Episode200
翌日の昼、瀬良と美菜は新居に必要なものを買うために出かけた。
「まずは雑貨屋から回る?」
「うん、細々したものから揃えていこうか」
二人は大きなショッピングモールの中にある雑貨屋に入る。食器やキッチン用品、収納グッズなど、新生活に必要なものを見て回る。
「瀬良くん、このお皿可愛くない?」
「白いのがいいのか?」
「うん、シンプルだけど、ちょっとだけ模様が入ってるのがいいなって」
「じゃあ、それにしとくか」
瀬良がカゴに皿を入れようとしたその時、突然後ろから陽気な声が飛んできた。
「おーっ! こんなところで何してんの?」
振り向くと、そこには木嶋がいた。
「……なんでお前がいるんだよ」
「いやいや、俺のセリフ! たまたま買い物しに来たら美菜ちゃんと瀬良きゅんがいるとか、偶然すぎるでしょ!」
木嶋は手に小さなインテリア雑貨を持っていた。
「木嶋さんも買い物?」
「うん、ちょっと部屋の模様替えしようかなって思ってさ! っていうか、二人で買い物ってことは……」
「引っ越しの準備」
「おおっ! ついに同棲生活スタートかぁ! いやー、これはめでたいね!」
木嶋はニヤニヤしながら、美菜と瀬良を交互に見る。
「せっかくだし、俺も一緒に回っていい?」
「……勝手にしろ」
「やったー!」
木嶋はあっさりとついてくることになり、三人で雑貨屋を回ることになった。
***
次に向かったのは家具屋だった。
「ベッドとソファはどうする?」
「ベッドはダブルにするって決めたし、ソファはどんなのがいいかな……」
「俺も新しいベッドにしようかなー」
美菜と瀬良と木嶋が家具を見ていると、店内の奥から聞き覚えのある声がした。
「え、お疲れ様ですー!なんで三人でお買い物してるんですかー!?」
振り向くと、千花が手を振りながら満面の笑みで駆け寄ってくる。
「……また偶然かよ」
瀬良がため息をつくと、木嶋が笑いながら「今日の俺たち、引き寄せ合ってんじゃない?」と冗談を言った。
「千花ちゃんも買い物?」
「はい!お金も貯まってきたのでそろそろいい感じの家具とか色々揃えてるとこですっ!で、二人はもしかして……?」
「引っ越しの準備」
「えーっ! いよいよ二人のラブラブ新生活スタートって事ですか!? 最高じゃないですかぁ!」
千花は目を輝かせながら美菜の腕を掴んだ。
「どんな部屋にするんですか?ベッドは?カーテンの色決めましたか?」
「まだ決めてる途中で……」
「よしっ、私も手伝いますよぉ!」
「いや、なんでそうなる……」
瀬良が呆れたように言うが、千花は全く気にせず、「楽しくなってきたー!」とテンションが上がっていた。
こうして、木嶋に続き、千花も加わることになった。
***
家具を見終わった後、ちょうど目に入った花屋に立ち寄った。
「観葉植物とか、部屋に置くと良さそうだよね」
「ああ、緑があると落ち着くよな」
美菜と瀬良が鉢植えを見ていると、後ろから聞き覚えのある声がかかる。
「……あれ?河北さん?瀬良くん?」
「えっ、田鶴屋さん!?」
振り向くと、そこには田鶴屋がいた。
「二人とも買い物?」
「はい!新居に飾る植物を見てて……田鶴屋さんは?」
「店の入り口用に何かいい観葉植物がないか見に来たんだよねー」
「なるほど……ならこれで割と勢揃いですね」
美菜が納得していると、後ろから木嶋と千花が顔を出した。
「あ!!田鶴屋さんもいる!」
「えー、何これぇ。もしかして、みんな偶然ここに集まっちゃった感じ?」
「……本当に偶然か?」
瀬良は半ば呆れながら言った。
「偶然なんだよねぇ……」
美菜も苦笑いしながら、周りを見渡す。結局、いつものメンバーが勢揃いしてしまった。
「……せっかくだし、今日の買い物、みんなで回りましょうよ!」
千花が楽しそうに言うと、木嶋も「それいいね!」と賛成する。
田鶴屋は少し考えたあと、「まぁ、付き合うか」と静かに頷いた。
「はぁ……また賑やかになるな」
瀬良はため息をつきながらも、どこか諦めたように苦笑する。美菜も「まあ、こういうのも楽しいよね」と微笑んだ。
こうして、二人だけの買い物はいつの間にか、いつものメンバーとの賑やかなショッピングになっていったのだった。
