Episode36
「……ごめんなさいぃぃぃ……」
美菜は両手で顔を覆いながら、ソファで寝ている瀬良を見下ろした。
昨夜の記憶がところどころ曖昧で、気づいたら瀬良の家のベッドでぐっすり眠っていた自分に、起きて早々真っ青になったのだ。
「瀬良くんがソファで寝てるってことは……え、私、普通にベッド使っちゃった……?」
酔っていたとはいえ、これはさすがに申し訳ない。
慌てて謝る美菜の声に、瀬良がゆっくりと目を開けた。
「……おはよう」
寝起きの掠れた声と、まだ眠そうなまなざし。
その何気ない仕草すら妙に色っぽく見えてしまい、美菜は思わず目を逸らした。
「ご、ごめんね!瀬良くんの家に泊まっちゃって……しかもベッドまで……!」
「気にしてねぇよ」
瀬良は軽く目を擦りながら、ちらりと美菜の顔を覗き込んだ。
「それより、ちゃんと寝れたか?」
「あっ……えっと……」
美菜は昨夜の寝心地を思い出して、顔がますます熱くなる。
「ふかふかで熟睡してましたぁ……」
半泣きで正直に答えてしまう美菜。
(……めちゃくちゃいい匂いした……とか言ったら変態みたいだよな。セクハラセクハラ。言わないでおこう)
瀬良のベッドは適度な硬さと包み込むような寝心地で、さらには彼の柔軟剤の香りがほんのりと残っていた。
そんなことを思い出して勝手に顔を赤くする美菜を見て、瀬良がクスクスと笑った。
「そっか。良かった」
「……っ」
(この人、ほんとに気にしてないの……? 私だけこんなに意識してるの、バカみたいじゃん……)
落ち着かない美菜とは対照的に、瀬良はのんびりとソファから立ち上がる。そして、ふと何かを思い出したように足を止めた。
「シャワー浴びてく?」
何気ない一言。
だけど、美菜は一瞬固まる。
「……もももも、もしかして、わ、わぁ、わたし瀬良くんに昨日……不届きな所行を……」
瀬良は一瞬ぽかんとした後、肩を震わせ、堪えきれずに吹き出した。
「……ハハッ…不届きな所行…っ」
お腹を抱えて笑いながら、美菜の方を見てくる。
「してないよ。安心して」
「~~~~~っ」
その優しい笑顔に、さらに赤くなる美菜。
(この人、ずるい……)
好きな人にこんな顔をされたら、ますます好きになってしまう。
「あ……なら良かった……です」
かろうじてそう返すと、瀬良は普段通りの調子で続けた。
「とりあえず、お風呂入らずに寝たから、先に入るかなと思って聞いただけ」
「そっ、そうだね! お言葉に甘えちゃおうかな!」
キャパオーバーの美菜は深く考えず、慌ててお風呂を借りることにした。
瀬良は軽く頷くと、お湯を張りながらタオルや新しい歯ブラシを用意してくれた。
***
湯船に浸かり、ほっと息をつく。
(やばい……心臓が落ち着かない……)
昨夜のことを思い出すたびに、胸がざわつく。
すると、バスルームのドア越しにノックの音がした。
「……ごめん、服なんだけど、昨日の服着るの嫌だったら俺の着れそうなやつ置いとくから、それ着てもいいよ」
「へっ!? あっ……! ありがとう!」
お風呂のドアの向こうで瀬良がまた静かに去っていく気配がする。
(たしかに、居酒屋の匂いが染みついた服をまた着るのはちょっと……)
お風呂を出て、瀬良が用意してくれた服を手に取る。
少し大きめのサイズ。
(……かっ、彼シャツ……ってやつだ)
柔軟剤の香りがほんのりと漂う。
瀬良の匂い、というよりは彼が普段使っているものの香りなのだろうが、普段とは違う感覚に心拍数が跳ね上がる。
(いや付き合ってないからまだ彼シャツでは無いか!!!)
頭の中でツッコミを入れながら、そそくさと着替えを済ませる。
***
「お風呂ありがとうー……」
バスルームから出て、ちらりと瀬良の方を見る。
朝ごはんを作っていた彼が、固まった。
「…………ッ」
「あっ……」
美菜も、一気に赤くなる。
「…………ごめん、思ってた以上の破壊力だった」
素直に言う瀬良。
(ひぇぇ……)
(絶対今、変なこと考えた……! というか、わたしもなんか恥ずかしくなってきた……!)
「朝ごはん、食ってくよね?」
話題を変えるように、朝ごはんの準備を続ける瀬良。
「ありがとう……手伝うよ!」
ちょうど美菜も話題を変えたかったので、そのまま流れに乗る。
***
今日は幸いにもお店の定休日。
二人は朝ごはんを食べながら、のんびりと会話を楽しんだ。
面白かったゲームの話、お店のこと、たわいもないやりとり。
「今日も天気がいいねー」
「どこか出かける?」
瀬良の提案に、美菜は思わず嬉しくなる。
(まだ一緒にいたいって……思ってくれてるんだよね……?)
気恥ずかしさもあるけど、やっぱり嬉しい。
「出かけてもいいけど……瀬良くんと一緒にゲームがしたいかも」
笑いながら言うと、瀬良もどこか嬉しそうに微笑んだ。
「ならそうしようか」
コーヒーを飲み干す瀬良を見つめながら、美菜はじんわりと幸せを感じる。
そんな時。
「……あ、そういえば」
瀬良がふと美菜を見た。
「なに?」
「俺、美菜のこと好きだよ」
「…………あっ………」
美菜の脳が、一瞬フリーズする。
「わ、私も!!! 私も瀬良くんが好き!」
勢い余って立ち上がり、机をガタンと揺らす。
「……じゃ、付き合おうか」
あまりの美菜の勢いに瀬良は笑っている。
でも、どこか想いが繋がった事に対しても柔らかく笑っている気がする。そんな瀬良から目が離せなかった。
(……夢みたい)
27歳・河北美菜。
彼氏ができました。




