Episode42
午前中のサロンワークを終え、美菜はスタッフルームへ向かった。
(よし、少し休憩……)
そう思いながら扉を開けると、ちょうど田鶴屋が入ってきたところだった。
「お疲れ様です」
「おつかれー、あ、これいる?」
田鶴屋は、先ほどコンビニでお弁当と一緒に買ったらしいグミの袋を、美菜に軽く放る。
「……っわ、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
田鶴屋はそのまま椅子に座り、お弁当の蓋を開けると、「いただきます」と呟いて何気なく食べ始めた。
美菜もお礼を言いながらグミをひとつ口に入れる。
ほんのり甘酸っぱい味が広がったところで、田鶴屋がふと周りを見回した。
ほかのスタッフはまだ昼休憩に来ていない。
すると、田鶴屋は美菜に視線を向け、少しだけトーンを落として言った。
「……なんでこの頃、配信頻度落ちてるの? 俺のせい?」
「え、違います違います!」
美菜は思わず首を振る。
田鶴屋の問いかけには、ほんの少しの申し訳なさがにじんでいた。
実は身バレして以降に、彼の前で「見てもらうのは全然大丈夫だが店長が見てると思うと緊張する」と言ってしまったことを思い出す。以降タヅルのコメントは確かに減った気がする。
それを気にして、配信をしづらくさせてしまったのではないか――と、本人は心配してくれているのだろう。
「そっか。ならいいけど」
「……」
(とはいえ、実際のところは……)
プライベートが忙しくてなかなか配信できなかった、というのが正直なところだ。
そしてその“忙しさ”のほとんどは――瀬良に関する恋愛事情だった。
(さすがに店長に言えない……)
美菜は一瞬迷い、咄嗟に別の理由を口にする。
「……スパの! スパの講習のこと考えてました!」
「スパ?」
「はい、明日の営業後に、みんなで講習やる予定ですし!」
嘘ではない。
スパ技術の向上はサロンのためでもあるし、実際に講習の進め方を考えていたのも事実だ。
それを聞くと、田鶴屋は箸を持つ手をパタパタと動かしながら、気楽な調子で言った。
「まじめ〜!! 別にいつもしてることを見せてもらえたら、それでいいのにー!」
「まぁ……やるからには、わかりやすく伝えられたらなとは思います」
「じゃぁ、今日の夜、練習しとこっか」
さらりとそう言いながら、田鶴屋はお弁当を食べ終えると、ぼそっと「ごちそうさまでした」とつぶやいて手を合わせた。
(こういうところ、ちゃんとしてるんだよな……)
ヘラヘラしているように見えて、礼儀正しい。
そこはやっぱり、店長として尊敬できるところだ。
「掃除終わったら、シャンプー台あけといて〜」
短くそう告げると、田鶴屋は昼休憩を終えたのか、軽く手を振ってスタッフルームを出て行った。
美菜は、その背中を見送りながらしみじみと思う。
(ほんと、いい先輩だ……)
しかし同時に――
(……今日も配信はできなさそうだな)
そんな予感がして、美菜は小さく息をついた。