***
美菜と瀬良、田鶴屋、千花、木嶋の五人は、新居の家具を揃えるためにあちこちの店を回っていた。
「こっちのソファ、ふかふかですよ!絶対寝落ちするやつです!しかも!!ここ押すと光ります!!」
「いやいや、こっちのテーブル見て!なんか未来感あってかっこよくない?しかも!!光る!!」
「待て待て、それ全部揃えたら瀬良家は宇宙みたいになるぞ」
「えー、田鶴屋店長、瀬良家って言い方だともう結婚しちゃってるじゃないですか〜」
「…………」
「…………あ」
田鶴屋と千花はどこか気まづそうに無言で明後日の方を見ている。
木嶋はどこか見たことあるパターンが脳裏に思い返される。
「え!?ちょ、俺の知らない所で既に結婚してる!?」
「まだしてねーわ」
美菜も「木嶋さん騙されてるね」と楽しそうにしていたが、さすがに瀬良が冷静に止めた。
田鶴屋と千花も騙された木嶋を笑っている。
「もー!前と同じで俺知らないことあるのかと思ったじゃんー!」
「えぇ〜、ちょっとくらい遊び心あってもよくないですか〜?」
「ちょっと、じゃなくなるだろ」
「確かに……」
結局、グダグダ遊んでいても進まないので、悪ノリをその後もしながら選定を進めていった。
***
それから家電量販店へ全員で移動し、新生活に向けて必要な家電を見て回っていると——
「……偶然、なんだよな?」
瀬良が訝しげに呟いた。
そこには、皐月と百合子の姿があった。
二人もこちらに気づき、驚いた顔をしている。
「えーっ!すごい!私たち仲良しすぎません!?運命感じちゃいます〜!」
千花が嬉しそうに手を叩いてはしゃぐ。
「何してんのー?」
木嶋が二人の間に入るように覗き込むと、百合子が手に持っていたヘッドセットを見せてくれた。
「ヘッドセットが欲しくて……あっ!ちょうどよかったです!」
「ん?どうしたの?」
美菜が首を傾げると、百合子は少し照れくさそうに笑いながら言った。
「私も、ゲームとかやってみたくて……それで、パソコンに繋げて通話もできるヘッドセットを探してたんです。皐月くんに選んでもらってたんですけど、美菜先輩、おすすめありますか?」
「あー、なるほどね!それならこれとか、あとこっちもおすすめ!」
美菜は陳列棚に並ぶヘッドセットを指差しながら、百合子に説明し始めた。
「俺はこれがオヌヌメ!ちな俺もこれ使ってる!」
木嶋が手に取ったのは、派手にレインボーに光るゲーミングヘッドセット。
「えー!何これ、すっごい光ってますよ!めっちゃパリピみたいですね〜!」
「これ着けるだけでゲーマーっぽく見える、っていう特典付き!凄くね!?強そうじゃね!?」
「いや、機能性で選ぶべきでしょ」
皐月が呆れたようにツッコミを入れたが、千花と木嶋はすっかり盛り上がっていた。
「ちょ、待ってください!私も試着してみてもいいですか!?」
「お、千花ちゃんいいね〜!やっぱ見た目も大事だしな!」
わいわいと盛り上がる中、美菜は百合子と一緒に真剣にヘッドセット選びをしている。
その様子を、田鶴屋と瀬良は少し距離を置いて眺めていた。
「……結局、揃っちゃいましたね」
瀬良が肩をすくめると、田鶴屋がふっと笑う。
「まあ、お前ららしいじゃないか」
結局、偶然が重なり、いつものメンバーが自然と集まってしまう。
そんな流れすら、もう当たり前になっている気がして、瀬良も苦笑しながら頷いた。
***
家電の買い物を終え、レジでお会計を済ませていると、店員がキャンペーン中の福引券を3枚手渡してくれた。
「今、福引をやってるんですよ!3枚分引けるので、ぜひ試してみてくださいね!」
「ありがとうございます」
瀬良は淡々とした口調で礼を言い、福引券を受け取ると、そのままみんなのもとへ向かう。
すると、少し離れた場所で、田鶴屋が美菜、木嶋、千花、皐月、百合子の5人を見事にまとめ上げていた。
「ほら、勝手にどっか行かないようにな」
「はーい!」
「すみませーん!おやつの時間まだですかぁ〜?」
「遠足じゃないんだから」
千花と木嶋が、わざと幼稚園児のようにふざけながら田鶴屋に絡みつく。
百合子と皐月は苦笑しつつも、まんざらでもなさそうにその様子を眺め、美菜は少し離れた位置でくすくすと笑っていた。
(……なんだこれ)
