩をすくめた。
そのやりとりを見ながら、美菜はなんとなく心が温かくなっているのを感じた。
(ああ、やっぱりこの職場、好きだな)
そんなことを思いながら、今日も一日頑張ろうと、気持ちを引き締めた。
***
スタッフルームに向かう途中、美菜は千花と木嶋が楽しそうに話しているのを見かけた。千花が笑いながら話していて、木嶋は大げさな身振り手振りを交えながら、なにやらふざけた様子で相槌を打っている。
(仲いいなぁ)
なんとなくその空気を壊すのも悪い気がしたが、昨日は迷惑をかけたし、一言謝っておこうと足を止めた。
「あの、千花ちゃん、木嶋さん」
二人が同時に振り向く。
「昨日は急に休んでしまってごめんね。迷惑かけたよね」
そう言うと、千花は少し驚いたような顔をして、すぐに首を横に振った。
「えっ、全然ですよ!美菜先輩、体調もう大丈夫ですか?」
「うん、もうすっかり元気」
「ならよかったです!でも、無理しないでくださいね」
千花が心配そうに言うと、木嶋も続けて美菜に声をかける。
「そうそう!またぶっ倒れたら俺、泣いちゃうからね!?職場で泣くのはさすがにカッコ悪いでしょ!?」
と大げさに頭を抱えた。
「すみません、ご心配をおかけしました」
美菜がぺこりと頭を下げると、千花がくすっと笑う。
「美菜先輩って、ほんとに真面目ですよね」
「え?」
「誰も迷惑だなんて思ってないのに、ちゃんと謝るし……でも、そういうところが美菜先輩らしくて素敵です」
「そうそう!美菜ちゃんはもっとドーン!と構えてていいの!俺らが全力でフォローするからさ!」
「ありがとう、千花ちゃん、木嶋さん」
心からそう言う美菜。
いい後輩と仲間を持ったなと有難く思う。
「でもほんとにさ、美菜ちゃん、無理だけはしないでよ?俺がこのサロンのムードメーカーなら、美菜ちゃんは癒し担当だからね!?美菜ちゃんがいないと、俺のボケを誰が拾うの!?瀬良か!?絶対無理だろ!!」
と大げさに嘆いた。
この間から美菜をクールだと言ったり、癒し担当と言ってみたり、木嶋も美菜との距離感を彼なりにはかっているようだった。
「いや、そんな役割担ったつもりないんだけど……」
美菜が苦笑すると、 木嶋が冗談めかしく笑う。
「木嶋さん、それってただの自分の心配じゃないですか」
と呆れたように軽く叩きながらツッコむ千花。
千花と木嶋はやはり美菜の見立てではもうかなり打ち解けているようだ。
「おっと、バレた!?いやでもほんとにさ、美菜ちゃんが元気ないと、サロンの雰囲気も変わっちゃうからさ!ほんと、無理しないでね!」
木嶋が胸元で軽く拳を握ってウインクすると、美菜はつい笑ってしまった。
「じゃぁ私たちは残りの掃除でもしますか!ついてきなさい!ワトソンくん!」
「りょーかいデス!!ホームズさん!」
(千花ちゃんと木嶋さんは波長が合うのかなぁ)
二人の軽快なやりとりを見ていると、息がぴったりで、まるで漫才コンビみたいだった。
(こういう関係、いいな)
そう思いながら、美菜はどこか安心した気持ちで二人の会話を聞いていた。




