Episode29
気持ちを切り替えるように深呼吸し、ヘッドセットをつける。そして、みなみちゃんの声を意識しながら、配信開始ボタンを押した。
「みんなー!こんばんはっ!今日はちょっと久しぶりの配信になっちゃったね、ごめんね〜!」
コメント欄には
【待ってた!】
【元気そうでよかった!】
と、温かい言葉が流れる。それを見て、美菜は少しだけホッとした。
「最近ちょっとバタバタしてたんだけど…みんなは元気だった?」
視聴者とのやり取りを続けながら、少しずつ普段の自分を取り戻していく。この時間だけは、余計なことを考えず、みなみちゃんとして楽しめる気がした。
(よし、このままいつも通り楽しく配信しよう!)
そう思いながら、美菜はコメントを読み上げ、視聴者との会話を弾ませていった。
***
【ところでみなみちゃん、最近いいことあった?】
雑談も盛り上がる中、何気ないリスナーのコメントに思わずドキッとする。
(……いいこと、ね)
真っ先に浮かんだのは、昼間の瀬良のことだった。名前を呼ばれたこと、耳元で囁かれた言葉、あの一瞬の温もり——。
「えっ、えーっと…まぁ、それなりに?」
動揺しながらも誤魔化すように笑うが、コメント欄はすぐにざわついた。
【ん?なんか意味深じゃない?】
【おやおや、これは怪しいぞ…!】
【みなみちゃん、もしかして恋愛フラグ立ってる!?】
「ち、違うよ!そんなんじゃないってば!」
慌てて否定するが、視聴者たちはさらに盛り上がる。
【照れてる〜!】
【絶対なんかあるやつ!】
【いいこと“それなりに”って答えるのは確実に何かある証拠】
「ちょ、ほんとに違うから!もう、次の話題いこっ!」
必死に話をそらそうとするが、コメント欄は完全にその話題一色になってしまった。
【誤魔化し方が下手すぎるw】
【これは確定案件ですわ】
【彼氏できたの!?】
「違う!ほんとに違うからね!?そういうのじゃなくて…その…」
焦れば焦るほど深みにハマってしまう。美菜は内心頭を抱えながら、それでもなんとか話題を切り替えようと奮闘するのだった。
「ほ、ほら!今日は雑談だけじゃなくて、ゲームもしようと思ってたんだよね!」
無理やり話題を変えようと、美菜は慌ててゲーム画面を開く。しかしコメント欄の勢いは止まらない。
【話題そらしwww】
【急にゲームの話するの笑う】
【これは絶対に何かある】
「うぅ…!みんな、ほんとに勘が鋭いんだから…」
美菜は思わず頬を膨らませるが、それが余計にリスナーを喜ばせる結果になってしまう。
【拗ねてもかわいい】
【はいはい、のろけ話はゲームしながら聞くから続けて?】
【みなみちゃんがこんなに動揺するなんて】
「だから違うってば〜!」
ゲームを開始しながらも、完全にペースを崩されてしまう美菜。瀬良のことを思い出さないように必死で集中しようとするが、リスナーたちの反応がいちいちツボをついてきて、意識してしまう。
(だ、だめだ…!変に意識すると余計バレそう…)
少し深呼吸して、気を取り直す。
「…よし!気を取り直して、今日は話題の新作ホラーゲームをやるよ!みんなで叫びながら楽しもう!」
ようやく本来の配信の流れに戻そうとするが——
【ホラーゲームでごまかそうとしても無駄です】
【ホラーよりみなみちゃんの恋バナのほうが気になる】
【この流れ、絶対また話題戻るやつw】
(くぅぅ…!みんなほんとに容赦ない…!)
苦笑しつつも、どこか嬉しさも感じている自分に気づく。リスナーとのこういうやり取りが、なんだかんだ心地いいのだ。
「……もう!ほんとに何もないんだからね!」
そう言いながらゲームを進める美菜。しかし、完全に動揺しきったままではまともにプレイできるはずもなく——
「きゃぁぁぁぁ!!?」
序盤の脅かし演出で、いつも以上に大きな悲鳴を上げることになってしまったのだった。
【めっちゃビビってるwww】
【動揺してるせいで反応が3倍になってる】
【ホラーよりも恋バナのほうが怖い説】
「うぅぅ…みんな、今日は意地悪すぎるよぉ…!」
結局、最後までリスナーの冷やかしから逃げることはできず、美菜の配信はいつも以上に賑やかなものとなったのだった。




