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Episode203



伊月との一件があってからというもの、美菜は瀬良にピッタリとガードされていた。もはやボディーガードと言ってもいいほどの徹底ぶりで、瀬良は常に美菜のすぐ隣にいて、まるで何かあればすぐにでも庇う構えをとっている。


(いや……こんなに守られる必要ある……?)


美菜は内心で少し困惑しつつも、瀬良の過保護なまでの態度に、なんだか居心地の良さを感じてしまっている自分もいた。


そんな中、一行は祇園の露店でアイスを買い、ひと休みすることにした。瀬良はヨモギ味のアイス、美菜は抹茶アイスと、それぞれ気になったアイスを手にしている。


「美菜、口開けて」


唐突に瀬良がスプーンを手に持ち、美菜の方へと差し出してくる。

美菜のアイスは席に着いた後も瀬良が手に持っていたので、美菜は渡してくれない瀬良を不思議に思っている所だった。


「っ……!?こ、ここで……?」


美菜は驚き、思わず頬を赤らめて瀬良を見詰める。


「ひ、ひとりで食べれるよっ!」


慌てて自分で食べようとするが、瀬良はじっと美菜を見つめたまま、スプーンを動かそうとしない。


「いいから、口開けろ」


「えぇぇ……」


戸惑いながらも、瀬良の視線に抗えず、美菜はそっと口を開けた。


「……あーん……」


スプーンに乗せられたアイスが美菜の口の中に入る。ひんやりとした甘みが広がり、美味しいのに、なぜか妙に恥ずかしくなってしまう。


「…………」


「……ちゃんと味わえよ」


「わ、わかってるよ……っ!」


もはや恋人というより、甘やかされすぎて保護されているレベルだ。


「うおぉ……!」


そんな二人のやり取りをじっと見ていた男がいた。


「瀬良きゅん、瀬良きゅん!」


突然、木嶋が瀬良の前に飛び出し、自分の口を指さしながら「あーん」と口を開ける。


「俺にもやってほしい!」


キラキラした目で見つめる木嶋。その表情はまるで犬のようで、思わず美菜や千花、百合子たちが吹き出しそうになる。


「……はい」


しかし、瀬良は特に躊躇うことなく、木嶋の口にアイスを運んだ。


「え、え、普通にやってくれるの!?」


木嶋は驚きながらも嬉しそうにパクッと口を閉じる。しかし──


「…………んー……」


一瞬、嬉しそうにしていた木嶋の表情が、急激に曇る。


「……まぢぃ……何味ぃ……?」


「ヨモギ味」


「ヨモギ!? え、なんでそんな渋いの!??」


「健康にいいぞ」


「いや、そういう問題じゃないってば!!」


木嶋が泣きそうな顔をすると、瀬良は自分の持っていたアイスを木嶋の手に握らせた。


「全部やるよ」


「自分の要らなくなったやつくれてありがとう!!?」


絶望的な表情の木嶋。明らかに「もういらないから押し付けた」感が強い。


「……しゃーねぇ、田鶴屋店長ぉ〜!」


木嶋は駆け足で田鶴屋のもとへ向かう。


「田鶴屋さぁん……俺、瀬良くんに弄ばれたよぉ……」


甘えるように田鶴屋の袖を引っ張る。


「え〜、可哀想にねぇ」


「ねぇねぇ、口直しにバニラちょっとだけくれません?」


「やるから離れろ」


呆れたように田鶴屋がバニラアイスを渡すと、木嶋は満面の笑みでそれを頬張った。


「んん~!やっぱバニラって最高!!」


木嶋が幸せそうに食べていると、ふと思いついたように、瀬良から押し付けられたヨモギアイスを田鶴屋の口元に差し出した。


「お礼に一口どーぞ!」


「……ん?」


田鶴屋が怪訝そうに木嶋を睨むが、木嶋はニコニコしながらぐいぐいアイスを押し付ける。


「ほらほら、お返しって大事でしょ!」


「……」


田鶴屋はしばらく無言で木嶋を見つめ──次の瞬間、木嶋の持っていたアイスの乗ったスプーンを180度回転させ木嶋の口に押し込んだ。


「んーー!!!?」


「俺に不味いもん食わせようとするな」


木嶋が泣きながら田鶴屋に抱きつくのを見て、美菜は思わず笑ってしまう。


「……ふふっ」


「楽しいか?」


隣にいる瀬良が問いかけると、美菜は楽しそうに頷いた。


「うん。なんか、こういうのって旅行っぽくていいよね」


瀬良はその言葉を聞くと、少しだけ口角を上げる。


「……まあ、確かにな」


京都の風情ある町並みの中で、和やかな時間が流れていた。



***



観光を存分に楽しんだ一行は、夕暮れ時に旅館へと戻ってきた。京都の趣ある老舗旅館で、心地よい畳の香りと静かな空気が旅の疲れを癒してくれる。


部屋で少し休憩を挟んだ後、女子組は待ちに待った温泉へと向かった。


「ふぁぁ〜……最高ですねぇ」


「贅沢ですよねぇ……」


「この後のご飯も楽しみですね」


「うん、そうだね」


湯船に肩まで浸かりながら、千花、百合子、詩音、そして美菜は極楽気分を堪能していた。温泉の湯気がふわりと立ち上り、木の香りがほのかに漂う露天風呂。夜風が程よく肌を撫でていき、なんとも言えない心地よさが身体を包み込む。


