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Episode69



午後が過ぎ、美菜は一人で静かな部屋に座っていた。熱も下がって割ともう元気だったが、今日は田鶴屋に強制的に休みにさせられた。

朝起きると部屋に瀬良は見当たらず、少し物足りないような空気が漂っていた。彼の存在がどこか安心感を与えてくれる一方で、静寂が長く続くと、どうしてもひとりでいることへの寂しさが押し寄せてきた。


スマホを手に取ると、瀬良からのメッセージがあった。


『無理しないで、今日はゆっくり休めよ。何か必要なことがあれば連絡してくれ』


美菜はそのメッセージに目を止め、心の中で小さく笑みを浮かべる。瀬良らしい、優しい言葉だった。


「ありがとう、瀬良くん…」


そうつぶやきながら、美菜は再びスマホを置いて、天井を見上げた。仕事を休むことが、こんなにも心に重く感じられるとは思わなかった。しかし、瀬良の言葉を思い出すたび、少しずつ気持ちが楽になっていくのを感じた。


そのまま横になると、あの冷たいタオルの感触と、瀬良の優しい手が触れていたときの温かさが、ふと思い出される。あの日のやりとりを思い返すと、少しだけ胸が締めつけられるような感覚があった。


次に会う時は、もっと素直に頼ることができるだろうか。美菜は自分に問いかけながら、目を閉じて再び静かな時間に身を任せた。



***



その後、美菜は数時間静かに過ごし、ようやく体力が回復してきたように感じた。

外は少しずつ薄暗くなり、部屋の中にも温かな光が差し込んできた。

目を覚ますと、何となく寂しい気持ちと同時に、あの日のことが思い出され、瀬良の優しさが心に染みる。


瀬良に対して、どうしても素直になれない自分がいる。頼ることが苦手で、つい強がってしまう。

けれど、瀬良のように周りに気を配れる人間になりたいという気持ちもある。その矛盾に悩みながら、美菜はそのまま部屋の中を歩き回っていた。


その時、再びスマホが震え、画面に新しいメッセージが届いた。


『元気そうなら、明日からは仕事に戻れるか?』


美菜は少し迷った。瀬良が心配してくれているのは分かるし、休養して回復した自分を見せたい気持ちもあった。

しかし、同時にまた仕事に戻ることが少し怖くもある。自分の状態が万全ではない中で、また皆に迷惑をかけることが嫌だった。


「うーん……」


美菜は一度メッセージを打ちかけては消し、打ちかけては消した。どんな返事をすればいいのか分からなかった。結局、思い切ってシンプルな返事を送ることにした。


『明日から大丈夫だと思うけど、ちょっと不安。ちゃんと治さないとね』


すぐに返信が届く。


『無理しなくていいから、調子が良くなったら言ってくれ。俺が何とかするから』


その優しさに、美菜は再び心を温かくされた。瀬良がどんなに気を使ってくれているかが伝わってきて、思わず胸がいっぱいになった。彼の言葉に、もう少し素直になって頼るべきだと思った。


「瀬良くん…」


静かに呟き、今度はその温かさに包まれながら、目を閉じた。今は少しだけ、瀬良の優しさに甘えてもいいのかもしれない。次に会うときには、もっと素直に、そして少しだけ自分を許せるようになれたらいいと思った。



***



━━ピンポーン……


インターホンが鳴る音で、美菜は驚いて目を覚ました。眠たそうに目を擦りながら玄関へ向かうと、扉の向こうには若干不機嫌そうな顔をした瀬良と満面の笑みの田鶴屋が立っていた。


「お、おつかれ〜!調子どうだ?」


田鶴屋がにっこりと笑いながら声をかける。


「あ、あれ?どうして?」


美菜は軽く驚きながらもドアを開け、玄関だと寒そうなので二人を部屋に迎え入れる事にした。


「心配になって来ちゃったよ〜。今日はゆっくり休んでって言ったけど、気になってな」


田鶴屋が肩をすくめて、少し笑いながら言った。

そして空気を変えるかのように、大袈裟に袋を広げる。


「なんか食べてないかと思ってとりあえず色々買ってきてみましたッッ!」


田鶴屋は大量に買ってきた飲料水やゼリーを嬉しそうに美菜に見せる。


「あ……すごい!ありがとうございます!」


美菜は袋を受け取り心が暖かくなる。


(優しいなぁ……)


美菜はしみじみとそう感じた。

ふと田鶴屋の後ろに立っている瀬良を見ると、まだどこか心配そうな顔をして美菜を見つめていた。


「無理してないか?」


そう声をかける瀬良はあまりにも優しい声だった。

美菜は照れくささを感じつつ、うなずく。


「うん、大丈夫。体調はもうほとんど良くなった!2人ともありがとうございます。 」


「本当に?」


瀬良がまだ少し疑ったように見つめる。美菜は少し焦りながらも、頷いてみせた。


その時、部屋を先程からくるくる見渡していた田鶴屋がふと口を開きかけた。「へぇ、これがみなみちゃ…」


美菜はすぐに反応し、咳払いをする。


「え、あ、いや、なんでもない、すまん」


田鶴屋は慌てて言い直し、瀬良は不思議そうな顔をしていた。

田鶴屋が美菜にジェスチャーで謝りながら、美菜

思う。


(多分リスナーとして推しの部屋が気になって来たってのもあるんだろうなこの人……)



***



「だいたい男2人がお見舞いに来たところでだよなー」


「だから俺だけ行くって何度も言ったじゃないですか」


瀬良は最初、田鶴屋を美菜の家に入れるのが嫌だったのだろう。


(だから瀬良くん最初あんな表情してたのか……)


美菜はクスクスと笑いながら、改めて心から感謝の気持ちを込めて「ありがとう、二人とも」と言った。


二人は心配そうな顔をしながら、何度も美菜に「無理しないでな」と言い、しばらく話をしてから部屋を出て行った。

その後、部屋に残った美菜は、二人の優しさに温かい気持ちが広がりながら、少しだけ心が軽くなったのを感じた。


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