Episode20
サロンの午後は、少しだけ忙しさを取り戻していた。
カットやカラーの施術が入り、スタッフたちはそれぞれの仕事に集中している。
美菜もいつも通りの手際で接客をこなしながら、さっきの出来事が頭から離れずにいた。
(……瀬良くん、あんまり店長と仲良くすんなって……)
それは、どういう意味だったのだろうか。
単なる職場の先輩後輩としての忠告?
それとも――千花が言っていたみたいに、嫉妬……?
(いやいや、ないない!)
美菜は首をぶんぶんと振る。
瀬良はクールな性格だし、基本的に他人のことにあまり干渉しないタイプだ。
それなのに、今日の彼は明らかに違った。
(なんか、拗ねてるみたいだった……)
そんなことを考えてしまう自分が恥ずかしくなり、頬が熱くなる。
「……河北さん、ちょっと」
突然背後から声をかけられ、美菜はビクッと肩を跳ねさせた。
「ひゃっ!?」
「……何驚いてんだよ」
振り向くと、瀬良が腕を組んで立っていた。
(び、びっくりした……!)
「えっと、何か用?」
「さっきのスパ、もうちょい力強くてもよかったかもな」
「えっ」
「あと、首筋のあたり、力の入れ方にムラがある。均等にした方がいい」
そう言いながら、美菜の横に立ち、指先で軽く首のあたりを示す。
「……あっ」
瀬良の指がふっと肌に触れて、思わず背筋がピクリと反応する。
「お、おっけー! 次から気をつけるね!」
「……なんで急にそんな焦ってんだよ」
「焦ってない! ていうか、ありがとう! 瀬良くんがモデルやってくれて助かったよ!」
無理やり話を終わらせようとする美菜だったが、瀬良はどこか納得いかない顔をしていた。
「……んで、お前、さっき千花が言ってたこと、どう思ってんの?」
「へっ?」
「俺が嫉妬してるとか、あれ」
「!!!」
美菜の顔が一瞬で赤くなる。
(なんでそんなストレートに聞くの!?)
「あ、あれは、千花が勝手に言ったことで……!」
「まあ、そうだよな」
瀬良はどこか不機嫌そうに目を逸らし、ポケットに手を突っ込んだ。
(え、ちょっと待って、この反応……)
美菜の鼓動が早まる。
もしかして、瀬良は本当に……?
(いや、考えすぎ……!)
「ていうかさ、」
瀬良はふと、少しだけ視線を下げて美菜を見た。
「店長のこと、好きなのか?」
「ぶふっ!?」
美菜は思わず咳き込んだ。
「な、なんでそんな話になるの!?」
「いや、だって、あの時の雰囲気……」
「違う違う違う!! 全然違う!!!」
「……そうか」
瀬良は一瞬、表情を緩める。
美菜はまだ顔を真っ赤にしながら、ぐっと拳を握りしめた。
「ていうか、瀬良くんこそ、どうなの!? なんでそんなに店長とのこと気にするの!?」
「あ?」
「なんか……もしかして、やっぱり……やきもち……?」
「……っ」
瀬良の表情が、一瞬ぴくっと動く。
(え、まさか……)
「……知らねぇよ、そんなの」
それだけ言い捨てて、瀬良はそっぽを向いた。
美菜はその横顔を見つめながら、ふと、自分の胸がドキドキしていることに気づいた。
(瀬良くん……もしかして、本当に……)
その時、またしても横から声が飛んだ。
「おーい、美菜先輩! 瀬良先輩!! なんかいい雰囲気になってません!?」
「「!!?」」
振り向くと、ニヤニヤした顔の千花がこちらを見ていた。
「ち、違うから!!」
「いやいや、どう見てもそんな感じでしたよ~?」
「……お前、マジで余計なこと言うな」
瀬良は呆れたようにため息をつきながら、そそくさとその場を離れた。
千花はそんな瀬良の背中を見送りながら、満足げに微笑む。
「ふふ、瀬良先輩、わかりやすいですね」
「……え?」
「美菜先輩、気づいてないんですか?」
千花はいたずらっぽくウインクすると、コソッと囁いた。
「瀬良先輩、美菜先輩のこと、好きですよ?」
「~~っ!?」
美菜の顔が、爆発しそうなくらい熱くなった。