「美菜先輩のお肌、ちゅるちゅるすべすべになってます!!!」


湯の中で手を動かしていた千花が、美菜の腕をつるんと撫でながら興奮気味に声を上げた。


「あっ……もう! 千花ちゃん、くすぐったいよぉ」


美菜はくすくすと笑いながら、千花の手を軽く払いのける。が、千花は全く気にせず、美菜の腕や肩をぺたぺたと触り続ける。


「だって、すごいんですよ! 湯上がり卵肌ってこういうことなんですね!!」


「あはは!千花ちゃん、本当にくすぐったいってば……!」


美菜は身をよじりながら、千花の手から逃れようとする。しかし、その光景を見ていた詩音が興味津々に近寄ってきた。


「えー? どれどれ……」


ぺたっ──


詩音が美菜の二の腕をそっと撫でる。


「わあ! ほんと……すべすべ……。先輩って、肌も綺麗だし、胸も大きくて羨ましいですねぇ……」


詩音の言葉に、美菜がほっとしたのも束の間──


むにっ。


「……きゃっ!!」


美菜は一瞬、何が起こったのかわからず目を丸くする。しかし、すぐに詩音がニコニコしながら自分の胸を軽く触っているのを見て、顔が一気に真っ赤になった。


「ちょっ……!」


「ふふっ、女同士でもダメでしたか? それとも感じやすいとかですか?」


詩音はくすくすと笑いながら、美菜をじっと見つめる。その視線がどこか意地悪げで、美菜はますます恥ずかしくなる。


「い、いきなり触られたからびっくりしただけだよ!」


慌てて胸元を腕で隠しながら、美菜は顔を背ける。


「うわー……やっぱり先輩って可愛いですねぇ」


詩音が笑いながら、美菜の肩をぽんぽんと叩く。

しかし、それを見ていた千花が何かを考え込むように自分の胸をじっと見つめていた。


「千花も美菜先輩みたいに大きかったらなぁ……」


「……千花先輩、千花先輩には胸以外にたくさんいい所がありますよ!」


「……百合子ちゃん、それ全然フォローになってないからね」


百合子は励ましのつもりなのか、千花の肩をポンと叩くが、それが逆に追い討ちになっているようにしか見えない。千花はぐったりと肩を落とした。


「……美菜先輩の胸でも揉んでご利益わけてもらお〜……」


しゅんとした千花は、どこか切ない表情をしながら、美菜へとそっと近づく。


「えっ、ちょっ……千花ちゃん!?」


──むにゅっ。


「はぁぁぁ……柔らかいです……わけてください……」


千花はぐすんぐすんとすすり泣く真似をしながら、美菜の胸をしれっと揉み続ける。


「こ、こらっ、やめ……!」


美菜が必死に抵抗しようとするが、千花は離れない。


「えー、私もご利益わけてもらお〜」


詩音がニヤリと笑いながら手を伸ばし──


「……わ、私も……!」


百合子まで参戦する。


「も、もうっ!! ダメだって……!」


美菜は顔を真っ赤にしながら、わちゃわちゃと女子たちとじゃれ合った。


温泉の湯気の中で、四人の楽しげな笑い声が響き渡る。旅行の夜は、まだまだ賑やかに続いていくのだった。



***



「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


男湯に響くのは、湯の流れる音と、竹の壁を隔てた向こうから聞こえてくる楽しげな女子たちの声だけだった。

瀬良、田鶴屋、木嶋、皐月の四人は、最初は各々のペースで静かに温泉を堪能していた。特に言葉を交わすこともなく、ゆっくりと湯に浸かり、日々の疲れを癒していたのだ。


