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Episode4



午後の施術が始まり、美菜はハサミを動かしながら、時折瀬良のことを意識してしまう自分に気づいていた。


(……なんで、こんなに気になるんだろ)


彼が「そうか」と言ったときの、ほんのわずかな表情の変化。

普段は無表情に近いのに、あの瞬間だけ、確かに柔らいだ気がした。


(……単なる思い込み?)


そう思いながらも、手が自然と動く。今日の客は、長年通ってくれている女性客だった。


「美菜ちゃん、今日もお願いね」


「もちろんです。前回と同じ感じで大丈夫ですか?」


「ううん、ちょっと雰囲気を変えたいかな」


「なるほど、どんな感じにしましょう?」


「おまかせしてもいい?」


「じゃあ、少しレイヤーを入れて軽さを出してみますね。前髪も少し調整すると、より柔らかい印象になりますよ」


「うん、それでお願い!」


会話を交わしながら、彼女の髪にハサミを入れる。

指先に伝わる髪の質感や流れ。ほんの少しの角度の違いが、仕上がりに大きく影響する。


――その感覚が、好きだった。


(やっぱり、この仕事は楽しいな)


美菜が改めてそう思った瞬間、不意に隣の瀬良の声が耳に入った。


「……ここ、もう少し軽くするか?」


「え?」


振り向くと、デビューを目前に控えた後輩のアシスタントが担当しているヘアモデルの髪を指しながら、アシスタントに指導をしていた。


「重さが残ってる。これだと動きが出にくい」


「あ、たしかに……もう少し軽くしてみます!」


(……すごい)


瀬良は基本的に無駄な会話をしない。

だが、そのぶん必要なことは的確に伝える。


そして何より、彼の目は鋭い。


美菜は改めて彼の仕事ぶりを観察した。


(本当に丁寧……)


ハサミの入れ方、梳き加減、ドライヤーの当て方。

すべての動きが計算され、迷いがない。


(こんなに冷静に、的確にできるのは……やっぱり経験の差なのかな)


美菜もプロとしてやっているつもりだった。だが、瀬良を見ていると、まだまだ学ぶことがあると感じる。


(もっと上手くなりたい)


昨日のゲームと同じように、そう思った。


「美菜さん?」


「あ、すみません」


気づけば、客がこちらを見ていた。


「すごく真剣な顔してたけど、大丈夫?」


「あ……はい、つい集中しちゃいました。申し訳ございません。」


「ふふ、頼もしいわね」


そう言われ、美菜は照れくさく笑う。



施術を終え、お客様を見送った後、ふと瀬良を見た。


彼もまた、自分の仕事に戻っている。


(……やっぱりすごいな)


ゲームのことも仕事のことも、瀬良のさりげない言葉や行動が、美菜の中でじわじわと影響を与えている気がした。


(もっと、上手くなりたい。もっと、話してみたい)


そう思ったとき、ふと瀬良がこちらを見た。


「……何か?」


「えっ!? い、いや、なんでもない!」


目が合った瞬間、美菜は慌てて目をそらした。


「……?」


瀬良は少しだけ首を傾げたが、それ以上は何も言わず、また仕事に戻った。


(な、何やってるんだろ、私……!)


心臓が妙にうるさい。


(こんなの、ただの尊敬……のはず)


自分に言い聞かせながらも、気づけばまた瀬良の動きを目で追ってしまっている自分がいた。

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