Episode6
あれから数日後。
「よし……あと少し……!」
美菜は息を呑みながら、コントローラーを握りしめた。
画面の中では、キャラクターが最後の敵へと挑んでいる。
今日はお店の定休日。絶対にクリアすると決めていた。
(ここまで来たんだから、負けられない……!)
実況配信もかなり盛り上がり、視聴者たちからも応援コメントが飛び交う。
【いけるいける!】
【この攻撃かわしたら勝ち!】
【落ち着いて!】
(大丈夫、いける……!)
そして――
「やった……! ついにクリア……!」
画面には「Congratulations」の文字。
配信のコメント欄も祝福の嵐になり、美菜は思わず拳を握った。
(本当に、勝った……!)
興奮が冷めやらぬままファンに感謝を伝え、その日の配信は歓声の中終わりを迎えた。
満ち足りた満足感に幸せを感じながら、美菜はベッドに倒れ込む。
(……瀬良くんに伝えたい)
ふと、そんな気持ちがよぎった。
(でも、別に言う必要ないよね……ただの同期だし……)
とはいえ、そもそもここまでゲームをやるようになったのは、彼の何気ない言葉がきっかけだった。
(それなら、教えてもらったお礼も込めて、言ってもいい……かな?)
スマホを手に取るが、電話番号しか知らない事に気づいた。
(……明日、出勤したら伝えよう。あと電話番号以外にメッセージ送れるかも聞いとこう)
そう決めて、布団に潜り込んだ。
***
翌朝、美菜は目覚ましが鳴るより早く目を覚ました。
(……なんか楽しみすぎて、早く起きちゃった)
普段はギリギリに出勤することもあるのに、こんなに早く準備ができている自分が不思議だった。
(まあ、たまには早めに行くのも悪くないよね)
そう思いながら店に向かうと、すでに誰かがいる気配がした。
(え……?)
シャッターが少し開いた店内に入ると、鏡の前で黙々とハサミを動かす姿があった。
「……瀬良くん?」
彼は驚いた様子もなく、ちらりとこちらを見た。
「お前、なんでこんなに早いの?」
「それはこっちのセリフなんだけど……」
美菜は不思議そうに彼を見た。
「なんでこんなに早く出勤してるの?」
瀬良は手を止めることなく、淡々と答えた。
「スタイリストになっても朝練は欠かさない」
「……毎日?」
「ああ」
当然のように言う瀬良の横顔を見ながら、美菜は少し考えた。
(こんなに努力してるんだ……)
今まで、彼がただ仕事ができるだけだと思っていた。でも、そうじゃない。
(きっと、影でこうやって努力してきたんだろうな)
少しだけ、尊敬の気持ちが強くなる。
「ねえ、瀬良くん」
「なんだ」
「同期なんだし、私も一緒に朝練していい?」
彼は一瞬だけ動きを止めた。
「……好きにしろ」
「ありがとう!」
喜ぶ美菜を横目に、瀬良は無表情を崩さなかったが、どこか少しだけ嬉しそうにも見えた。
***
しばらくすると、美菜は思い出したように言った。
「あ、そうだ。瀬良くん、聞いて!」
「……なんだ」
「昨日、ゲームクリアした!」
瀬良は手を止め、美菜を見た。
「……そうか」
「うん! すごく大変だったけど、何とか最後までやり切れたよ」
「良かったな」
━━━━━━━ぽん。
「――え?」
唐突に、瀬良の手が美菜の頭を優しくぽんぽんと叩いた。
(えっ……ええっ!?)
驚きすぎて、思考が一瞬止まる。
「……!」
一方の瀬良も、自分がしたことに気づいたのか、すぐに手を引っ込めた。
「……間違えた」
「ま、間違えたって……」
無表情を装っているが、微かに耳が赤い気がする。
(えっ、今の……? いや、でも……?)
頭を撫でられたという事実に、美菜は顔が熱くなっていくのを感じた。
「……じゃあ、俺は片付けするから」
「ちょ、ちょっと待って!」
「無理」
「無理って……!」
いつものクールな態度のまま、瀬良は足早に店の奥へと消えていった。
残された美菜は、ひとりその場に立ち尽くしながら、じわじわと襲ってくる照れをどうすることもできなかった。
(……なに、今の……!)
心臓の音がうるさい。
(……距離が、少し近くなった……?)
そんなことを考えながら、美菜は頬を押さえた。