Episode55
「……ふぅ」
瀬良はゲーミングチェアに深く身を預け、静かに息を吐いた。緊張はしていたが、試合は思った以上に上手くいった。
画面の向こうには、ワールド・リーゼの大会優勝を祝う華やかな演出が映し出されている。
『おつかれぇぇえい! また優勝しちゃったなぁ!』
興奮した声がヘッドセット越しに響く。チームメイトの木嶋だ。
「おつかれさまでした」
瀬良は短く返しながら、マウスを置いた。
『いやー、アツかったなぁ! 瀬良が最後に決めたとき、マジで鳥肌立ったわ! ってか、あれやばくね?』
「まあ、悪くはなかったですね」
『いやいや、悪くないどころじゃねーよ! あそこで相手のサポートを一瞬で落としたの、完璧だったって!』
木嶋はテンションが高いまま、試合の振り返りを続ける。
「相手のアタッカーが俺を狙ってくるのは読めてたし、逆にそれを利用しただけですよ」
『それがすげぇんだよ! 普通、あの場面で冷静に動けるやついねーって!』
「……まあな」
瀬良は画面に映るリプレイを眺めながら、冷静に自分の動きを確認する。
確かに、最後の一撃は完璧だった。相手の動きを予測し、サポートを先に落とし、孤立したアタッカーを確実に仕留める——理想的な流れだった。
『優勝賞金、何に使う?』
「貯金」
『いや、もうちょい夢のある使い方しろよ!』
「特にないですね」
『つまんねーなぁ……あ、そういえばさ!』
木嶋の声が少し弾む。
『さっきさ、配信見てたんだけど、みなみちゃんがワールド・リーゼ実況してたぞ!』
「……誰?」
『おいおい、VTuber界隈に疎すぎんだろ。あのみなみちゃんだよ? 人気VTuberの。それに前俺が教えて2回くらい一緒に配信みたじゃん〜』
「……あー、なんかありましたね、そういうの」
『いやいや、でもな? みなみちゃん、今日の大会も見てたんだぜ!』
瀬良の指が一瞬止まる。
「……今日の?」
『そうそう! しかも優勝した俺らを応援してたんだよなぁ! いやー、なんかいいよな、こういうの!』
瀬良は無言のまま、試合のリプレイ画面を閉じる。
「そう……ですか」
何気なく返したつもりだったが、胸の奥に微かに引っかかるものがあった。
『な? ちょっと気にならね?』
木嶋がニヤニヤした声で言う。
「何が」
『みなみちゃんが俺らの試合見て、しかも応援してたって話! もしかしたら配信で俺たちのこと話してるかもしれないんだぜ?』
「……そうですか」
瀬良はそっけなく返しつつも、自然とスマホを手に取っていた。
検索バーに「みなみちゃん ワールド・リーゼ」と打ち込み、最新の配信アーカイブを開く。ちょうど決勝戦を観戦していた場面だ。
「このAK2ってチームのアタッカー役の人の判断がすごかった!」
みなみちゃんの明るい声が、イヤホン越しに響く。
『おー、やっぱり見てるじゃん!』
「……偶然でしょ」
『いやいや、ほら! ここ、ここ!』
木嶋がさらに興奮気味に話す。瀬良が相手のサポートを瞬時に落とした場面で、みなみちゃんのテンションが一気に上がっていた。
「うわっ! 今の動き、かっこよすぎない!? え、これってどういう判断? すごい……!」
瀬良は無言のまま画面を見つめる。
(……なんでこいつ、こんなに楽しそうなんだ)
勝つためにゲームをしている自分とは違う。彼女は純粋にプレイそのものを楽しんでいる。
『な? これ、お前のことじゃね?』
「……さあ?」
『いやいや、さあ?じゃねーだろ! みなみちゃん、お前の動きに一番興奮してたぞ!』
「だから、偶然ですよ」
そう言いながらも、瀬良は何度か動画を巻き戻してみなみちゃんのリアクションを確認していた。
楽しそうに、夢中になって試合を見ている姿が印象的だった。
(……なんで、こんな気になるんだ)
スマホの画面を閉じると、瀬良はゆっくりと椅子から立ち上がる。
「今日はもう落ちますね」
『お? もしかしてみなみちゃんの配信見に行くのか?』
「いや、このあと予定あるんで」
『ひええ〜忙しいやつだなぁ…はいはい、おやすみー!またなー!』
木嶋のからかいを適当に流しながら、瀬良はPCをシャットダウンした。
しかし、ベッドに横になったあとも、みなみちゃんの「すごかった!」という声が頭の中に残っていた。
***
時刻は午後9時半。
瀬良はスマホを手に取り、しばらく画面を見つめた。
(配信……いや、違う)
気になっているのは、そっちじゃない。
まだ間に合うかと思い、美菜に電話をかける。
コール音が数回鳴ったあと、軽く眠たそうな声が聞こえた。
「……もしもし?」
「寝てたのか」
『ううん、用事も終わってちょっとゴロゴロしてただけ』
スマホ越しに、小さく布団が擦れる音がする。
『どうしたの? 予定あったんじゃ……』
「終わった」
『そっか、じゃあ、今から会う?』
その言葉に、瀬良の指が一瞬止まる。
(……会う、か)
正直、そんなつもりで電話したわけではなかった。けれど、美菜が自然にそう言ったことが少し意外だった。
「いいのか」
『え? だって、私が昨日「会いたいな」って言ったし』
「……」
(そんなこと言ってたな)
思い出すと、ほんの少しだけ、胸の奥がざわつく。
『んー、でも、無理しなくてもいいよ? 瀬良くんが疲れてるなら、また今度でも』
「いや、行く」
『……えっ?』
「15分で行く」
『え、ちょ、待っ——』
通話を切ると、瀬良は無駄のない動作でジャケットを手に取った。
(……なんでこんなにあっさり決めたんだろうな)
自分でもよくわからないまま、瀬良は静かに部屋を出た。




