Episode24
次の日、美菜は何だか瀬良の家に行ったことをかなり意識していた。
(いや、ただ雑誌を取りに行っただけだし!)
本当に何もなかったはずだけど、転けそうになった時に、確かに支えられた気もして、心臓がバクバクするのを感じていた。
(…何も無かった…けど、なんだろ、意識しない方が無理なのでは…)
そんなことを考えながら、サロンでの朝練が始まった。隣でカットの練習をしている瀬良の姿を見つめていると、その真剣な表情に思わず見入ってしまう。
(そうだよね、やっぱり練習や仕事は集中しなきゃ!)
美菜は気持ちを切り替え、瀬良に負けじとカットの練習に打ち込む。しかし、どうしても気が散る。ふと隣の瀬良を見ると、彼が何気なく話しかけてきた。
「河北さん、昨日の雑誌見た?」
(あれ、なんだかいつもより嬉しそうな顔してる…)
美菜は少しドキドキしながら答える。
「うん!一通り見たよ!知らない情報ばっかりで面白かった!」
嬉しそうに話す美菜を見て、瀬良は微笑む。
(瀬良くんが笑ってる…)
「なら良かったよ」
「雑誌って結構色々なこと書いてるんだねー」
「うん、結構幅広く載ってるよ」
「私、知らなかったよ~。ゲームって大会があるんだね~」
美菜の何気ない一言に、瀬良が一瞬固まる。
「…?」
「あるよ…一応」
「雑誌に賞金までつくって書いててびっくりしちゃった!あれってゲーム上手かったら誰でも出場できるのかな?」
美菜が無邪気に聞くと、瀬良は少し言葉を選ぶように続ける。
「…まあ、出れないこともないけど、基本プロゲーマーとして活動してる人に声がよくかかるかな」
「プロゲーマー?」
「ゲームプレイでお金稼いでる人」
「へぇー!それってすごいね!」
瀬良は美菜が素直に驚いて褒める姿に、少し驚いたような顔をする。
「…そっか」
彼は少しだけ笑って答える。
美菜は、瀬良がなぜ笑っているのか分からなかったけれど、きっとゲームの話をして楽しかったんだろうなと感じた。
***
その日の仕事が終わると、美菜は昨日の雑誌の続きを読んで配信をするのを楽しみにしながら、ウキウキして帰る準備をしていた。
(あと2冊くらい残ってたかな…?)
一人でニヤニヤしていると、田鶴屋が近づいてきて声をかけてきた。
「なに一人で笑ってるの?」
「この後雑誌を読むのが楽しみで」
美菜はにっこりと笑う。
「…河北さん、なんかこの頃明るくなったよね」
「そうですか?」
「うん、前はあんまり自己主張とかせずに周りに合わせて当たり障りなくしてたイメージだったけど」
「褒めてます?」
「褒めてる褒めてる!サロンワークでは、みんなそれぞれ役割があるから、自分から発信できる子も周りに合わせてサポートできる子も大切だし」
「まあ、そうですね」
美菜が笑うと、田鶴屋は続ける。
「河北さんは真面目に仕事をこなしてるし、いい子だよ~」
田鶴屋が美菜の頭をガシガシと撫でると、冗談交じりに手を止める。
「あ、これセクハラになるか!」
「もぉ〜、なりますよぉ〜?」
「ごめんごめん!」
田鶴屋はちょっと照れくさそうに言った後、笑顔で続けた。
「入社した時より笑顔が増えて、良くなってるよ」
「ありがとうございます」
素直に嬉しそうな美菜に、田鶴屋は少し安心したように見えた。
「……」
その時、田鶴屋は美菜の笑顔を見つめながら、心の中で思った。
(これからも頑張ってほしいな)
「可愛いな」
「えっ?」
「えっ?」
田鶴屋は驚いて、言葉に詰まった。
自分がこんな漫画みたいな間違えをするのか。
というか素直に出てきたこの気持ちは━━━━
「えっ…!俺、間違えた!?はっっず!」
田鶴屋は顔を真っ赤にしてあわてる。
美菜も一緒に赤くなる。
「せ、セクハラ…ですよ」
「…すみません」
実際にはセクハラだとは思っていない美菜は、ただ恥ずかしいだけだった。
━━ドンッ!!
その時、ドアが勢いよく開き瀬良が入ってきた。
「…………お疲れ様です」
いつも無表情の瀬良が少し不機嫌そうに田鶴屋を見た。
「お、お疲れ!」
田鶴屋は焦りながらも、いつものようにヘラヘラと笑う。
「…河北さん、帰って雑誌読むんじゃ?」
「あっ!そうだった!早く帰らなきゃ!」
美菜は雑誌を読みたくて急いで荷物をまとめている事を思い出し、挨拶をしてサロンを後にした。
***
「………」
「………」
お互い無言で、少し気まずい雰囲気が流れる。最初に口を開いたのは田鶴屋だった。
「…聞いてた?」
「…まあ、入りにくかったので」
「セクハラではないので!!!!」
田鶴屋は慌てて強く否定する。
瀬良は少し困ったような表情を見せながら、荷物をまとめる。
「……河北さん、可愛いですよね」
瀬良は言い切った。
「俺もめちゃくちゃ河北さんのこと可愛いって思ってます。じゃ、お疲れ様でした。」
そう言って、瀬良はペコッと一礼してサロンを出ていった。
「………お、おう………」
遅れて言葉を返した田鶴屋だったが、その言葉は誰にも届かなかった。
残された田鶴屋は、瀬良の見たことない表情に驚きながらも、ふと自分の中で美菜への気持ちに気づき始めていた。




