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Episode31



朝礼を終え、お客様を迎えるための最後の準備をしていると、田鶴屋がふらりと近づいてきた。


「調子悪い?」


(……店長にもバレた)


瀬良にもすぐ気づかれたし、本当にこの二人はよく人の変化に気づく。


「ちょっとはしゃぎすぎちゃいました」


無難な答えを返すと、田鶴屋は口元を緩め、どこか含みのある笑いを浮かべた。


「めっちゃ面白かったけどね」


「……え?」


美菜が戸惑って顔を上げると、田鶴屋はまるでファンそのものの顔をしている。


「昨日の配信、見たんですか……?」


「見た見た。みなみちゃんの動揺が新鮮でさ、いや〜、リスナーたちの勘の良さに追い詰められてる感じ、最高だったわ」


「…………」


美菜は内心、頭を抱えたくなった。


(古参リスナー……!)


配信を見ていることは知っていたが、まさかあんなタイミングで観られていたとは思わなかった。


「……あ、ありがとうございます」


とりあえず礼を言うと、田鶴屋は「いや〜、ほんと面白かったわ」としみじみ頷きながら、どこか言いづらそうに口を濁す。


「めっちゃ面白かったけど……」


(……やばい、怒られる流れ?)


仕事に支障をきたすほど喉を枯らしたことを指摘されるのかと身構える。

しかし、田鶴屋は少し考えた後、何かを飲み込むように首を振った。


「……いや、やっぱりなんでもない!喉気をつけろよー」


そう言って、ヘラヘラと笑いながら去っていった。


「……?」


何か言いたげだったけれど、結局言わなかった。


(怒られるかと思ったけど……まあいいか)


美菜は少しホッとしながら、開店準備の続きをした。



***



営業が始まり、美菜はカットに入る。


喉の調子は、幸いにものど飴のおかげか安定していた。


(これならお客様にも迷惑かけないな……)


一つひとつ丁寧に仕事をこなしながら、改めて瀬良の気遣いに感謝する。


(瀬良くん、ありがとうね)


そう心の中で呟きながら、美菜はいつも通りの自分を取り戻していった。



***



昼過ぎ、美菜は手が空いたタイミングでスタッフルームに戻り、軽く水を飲んだ。

喉の調子はまだ少し違和感があるものの、仕事には問題なさそうだった。


(よかった……瀬良くんののど飴、結構効いたな)


そう思いながら一息ついていると、スタッフルームのドアが開き、瀬良が入ってきた。


「お疲れ」


「あ、お疲れ様」


瀬良は棚からタオルを取りながら、ちらりと美菜を見た。


「……喉、大丈夫そうじゃん」


「うん。のど飴のおかげかな」


「そりゃよかった」


それだけ言うと、瀬良は視線を外した。

相変わらずそっけない態度だけど、ちゃんと気にかけてくれてるのがわかる。


(なんか、こういうとこ好きなんだよなぁ……)


そんなことを考えていると、瀬良がふと口を開いた。


「……で、結局なんのホラーゲームやってたんだよ」


「え?」


美菜が驚くと、瀬良は何気ない様子で続ける。


「店長がやたら楽しそうに話してたからさ。気になった」


(うわ……店長、絶対余計なこと言ったな……!)


案の定、田鶴屋のせいで話が広がっているらしい。


「え、えっと……あの、新作のやつ……」


適当にごまかそうとするが、瀬良はじっと美菜を見ている。


「どの?」


「……ゾンビ系の……」


「ふーん」


瀬良はそれ以上深く追及することはなかったが、どこか納得していないような顔だった。


美菜は慌てて話を変えようと、軽く咳払いをした。


「そ、それより、瀬良くんはホラーゲームとかやるの?」


すると瀬良は少しだけ考え、短く答えた。


「……まぁ、たまに」


「意外……!」


思わず素の反応をしてしまう。


「なんで」


「だって、瀬良くんってそういうのやらなそうなイメージだったから」


「そんなわけないだろ。まあ、配信とかではやらないけどな」


さらっと流されたけれど、美菜は気づいた。


(配信……?)


(なんで、そんな言い方したんだろう……?)


まるで「やろうと思えばやれるけど、あえてやらない」みたいな含みのある言い方だった。


なんとなく違和感を覚えたが、深く考える間もなく、スタッフルームの外から声がかかった。


「美菜ちゃーん、カット入れるよー!」


「あ、はーい!」


急いで水を飲み干し、立ち上がる。


「じゃあ、行ってくるね」


「ああ」


瀬良は軽く手を上げ、美菜はスタッフルームを後にした。


しかし、心のどこかで、さっきの違和感が引っかかっていた。


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