Episode22
瀬良の家はサロンからさほど遠くなかった。
マンションのエントランスに入ると、美菜は少し緊張して瀬良の後ろをついていく。
(なんか、急にドキドキしてきた……)
ただ雑誌を借りに行くだけなのに、男の人の部屋に行くこと自体が久しぶりすぎて変に意識してしまう。
エレベーターの中、無言のまま時間が流れる。
(な、何話せばいいんだろ……)
美菜がちらりと瀬良を見ると、彼は特に何も気にしていない様子でスマホをいじっていた。
(いや、別に変な意味じゃないんだから、私も普通にしてればいいだけ……!)
そう自分に言い聞かせているうちに、エレベーターが止まり、瀬良の部屋の前にたどり着いた。
「……散らかってるけど、気にすんなよ」
そう言って鍵を開けると、瀬良はさっと靴を脱ぎ、部屋の奥へと入っていく。
「お邪魔しまーす……」
美菜も靴を脱ぎながら、そっと部屋の中を見渡す。
(……意外と、綺麗)
男の人の一人暮らしの部屋だからもっと物が散乱しているかと思いきや、ちゃんと整理整頓されていて、生活感はあるものの清潔だった。
ただ、壁際の棚にはずらりとゲームソフトや雑誌が並んでいて、そこだけは彼の趣味が色濃く出ている。
「どれでも好きに持ってっていいよ」
瀬良はそう言いながら、本棚の一角を指差す。
「え、いいの?」
「どうせもう読んだからな」
美菜は遠慮なく近づき、並んだ雑誌を手に取る。どれもゲーマーなら気になる特集ばかりで、思わずテンションが上がる。
「……やば、めっちゃ面白そう……!」
「そんなに?」
「うん、こういうの読んでるとワクワクする!」
雑誌をめくりながらニコニコしていると、瀬良がじっと美菜を見ていることに気づいた。
「……な、なに?」
「いや、河北さんってさ、それ関連の話してるとき、めっちゃ楽しそうだよな」
「えっ、そう?」
「まあ、なんか……」
瀬良は少し言葉を選ぶように黙ったあと、ぼそっと続ける。
「……いいと思うよ、そういうの」
「えっ……」
不意打ちのような一言に、美菜はドキッとする。
(な、なに今の……なんかちょっと優しすぎない……?)
ふと視線が合ってしまい、美菜は慌てて雑誌に視線を落とした。
「そ、そういえば、瀬良くんって最近どんなゲームやってるの?」
「ああ……最近は格ゲーばっかやってるな」
「へえ、格ゲー好きなんだ!」
「うん」
美菜は何気ない風を装いながらも、その答えに少し驚いた。
(そっか……瀬良くん、格ゲー得意なんだ)
サロンのスタッフも彼がゲーム好きなのは知っているけれど、どれほどの実力なのかまでは誰も知らない。
美菜もこの頃ゲームは好きになったが、格ゲーにはまだ触れたことがない。
「そっかー、格ゲーかあ。私もやってみようかな?」
「意外とハマるかもな」
「え、じゃあ今度教えてよ!」
「……いいけど、俺、容赦しねぇぞ?」
瀬良がふっと笑う。
その顔を見て、美菜はまたドキッとしてしまった。
(……ダメだ、なんか今日の瀬良くん、ちょっとずるい)
さっきの『いいと思うよ』もそうだけど、こういうちょっとした表情とか仕草とか、いつもより距離が近い感じがして、変に意識してしまう。
雑誌を手に取った瞬間、ふとバランスを崩し、美菜は後ろに倒れそうになった。
「あっ——」
「っと……」
気づいたときには、瀬良の腕が美菜の腰を支えていた。
(えっ……)
思わず息をのむ。
距離が、近い。
肩越しに瀬良の顔が見え、彼の手の温もりがじかに伝わってくる。
「大丈夫か?」
低い声がすぐ耳元で響く。
「あ、う、うん……」
慌てて体勢を立て直し、瀬良から離れる。
「……ご、ごめんね!」
「別にいいけど」
そう言って瀬良は特に気にする様子もなく、棚の雑誌を少し整えただけだった。
(え、ええ……?)
美菜のほうは、まだ心臓がドキドキしているのに。
「じゃ、ありがと! もう遅いし、そろそろ帰るね」
「送ろうか?」
「え、いいよ! 近いし」
「……そうか」
「うん!」
何でもない会話なのに、やけに緊張してしまう。
美菜は急ぎ足で玄関に向かい、靴を履いた。
「じゃ、また明日!」
「おう」
ドアが閉まる寸前、美菜は瀬良の横顔をもう一度見た。
(……なんか、やっぱりいつもと違う)
そんなことを思いながら、美菜はマンションを後にした。




