Episode35
美菜はタクシーに揺られながら、酔ってるせいかかなり眠たい頭で外の景色を眺めていた。車の中は静かで、わずかな車内の音と、二人の呼吸だけが響く。瀬良が自分の隣に座っているのが、なんだかいつもよりも近く感じて、心臓が少し早く打つのがわかる。
「…ありがとう、瀬良くん」
美菜が小さく口を開くと、瀬良はほんの少し驚いたように目を向ける。酔っているせいか、普段の冷静さを欠いている美菜を見て、少しだけ気にかかるようだった。
「何が?」
「こんなに酔っちゃって、帰れなかったらどうしようかって思って…」
「大丈夫だよ。無理して帰らせるわけじゃないから」
その言葉に、美菜はふっと息を吐きながらも、どこか安心して目を閉じた。
でも、酔っているせいか思いがけず感じる距離の近さが、普段よりも意識をさせてしまう。肩が少し触れるたびに、心臓がドキリとするのを感じる。
タクシーが止まると、瀬良がそっと美菜の肩に手をかける。
「着いたよ、しっかりして」
その声がやけに優しくて、少しだけ胸が高鳴る。美菜はふらつきながらも、瀬良の手を頼りにして歩く。
「ありがとう、瀬良くん…」
「ああ、気にすんな」
そして、美菜はふと気づく。彼の手が、わずかに自分の肩を支えるその感触が、なんだか心地よくて少しだけドキドキしてしまう。
「ねえ、瀬良くん…」
美菜は思わず口を開くと、少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「なに?」
「…なんか、こうやって近くにいると、ちょっとドキドキするね」
瀬良は少し驚いたように、美菜を見つめる。美菜が気まずそうに顔を赤くしながら目を合わせられずにいると、瀬良は少しだけ表情を和らげて、静かに言った。
「そうか…」
その言葉に、美菜はさらに顔を赤らめてしまう。
「…でも、俺もなんか、変に意識しちゃってるかもな」
その一言に、美菜の心臓が一瞬止まったかのように感じる。まさか、瀬良も同じように感じていたなんて。
その距離感が一気に近づくような気がして、思わず目を逸らしてしまう美菜。心の中では、どんな顔をしていいのかわからなくなっていた。
***
部屋のドアを開けると、瀬良は美菜をそっと中へと誘導した。美菜は少しふらつきながらも、ゆっくりと中に歩を進める。瀬良は何も言わず、静かに部屋に入った後美菜を支えてくれた。
「大丈夫か?」
瀬良の声が、普段より少し優しげで、胸の中で何かが震える。美菜は酔いながらも、顔を赤くしながら彼に頷く。
「うん、ありがとう…」
すると、瀬良はそのまま静かに美菜の顔を見つめ、少しだけ距離を縮める。美菜はその瞬間、心臓が跳ね上がるような気がして思わず息を呑んだ。
「…疲れてるか?」
「ちょっとだけ…」
美菜は照れくさそうに答えながらも、ついにその近さが我慢できなくなって、目を伏せた。ほんの少し、触れるか触れないかの距離で、瀬良が静かに微笑む。
「なら、無理せず休んで。俺はこっちにいるから」
その言葉に、どこかほっとした気持ちが広がった。美菜はそのまま頷き、ベッドに腰を下ろす。
瀬良はその後、そっと背を向けて少しだけ距離を取る。美菜はその背中に目を向け、胸がまだドキドキしているのを感じた。
「…ありがとう」
美菜の声は少し震えていて、普段の自分とは違う感情が溢れそうだった。瀬良はその声を聞き、振り返ることなく少しだけ歩みを進める。
「何かあったら呼んで。俺はリビングにいるから」
美菜は一瞬、その背中を見つめていたが、気づくと何も言わずに静かに頷いていた。
部屋が静かになったその瞬間、胸の中で抑えきれない思いが波のように押し寄せるのを感じていた。




