Episode38
「~~~~~~っっ!!!」
美菜は小さく丸まり、顔を両手で覆ったままピクリとも動けなかった。
(な、ななな、何今の……!? いやいやいや、ただのほっぺにキスでしょ!? なのになんでこんなに心臓バクバクしてるの!?)
瀬良は、何事もなかったかのように飲み物を手に戻ってきた。
「……落ち着いた?」
「お、落ち着いてる!! ぜ、ぜんっぜん、何も、動揺とかしてないし!!!」
「そうか」
淡々と返されるその態度がまた悔しい。
(……くそ~~!! 格ゲーでも負けたのに、なんか精神的にも負けた気がする!!)
その後も何度か再戦を挑んでみたが、結局一度も勝てず、悔しさだけが募る結果となった。
「……もう無理、疲れた」
美菜はコントローラーを放り投げて、ぐったりと瀬良にもたれかかる。
「だろうな」
瀬良も深く座り直し、近くにあった雑誌を適当に手に取った。特に話すでもなく、美菜も雑誌を手に取り互いにページをめくる。
沈黙の中でも、不思議と気まずさはなかった。
(こういう時間、嫌いじゃないかも)
瀬良は気を使うことなく自然体でいられる相手だった。美菜もまた、瀬良の隣で適当にゴロゴロしながら、まるで昔からの友人といるような気楽さを感じていた。
***
気づけば、時計の針は昼を指していた。
「そろそろ飯にするか」
雑誌を閉じながら、瀬良がぼそりと呟く。
「何か注文する?」
「うーん……せっかくだし、私が作るよ」
「え?」
「ほら、さっきゲームでボコボコにされたし、色々お礼も込めて。瀬良くんはくつろいでていいよ」
「……手伝うけど」
「いいから、座っててってば」
珍しく素直に従い、瀬良もリビングに移動してソファに身を預けた。
***
冷蔵庫を覗いてみると、ひき肉、玉ねぎ、卵、パン粉など、ハンバーグが作れそうな材料が揃っていた。
(よし、これにしよう)
さっそくエプロンをつけて調理開始。玉ねぎをみじん切りにし、ひき肉と混ぜ合わせ、しっかりこねて成形。焼いている間にソースも手作りし、付け合わせのサラダも準備した。
キッチンから漂う香ばしい匂いが部屋に広がる。
「できたよー!」
「……すげぇ、本格的」
瀬良は目の前に出されたハンバーグを見て、ほんの少しだけ目を見開いた。
「はい、どうぞ」
「いただきます」
瀬良はハンバーグを切り、ゆっくりと口に運んだ。
次の瞬間、彼の手がぴたりと止まる。
「……うま」
「でしょ? ふふん、私、料理は得意なの」
「いや、マジでうまい。毎日食べたいくらい」
「えっ……」
不意打ちのようにストレートな褒め言葉をぶつけられ、美菜は思わず固まった。
(な、何それ……)
「お前、ほんとに美容師か? 飲食店でもやれるんじゃねぇの?」
「や、やめてよ! そんなに褒められると照れる……」
美菜は視線を逸らしながら、頬をかすかに染める。
瀬良はいつもあまり感情を表に出さないが、こういう時は驚くほど素直に褒めるのだ。
(ずるい……)
「……ん?」
「な、なんでもない!! ほら、早く食べちゃって!」
美菜は誤魔化すように自分のハンバーグを口に運ぶ。
美味しくて、楽しくて、なんとなく心が満たされる昼食だった。