だが——


『美菜先輩のお肌、ちゅるちゅるすべすべになってます!!!』


『あっ……もう!千花ちゃん、くすぐったいよ』


『わあ!ほんと。……先輩って、肌も綺麗だし、胸も大きくて羨ましいですねぇ……』


『……きゃっ!』


女子風呂から漏れ聞こえる会話が、男湯の空気を一変させた。


(……美菜ッッ!!)


瀬良は一瞬で表情を強張らせる。

今、確実に美菜の胸の話をしていた。

しかもかなり具体的な内容だ。

だが、それは聞こうとして聞いたわけではない。ただ、温泉の構造上、隣にいる彼女たちの会話が嫌でも耳に入ってしまうのだ。むしろ聞きたくなくても聞こえてしまう。

ましてや、ここには自分以外にも男がいる。彼氏である自分ならまだしも、他の男が美菜の胸の話を聞いている状況に、瀬良は歯を食いしばりながら耐えていた。


ちらりと視線を向けると、木嶋が少しずつ湯の中で縮こまっている。顔がみるみるうちに真っ赤になっていき、耐えられなくなったのか、小声で囁いた。


「……瀬良きゅん……なんか、ごめん」


謝るのも無理はない。

木嶋は温泉に入る前、「こういう温泉シチュは女子風呂からエロい話が聞こえてくる王道パターンなんだよなぁ〜!」と軽口を叩いていた。

皆、冗談だと思って流していたが、まさか本当にそのフラグが回収されるとは誰も思っていなかった。


その時、皐月がそっと立ち上がる。彼はこれまで一切喋らずに耐えていたが、ついに限界が来たのか、小声で言った。


「……お、俺出ます……」


顔は湯気と羞恥で真っ赤になっている。

先輩の生々しい胸の話を聞くという、社会人としても男としても居たたまれない状況に、彼は静かに退散することを決めたようだった。


一方で田鶴屋は、無言のまま目を閉じ、上を見上げながら瞑想をしているようだった。心を無にして煩悩を振り払おうとしているのかもしれない。

だが、ふと瀬良を見ると、薄く息を吐きながら肩をすくめ、諦めたように手を合わせて謝ってきた。


(……いや、謝られても……)


瀬良は何とも言えない表情で田鶴屋を見返す。

田鶴屋は決して面白がっているわけではない。ただ、この場の空気があまりにも気まずすぎて、謝るしかなかったのだろう。


「瀬良きゅん、俺なんか……もうダメかも……」


その時、木嶋が鼻を押さえてぐらりと傾いた。

よく見ると、片方の鼻から赤い液体がツーッと流れ落ちている。


「うお……」


瀬良は思わず声を漏らす。

温泉の蒸気と羞恥が相まって、木嶋はついに鼻血を出してしまったらしい。


彼は静かに立ち上がると、音を立てないように湯を出て行った。

残された瀬良と田鶴屋も、お互いに視線を交わし、頷き合うと、無言のまま温泉を出ることに決めた。


——決して盗み聞きをしていたわけではない。


だが、聞こえてしまった以上、今更「実は聞いてました」と水を差すのも気まずい。


脱衣場に出ると、木嶋がティッシュを鼻に詰めながら放心していた。


「はぁ……瀬良くん、なんかごめんね」


田鶴屋がタオルで髪を拭きながら苦笑する。


「…………いえ」


瀬良は短く答えながら、髪を乾かし始めた。

本音を言えば、彼女の胸の話を他の男に聞かれるのは気が気じゃなかった。だが、今回ばかりは仕方ない。誰も悪くないのだ。


それに、木嶋や皐月もかなりのダメージを受けていた。

田鶴屋ですら、ほんの少しだけ耳が赤くなっている。


(……まったく、誰のせいでこんなことに……)


