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Episode226



撮影が終わり、スタジオ内は撤収作業で少しざわついていた。

美菜はまだミナツキちゃんの衣装を着たまま、メイクルームの鏡の前でウィッグを整えている。


瀬良はその後ろで、黙って立ったまま待っていた。

美菜がふと鏡越しに瀬良を見て、小さく笑う。


「……そんなに見なくても……」


「美菜を見てると楽しいよ」


さらっとしたその言葉に、美菜は思わず頬を染める。


「もう……そういうの、普通に言うんだから……」


瀬良は、美菜の背中に近づいてそっとウィッグのずれた毛を指で整えた。


「直した。……かわいい」


美菜は唇を噛みしめて、照れ隠しのようにウィッグを軽く撫でる。


「……ありがと。瀬良くんが見ててくれたから、緊張もどっかいっちゃってたや」


そこへ、入り口の方から声が聞こえた。


「美菜チャーン!お疲れ様っ!特別にオトモダチ連れてきてあげたわよ〜?」


振り返ると、ローズが田鶴屋と木嶋と千花を連れてスタジオのドアを開けて顔を出した。


「アタシはまだお仕事あるからこの後時間取れそうにないんだけど……美菜チャンたちはせっかくのイベント楽しみなさい!あ、その衣装は記念にプレゼントしちゃうから、会場の更衣室で着替えて帰ってねんっ!それじゃ、お疲れ様〜っ!!」


「あっ、ありがとうございます!!」


ローズはまだすることが残っているのか早口で話すと投げキッスをして居なくなってしまった。


代わりに木嶋は美菜の姿を見るなり、テンション高く叫ぶ。


「うおおお、ミナツキちゃんだー!!かわいすぎんだけど!!」


千花も目を丸くして駆け寄る。


「美菜先輩、お疲れ様です!撮影終わったんですよね?すっごい似合ってます……!」


「あ、ちょ、まだ着替えれてなくて……!まだメイク落としてないし……ちょっとだけ待ってて?」


「いやいや、私たち美菜先輩のコスプレ見に来たんだからそのままでいいんですよぉ!!」


美菜が照れながらウィッグを触っていると、瀬良が無言のまま横に立って彼女の肩に手を置いた。


「待ち合わせって、外じゃなかったの?」


田鶴屋が手をポケットに入れたまま、軽く笑う。


「いやー、その辺でうろうろしてたらローズさんが中に入れてくれてさー、河北さんまだその格好のままって聞いて、木嶋が『見たい見たい!』って騒ぐからさ〜」


「えー、2人だってノリノリで見たいってなってたじゃないですか〜!こんな生ミナツキちゃん、拝めるチャンス二度とないでしょ!?」


「ステージより近くで見たいじゃないですかぁ。コスプレ美菜先輩、尊いです〜!」


千花が感動してる隣で、木嶋がスマホを取り出してカメラモードを構える。


「ちょ、ちょっと!撮ってるの!?」


「いや~撮らなきゃ後悔するじゃん!頼むって、せめて一枚!俺、墓まで持ってくから!」


木嶋が土下座しそうな勢いでお願いすると、美菜は困った顔で瀬良をちらっと見る。


「えっと、ほら……瀬良くんがダメって言うかも……?」


瀬良は無表情のまま、木嶋の方を一瞥。


「悪用すんなよ」


「うお、瀬良、マジありがとう!やっぱ彼氏公認って重みが違うわ~!」


田鶴屋もくすっと笑いながら言う。


「さすが瀬良くん。河北さんの彼氏権限、発動早いな」


美菜は真っ赤になりながら、両手で頬を押さえた。


「もう……みんな、からかわないでよ……」


その場が、ふわっと和やかな笑いに包まれる。


瀬良は、美菜の頭を優しくポンと撫でた。


「木嶋、俺にも後で送っておけよ」


「もう、瀬良くんまで……」


木嶋はそんな二人を見ながら、わざとため息をつく。


「はぁ~、この空間、俺ひとりだけダメージ食らうんですけど?」


「美菜先輩と瀬良先輩、ほんと絵になりますね~。もうドラマみたいです!」


千花がうっとりと呟くと、田鶴屋が腕時計をちらり。


「……そろそろ、場所移動するか。河北さん、その格好のままでもOKな会場内のカフェ探してあるから、行こっか」


「えぇぇ……ほんとに行くの?」


「行くに決まってんじゃん!この格好で並んで歩く瀬良も美菜チャンも、ぜっっったい面白いもん!」


木嶋が笑いながらドアを開ける。

美菜は困りながらも瀬良の袖をぎゅっと掴んで、こっそり呟く。


「……瀬良くん、ついてきてね」


瀬良は苦笑しながら頷く。


「目立つだろうけどな」


そう言って、二人はみんなと一緒にスタジオを後にした。



***



「あ!出てきたぞ!!」


「ほんとだー!写真いいですかー?」


「おお!!ミナツキちゃんだ!!」


「クオリティ高いねえ……」


裏口から出て少し歩いた矢先、美菜たちの先程までの余裕は一切無くなった。


あまりの押し寄せる人の波に、美菜は一瞬何が起きているのか理解できずにいた。

気づけば人だかりが美菜たちを囲み、周囲からカメラやスマホが向けられていた。

コスプレイベントの講習を見ていた観客や、SNSで情報を見たらしき一般のカメラマンが集まっていたようだ。


「あ……っ、これ、やば……!このままじゃカフェまで行けねぇ……!」


田鶴屋の低く鋭い声に、全員が一斉に目を合わせる。


「……戻るぞ、こっちだ」


瀬良の指示に、全員がすぐに反応した。


田鶴屋が自身の被っていた帽子を深く美菜に被せ、瀬良が来ていたジャケットを肩にかけ、千花は美菜の衣装の小物を受け取り抱えて走る。

木嶋は視線を逸らすように人の壁を作り、最後尾から的確に人混みを誘導する。


――まるで訓練されたチームのように。


「こっち、来た道より早い!」


「顔は伏せてください先輩!勝手に撮ってる人います」


「美菜、後ろ振り向くなよ」


急ぎ足で駆け抜けながら、美菜は思わず笑みをこぼした。


「……なんか、大事になっちゃったね……」


周囲の喧騒とは裏腹に、どこか楽しそうに微笑む彼女の横顔に、瀬良はチラリと視線を向け思わず軽く笑いながら走り続ける。


「だから目立つって言ったじゃん」


コスプレイベントの講習での活躍が思わぬ形で話題を呼び、ミナツキちゃんを写真に収めようと探し回っていたファンに翻弄される5人。


だが、長年美容室でともに働き育まれてきた抜群の連携プレイで、混乱の中でも迷いはなかった。


ようやく裏手の通用口にたどり着き、扉が閉まる。


「……ふぅ、なんとか、戻れた……」


帽子を取った美菜が、額の汗を拭って笑う。


「ありがと、みんな……助かったよ〜」


「ふふっ、美菜先輩、アイドル体験でしたね!!」


「いや~ほんと、SPみたいな体験した!」


「やっぱり着替え終わってからだな」


「だね。私ちょっとスタッフさんに着替える部屋借りれないか聞いてくるねー!」


美菜は軽く息を整えると、遠くに見えたスタッフの元へ駆け出していく。


まるで小さな事件を乗り越えたみたいな達成感と、静かな興奮を胸に、5人はようやく日常の穏やかな時間へと向かっていくのだった。



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