瀬良は歩みを止め、その光景をじっと眺める。
もし美菜と付き合っていなかったら、こんな風にみんなと賑やかに過ごすこともなかっただろう。
休日はゲームばかりしていたし、仕事仲間とは必要以上に距離を取っていた。
「楽」と言えば楽だったが、「充実していたか」と聞かれれば、答えに詰まる日々だった。
けれど今はどうだろう。
こんなに自然と笑える時間が増えた。
気付けば、前の自分より少しだけ変わった気がして——瀬良はふっと微笑む。
「……福引券貰った。引きたい奴いる?」
瀬良が3枚の福引券を軽く指で挟みながら言うと
「はいっ!」
「はいはいはいはいはいはい!!!」
千花と木嶋が、これでもかというほど勢いよく手を挙げた。
「お前ら元気だな……」
瀬良は呆れながらも、福引券を二人に渡す。
「やったぁ!千花ちゃんは一等当てちゃいますよ〜!」
「おっしゃ!俺はなんか高そうなの何かを当てます!」
二人が張り切ると、田鶴屋がわざとらしく引率の先生のように歩き出す。
「はいはい、走らない走らない。ちゃんと手を繋いで並んでろ」
「はーい」
まるで本当に幼稚園児のように従う二人を見て、美菜と百合子は肩を震わせながら笑う。
「あと1枚あるけど……」
瀬良は残った1枚を美菜、皐月、百合子に向ける。
「俺はそんなに運ないんで」
皐月が軽く手を振った。
「私も大丈夫です」
百合子も同じく遠慮がちに首を振る。
結果、残ったのは美菜だけだった。
「え!?私もないよ!?こういうのは瀬良くんの方が絶対いいって!!」
美菜は慌てて瀬良に福引券を押し返す。
「……なら俺が引くか」
瀬良は肩をすくめ、田鶴屋たちが並んでいる列へと向かう。
「お、一等は……うわぁ!京都旅行券ですって!!秋の京都っていいですよねー!」
福引の係員が景品の説明をしながら、ガラガラと抽選機を回す参加者を誘導している。
「魅せるか……漆黒の右手の力……ッ!」
「俺、三等の肩マッサージ器欲しいな〜。千花ちゃん引いて俺にちょうだい?」
「嫌です♡千花は一等狙いなので♡」
木嶋と千花は、真剣なのかふざけているのか分からない調子で騒ぎながら福引の順番を待つ。
「こういうガチャ運って俺、あんまりないんだよな……」
瀬良はぼそっと呟く。
「そうなの?」
美菜が不思議そうに首を傾げた。
「ちなみに今年の新春ガチャは全オーブ溶かしたから」
瀬良は、スマホゲームの新年イベントで貯めていたガチャ用のオーブをすべて使い果たし、それでも新キャラを引き当てられなかった苦い思い出を振り返る。
「えぇ……それはつらいね……」
美菜は苦笑しながら同情する。
瀬良と美菜はスマホのソシャゲの話をしながら並び、その後ろになんとなく皐月と百合子も見学をするために並んだ。
そんな時、ふと瀬良が思い出したかのように振り向く。
「……そういや、お前らって付き合ってんの?」
突然、瀬良が皐月と百合子へ振り向き、何の前触れもなく問いかけた。
「え!?あ、はい!!」
「……です」
二人は驚きながらも、特に隠す理由もないため素直に答えた。
「そうか。良かったな」
瀬良は、ふっと微笑む。
それだけの言葉だったのに、皐月と百合子はどこか意表を突かれたような表情をした。
——瀬良が、こんな風に自然と笑うことがあるなんて。
「……あんまり驚かないんですね」
百合子が思わず口にすると、瀬良は首を傾げる。
「なんか驚く要素あった?」
「えぇ……」
百合子は少しだけ頬を赤らめながら目を伏せた。
付き合っていると答えた瞬間、どういう反応をされるのか少し気になっていたが、あまりにも自然に受け止められたことで、逆に少し恥ずかしくなったのかもしれない。
「……ていうか瀬良くん、なんで急に聞いたの?」
美菜が不思議そうに尋ねる。
「いや……なんとなく。あ、そういえば昨日美菜の事ありがとな」
「いえ……お役に立てたなら……」
瀬良は昨日のお礼を言い、それ以上の言葉は続けず、美菜とスマホゲームの話に戻る。
百合子と皐月は瀬良の唐突な質問と、そのあと見せた普段とは違う微笑みに、どこかそわそわしながら列に並んでいた。
(瀬良先輩の笑顔って……破壊力ヤバいなぁ……)
そんな事を二人は考えながら顔を見合わせて笑った。




