Episode30
次の日、美菜は喉の違和感で目を覚ました。
「……やば、ちょっと枯れてる」
昨夜の配信で叫びすぎたせいだ。
とはいえ、普通に話す分には問題なさそうだし、仕事には支障ないだろう。
そんなことを考えながら支度を済ませ、サロンへ向かった。
***
朝練の時間、美菜が店に入るとすでに瀬良がカットの練習をしていた。
「おはよう〜」
少し掠れた声で挨拶すると、瀬良はふと手を止め、すぐに美菜の方を見た。
「……喉、どうした?」
やっぱり気づかれた。
(やば、瀬良くんこういうのすぐ気づくんだった……)
「え、えっと……ちょっとね」
ごまかそうとするが、瀬良はじっと美菜を見ている。
嘘をつくのも変だし、かといって「配信でホラーゲーム実況してたら叫びすぎて喉枯れました」とは言いづらい。
「……ひとりでホラーゲームしてたら、こうなっちゃった」
なるべく簡潔に説明する。
嘘ではない。決して嘘ではないのだ。
しかし、瀬良は一瞬驚いた後、すぐに目を伏せ、肩を小さく震わせた。
(え、何……?)
「……ぷっ……」
声を出して笑わないが、明らかにツボに入っている。
静かに腹筋を押さえながら、口元がかすかに歪んでいる。
「……そんなに変かなぁ?」
「いや……普通、一人でそうはならないだろ」
「叫びすぎたか……」
「どんだけ叫んだらそーなるの」
瀬良はまだ笑いを引きずっているようだった。
美菜は「そこまでツボる?」と呆れつつも、珍しく笑っている彼の顔がどこか新鮮に見えた。
(瀬良くん、こんなふうに笑うんだ……)
***
朝練が終わり、片付けをしていると、瀬良がコンビニ袋を手に近づいてきた。
「これやるよ」
袋の中には、のど飴と温かいお茶。
「え……」
「喉、痛いんだろ」
美菜は少し慌てて、お財布を探す。
「ご、ごめん……なんか気使わせちゃったね。いくらだった?」
しかし、瀬良は軽くため息をついて、ゆっくりと口を開いた。
「こういう時は、ありがとうって言ってくれた方が嬉しいんだけど?」
「……あ」
気遣いへの申し訳なさばかり考えていたけど、そうじゃない。
素直に受け取るのが、相手の優しさに応えることなんだと気づく。
「……ありがとう」
瀬良は短く「ん」とだけ返し、何事もなかったように営業前の準備へ戻っていった。
美菜は手の中ののど飴を見つめながら、じんわりと胸の奥が熱くなるのを感じる。
(瀬良くん、やっぱり優しいな……)
のど飴を口に含みながら、改めて彼への想いを自覚する美菜だった。