瀬良はため息をつきながら、タオルを肩にかけ、静かにドライヤーを手に取った。



***



女性陣が温泉から上がり、浴衣姿で休憩所に入ると、先に出ていた男性陣がマッサージ機のコーナーでぐったりと脱力していた。


瀬良、田鶴屋、木嶋、皐月の四人は、どこか魂の抜けたような表情で、マッサージ機に身体を預けている。

風呂上がりの爽快感というより、むしろ湯あたりでもしたかのような虚ろな目をしていた。


「あれぇ?のぼせたんですか?」


千花がタオルで髪を拭きながら、何気なく問いかける。


しかし、その瞬間——


瀬良がゆっくりと千花に目を向けた。


無言のまま、遠い目で。


その視線には、何かを訴えかけるような、いや、むしろ何も言いたくないとでも言わんばかりの感情がこもっていた。


「???」


千花はきょとんと首を傾げる。

なぜそんな目を向けられたのか、まったく心当たりがない。


しかし、特に気にすることもなく、彼女はパタパタと素足で歩き、自動販売機の前へと向かった。


一方、美菜は、ぐったりしている瀬良の様子が気になり、そっと隣に座る。


「……大丈夫?」


優しく尋ねると、瀬良は疲れ切った声で短く答えた。


「……大丈夫じゃない」


その一言だけで、どれほどのダメージを受けたのかが伝わってくる。


「みんなのぼせたの?」


美菜がさらに問いかけると、田鶴屋、木嶋、皐月の三人は、何も言わずに一点を見つめたまま固まっていた。


「…………………………」


その沈黙が、全てを物語っているようだった。


ふと瀬良を見ると、「もうこれ以上は聞かないでくれ」と言わんばかりの視線を向けてくる。


(……何があったの?)


美菜は疑問に思いつつも、瀬良の様子から察して、それ以上聞くのをやめた。


すると、千花が自動販売機から8本のコーヒー牛乳を両手いっぱいに持って戻ってきた。


「先輩たち、コーヒー牛乳飲みます?」


そう言いながら、にこにこと笑顔で手渡す。


「……ありがと」


瀬良はまだ半分ぼんやりとしながら受け取る。

田鶴屋も静かに礼を言い、木嶋と皐月は無言で受け取った。


千花は配り終えると、休憩所の隅に設置されているレトロゲーム機に目を輝かせた。


「あっ!これやっていいですか!?」


特に誰に許可を取るでもなく、勝手にゲーム機の前に座ると、さっそくコインを投入して遊び始める。


そのレトロなゲーム音が、静かな休憩所に響いた。


——ピコピコ、ピッ、ピピッ……


すると、その音に反応するように、ぐったりしていた木嶋がピクッと反応する。


「……レトロゲーム……?」


ぼんやりとつぶやきながら、千花の隣にふらふらと座り込む。


「あ、木嶋さんもやります?」


「……やる……」


そう答えた木嶋は、まだ鼻にティッシュを詰めたまま、千花と一緒にゲームを始めた。


ピコピコと軽快な音を鳴らしながら、二人は童心に帰ったように楽しそうにゲームに熱中する。


一方、美菜は、瀬良の様子を見つめながら、手にしたタオルで瀬良を軽く仰ぎ始めた。


「……ありがとう」


瀬良がぽつりと呟く。


「ううん」


美菜は微笑みながら、瀬良の横顔を見つめる。


彼が何にダメージを受けたのかは分からない。

でも、美菜にとっては、こうしてのんびりとした時間を過ごせることが、何よりも幸せだった。


ピコピコとゲームの音が響く中、休憩所にはゆるやかな時間が流れていた。


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