Episode62
この日、瀬良はワールド・リーゼの授賞式に呼ばれていた。
ワールド・リーゼの日本大会の授賞式は、都内の高級ホテルで開催される。
ロビーに入ると、煌びやかなシャンデリアが目に入り、場違いな気すらする。スーツ姿のスタッフが行き交い、スポンサー企業のロゴが並ぶバナーがそこかしこに設置されていた。
(……まあ、仕事も落ち着いてたし、別にいいんだけどな)
前回の大会で優勝してしまったせいで、今回は運営側から「絶対に」と何度も念押しされた。正直、こういう場はあまり得意ではないが、仕事のスケジュールも調整できたし、無視し続けるのも大人げない。
木嶋ももちろん呼ばれているようだ。
会場で待ち合わせて一緒にいようと昨日言っていたので、瀬良は壁にもたれて木嶋を探す。
「Iris〜?」
突然、横から声をかけられた。
振り向くと、そこに立っていたのは──意外にも普通の男だった。
(……いや、むしろモデルレベルの……)
瀬良は美容業界ならではだが、美形にはある程度慣れていた。
しかし木嶋がかなりの容姿をしていたので思わず驚いてしまった。
ネット上では「漆黒の木嶋@堕天使」なんてふざけた名前を名乗っているが、実物はそこらのモデル顔負けのスタイルをしている。身長も高く、シンプルな黒のシャツにスラックスという、妙に洗練された格好だった。
「いやどのへんが堕天使なんですか」
「堕天使要素リアルで出してたらヤバい奴じゃん」
軽く肩をすくめる木嶋。
(まあ……話は通じるみたいだな)
ネットではテンションが高くて騒がしい印象だったが、実際に会ってみると、そこまで悪い奴ではなさそうだ。
「木嶋友陽デス!いつもありがと!」
「瀬良新羅です……名前言う必要あります?」
「いや、一応ね!リアル初めましてだしね!」
適当に自己紹介を済ませ、二人は会場へと足を踏み入れた。
***
授賞式は滞りなく進んだ。
顔出しNGのため、雑誌のインタビューのみで済んだのは幸いだったが、今回の大会はスポンサーが多くついていたせいか、会場の豪華さが尋常ではない。
「パーティーじゃん!ご飯美味しーーー!」
木嶋はテンション高く、適当に盛り付けた料理を食べながら楽しそうにしている。瀬良はそんな様子を横目に、自分も適当に料理をつまんでいた。
「Irisは普段何してんの?」
「リアル教えるの嫌なんですよね」
「えーーー、教えてよぉぉ」
きゅるんとした瞳で見つめられ、お願いお願いとうるさい。
(めんどくせぇ……)
「美容師ですよ」
「えっ」
カチャリ、と音を立てて木嶋のフォークが落ちる。
「……なに落としてるんですか」
固まったまま動かない木嶋に代わり、仕方なく瀬良が拾う。新しいフォークを取ってこようとすると──肩を掴まれた。
「お、俺も!俺も美容師なんだよね!!!!」
「……………………は?」
理解が追いつかない。
だが、木嶋の手を見てすぐに確信する。
(……爪が染まってる)
カラー剤の染みた指先。ネイルをしているわけではないのに、微かに色が残っているのは、美容師ならではの特徴だ。
「俺、Irisの店で働きたい!ちょうど転職しようと思ってたんだよーーーー!」
「いや、いきなり何言って──」
「俺、スタイリストだよ!結構バリバリの!」
「…………なら店長に言えばまあ……」
「Irisとゲームでも仕事でもタッグ組んだら、俺たち無敵じゃね!?」
嬉しそうに瀬良の肩をバシバシ叩く木嶋。
(うるせぇ……)
「店どこ!?明日履歴書出しに行くわ!」
「いや店長に聞いてみないと……」
「俺1店舗の美容師しかしたことないから職務経歴書とか要らないかなー?」
瀬良の話は一切聞かず、すでに気持ちは面接を受ける気満々だった。
(……まぁ、いいか)
ゲームを通してある程度の人間性は知っている。うるさいが、悪い奴ではない。
瀬良はスマホを取り出し、店長に連絡を入れるのだった──。




