Episode52
その日の夜、美菜は久しぶりに配信をすることにした。
PCの電源を入れ、配信ソフトを立ち上げる。画面に映るのは、彼女のVTuberアバター——「みなみちゃん」。
ふわふわのピンク色の髪に、優しげな赤みのある瞳。美菜自身の雰囲気とは少し違うが、それでも彼女らしさが滲んでいるキャラクターだ。
「やっほー! みなみちゃんだよ。みんな、久しぶり!」
配信開始の合図とともに、待機していたリスナーたちが一斉にコメントを送ってくる。
【みなみちゃんおかえり!】
【久しぶりの配信待ってたー!】
【元気だった?】
美菜は嬉しさを噛みしめながら、少し申し訳なさそうに微笑む。
「ちょっと忙しくて、なかなか配信できなくてごめんね。でも今日はゆっくりお話ししようと思って、雑談枠にしました!」
コメント欄が賑わい始める。
【この頃なんのドラマ見た?】
【好きなアニメ何?】
【実は好きな子がいるんですけど……】
【この間県大会優勝しました!】
リスナーたちの話題は様々で、美菜は一つ一つ丁寧に目を通しながら返事をする。
「おっ、県大会優勝おめでとう! すごいねー!」
「好きなアニメ? うーん、最近はあんまり見れてないけど、昔から『秋空ノスタルジア』が好きなんだよね」
リスナーたちの反応が楽しくて、美菜は自然と笑顔になる。
こうやって、画面の向こうの誰かと繋がれるこの時間が、彼女にとってかけがえのないものだった。
***
配信を続けてしばらくすると、コメント欄が少し落ち着いてきた。
そんな中、ひとつのコメントが目に止まる。
【ワールド・リーゼってゲーム実況してほしいです!】
「ワールド・リーゼ?」
美菜はその名前に聞き覚えがあった。
(確か、瀬良くんの家で見た雑誌に載ってたゲームだ……)
リスナーの話によると、『ワールド・リーゼ』はサポートとアタッカーの2人で協力しながら戦う2対2のバトルゲーム。ゲーム界隈ではかなり有名で、世界大会も開かれるほどの人気があるらしい。
「へぇ……なんか面白そうだね」
コメント欄では、ゲーム実況を期待するリスナーたちが盛り上がっている。
【ぜひやってほしい!】
【みなみちゃんのリーゼ実況見たい!】
【絶対ハマると思う!】
「ならしてみようかなぁー」
美菜は軽い気持ちで、ゲームをインストールすることにした。
ちょうどフリーのネットゲームらしいし、試しにやってみてもいいかもしれない。
「じゃあ、今度の配信でプレイしてみるね!」
リスナーたちの期待が高まる中、美菜は時計を見る。
「っと、もう0時過ぎちゃったね。今日はここまでにしようかな」
【おつー!】
【次の配信楽しみにしてる!】
【ワールド・リーゼ実況待ってるね!】
「うん! みんな、今日もありがとう! おやすみなさい!」
配信を終え、PCをシャットダウンする。
(ワールド・リーゼか……どんなゲームなんだろ)
そう考えながら、美菜はスマホを手に取って調べてみた。
かなりサポート、アタッカー共にチャンピオン数もいて、美菜の好きな見た目のチャンピオンも何個かあった。
操作方法も確認する限りでは美菜でもできそうだ。
明日はサロンの定休日なのでとりあえず配信とゲーム漬けができると思い、楽しくなる美菜だった。
***
(瀬良くん、何してるんだろ)
ふとそう思いながら、美菜は瀬良にメッセージを送ってみる。
「明日休みだけど、何してる?」
しばらくすると、通知音が鳴った。
「予定ある」
短い返信に、美菜は少しだけしょんぼりする。
(まぁ、仕方ないか……)
「気にしないでね!」と明るく返信すると、すぐにまた通知が鳴った。
……今度は、電話だった。
(えっ!?)
驚いて画面を見ると、そこには「瀬良くん」の名前が表示されていた。
慌てて通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『ああ』
瀬良の落ち着いた声が耳に届く。
『明日、予定あるんだ』
「うん、メッセージ見たよ」
『……どこか行きたかったのか?』
「え? ううん、特にないけど……」
少し考えて、美菜は正直に言った。
「強いて言うなら、会いたいなーって思っただけ」
その瞬間、電話越しの沈黙が少しだけ長くなる。
『……そうか』
「でも、気にしないでね! 瀬良くんの予定があるなら、それを優先して!」
『……時間できたら連絡する』
「えっ?」
『まあ、できたら』
どこか照れくさそうな声音に、美菜は思わず微笑んだ。
「うん、待ってる」
そのあとは、他愛のない話を少しだけして電話を切った。
***
通話を終えたあと、美菜は心臓の高鳴りを感じながらベッドに横になる。
(電話越しでも、瀬良くんの優しさってちゃんと伝わるなぁ)
ふわっとした幸福感に包まれながら、そっと目を閉じる。
……しかし、ふと大事なことを思い出して、ぱちりと目を開いた。
(あっ、瀬良くんにワールド・リーゼのこと聞くの忘れた)
ゲームのことをよく知っていそうだったのに、聞きそびれてしまった。
(まあ、また今度でいいか)
そう思いながら、幸せな気持ちのまま、美菜は眠りについた。




