Episode44
次の日の営業後、サロンのスタッフ全員が集まり、スパ講習が始まった。
「今日のモデル、お願いしてもいい?」
田鶴屋の問いかけに、千花が嬉しそうに手を挙げる。
「はい! 美菜先輩のヘッドスパ一番弟子の千花が、喜んでやります!」
すでに何度も日頃から指導を受けている彼女は、自信満々だ。
美菜は軽く微笑んで、「よろしくね」と声をかけた。
講習が始まると、スタッフたちは真剣に美菜の施術を見つめ、時折メモを取ったり、質問を投げかけたりする。
「手の力加減、どれくらい意識してますか?」
「ここって、もっと圧をかけたほうがいいですか?」
後輩たちからの質問に、美菜は一つ一つ丁寧に答えていく。
「基本は均等にだけど、頭の形によって微調整してるよ」
「圧は大事だけど、一番大切なのはリズムかな。強弱をつけて、気持ちよさを引き出すことを意識してる」
自分なりに言葉を選びながら伝える美菜の姿に、スタッフたちもうなずきながら聞き入っていた。
結果として、講習は成功。美菜の技術を間近で学べた後輩たちは満足そうだった。
***
そんな光景を少し離れたところから見守り、瀬良はそっと息をつく。
(ちゃんとやれてるな)
昨日、あのまま少しだけ励ました甲斐があったかもしれない。美菜は緊張しつつも、しっかりと自分の技術を伝えようとしていた。
「河北さん、いい子だねぇ」
隣に並んだ田鶴屋が、しみじみとした口調でつぶやいた。
「そうですね」
瀬良も、美菜が後輩たちに真剣に向き合っている姿を見ながら同意する。
田鶴屋は腕を組み、美菜をじっと見つめたまま言葉を続けた。
「技術もあるし、ちゃんと伝えようとしてるし、後輩からも慕われてるし……いい先輩になりそう」
瀬良は小さく笑い、さらりと言う。
「頑張り屋ですよ。努力家で、負けず嫌いで、責任感も強い」
「へぇ」
田鶴屋は、瀬良の言葉の端々に少しだけ含まれる誇らしさのようなものを感じ取り、目を細める。
「それに、お客さんの好みをよく見てる。施術の細かい部分、言葉にしづらいけど伝わるものがある」
「なるほどね」
田鶴屋も負けじと続ける。
「あと、気遣いもうまい。疲れてるスタッフにさりげなく声をかけるし、誰かが困ってるとすぐに動く」
瀬良は軽く鼻を鳴らすように笑う。
「接客力も高い。誰とでも自然に距離を縮められるし、話しやすい空気を作るのがうまい」
田鶴屋はニヤリと笑い、肩をすくめた。
「……なんか、どっちが河北さんを褒められるかの勝負みたいになってない?」
「かもしれないですね」
瀬良は淡々としつつも、どこか得意げに言う。
田鶴屋はそんな彼をじっと見つめ、ふと思いついたように口を開いた。
「……俺、河北さんもらっていい?」
瀬良は一瞬、言葉の意味を理解できなかった。
「……は?」
「いや、だから。俺が河北さん、もらってもいい?」
田鶴屋はニヤッと笑いながら、瀬良の頭をポンと軽く撫でる。
「……試しましたね」
瀬良が少し睨みながら低く言うと、田鶴屋は肩をすくめてとぼける。
「さあ? どうだろうね」
撫でるのをやめると、どこか楽しげに笑った。
「若いっていいねぇ〜」
そう言いながら、田鶴屋はまた後輩たちの輪の中へ戻っていった。
瀬良はしばらく、その背中をじっと見つめたあと、そっと息をついた。
「……なんだよ」
つぶやいた声は、誰にも聞こえなかった。




