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Episode61

***



その日の午後、美菜は予約の入っているお客様のカットに入っていた。


今日の客層は比較的落ち着いていて、年配の常連が多い。朝のドタバタも落ち着いた今、美菜は改めて新しいハサミの使い心地を試していた。


(やっぱり、すごく手に馴染む……)


開閉がスムーズで、刃の滑りも軽い。シザーの重さも適度で、指にフィットする感覚が心地よい。瀬良が「美菜にも合う」と言っていたのも納得だった。


カットをしながら、鏡越しにお客様と目を合わせる。


「美菜ちゃん、今日はなんだか手つきが軽やかねぇ」


70代の常連・山本さんが、ふとそんなことを言った。


「え? そうですか?」


「そうよ。なんだか楽しそうに仕事してるわ」


美菜は思わず頬をかく。


「実は今日、新しいハサミを使ってるんです。感触がすごく良くて……!」


「まあ、そういうことねぇ。道具が変わると気分も変わるものね」


山本さんは目を細めながら、美菜の手元を見つめていた。


「それにしても、美菜ちゃんももう立派な美容師さんね。前はもっと慎重に切ってたのに、今はすごく自然に手が動いてるもの」


「……そうですか?」


「ええ。最初の頃は、こう……ちょっと緊張してる感じが伝わってきたのよ。でも今はリラックスして、ちゃんとお客様に似合うスタイルを考えながら動けてるわ」


山本さんの言葉に、美菜は嬉しくなる。美容師として成長できているのだと、実感できた。


「ありがとうございます。これからも、もっと上手くなれるように頑張ります!」


「ふふ、頼もしいわね」


そんなやりとりをしながら、美菜は丁寧に仕上げをしていった。



***



仕事がひと段落し、バックルームに戻ると、ちょうど瀬良も別の施術を終えたところだった。


「どう? 使い心地」


「めちゃくちゃいい! 手に馴染むし、軽くてカットしやすい!」


嬉しそうに話す美菜に、瀬良は満足そうに頷いた。


「なら良かった」


「でも、やっぱり高い……」


「まだ言うか」


「だって……」


美菜が言いかけたところで、ちょうど田鶴屋がバックルームに顔を出した。


「あれ、河北さん、午後の予約終わった?」


「はい、ひと通り終わりました!」


「じゃあさ、この後ちょっとヘルプ頼める?」


「大丈夫ですよ!」


「助かる! ちょっとカラーの塗布が立て込んでてさ」


田鶴屋の頼みに快く頷き、美菜は仕事モードに切り替える。


一方で瀬良は、美菜の後ろ姿を見送りながら、ぼそりと呟いた。


「……まあ、気に入ってくれたならいいか」


美菜の仕事ぶりを見ていると、やはりプレゼントして正解だったと改めて思う。


同じハサミを持つことで、仕事の相棒としての一体感も増したような気がして、瀬良は少しだけ口元を緩める。


瀬良はそっと、またシザーケースの中の新しいハサミに触れた。



***



その後もサロンは穏やかに営業を続け、夕方に差し掛かる頃、美菜は一息つくために再びバックルームへ戻ってきた。


冷蔵庫から水の入った水筒を手に取りながら、ふと気づく。


「……あれ?」


スタッフ用のスケジュール表に、瀬良の名前が載っていなかった。


「瀬良くん、今日の夜は早めに上がり?」


「おう」


瀬良はスマホを見ながら気だるげに答える。


「珍しいね」


「今日は夜、予定があるから」


「そっか……」


(忙しいんだなぁ……)


瀬良とは約1ヶ月ほどお付き合いをしているが、彼の詳しい日々の行動まではまだ知らない。


「ふーん、何の予定?」


なんとなく聞いてみると、瀬良は少し考えた後、「まあ、ちょっとな」と曖昧に濁した。


「そっか……」


それ以上は聞かず、美菜は水を飲み干す。


瀬良の”夜の予定”がなんなのか、美菜には分からないままだった。


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