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Episode192

※嘔吐描写があります!

苦手な方はこの話は読まなくても大丈夫です!

ちょっと伊月が病んでるだけなので!



美菜は伊月のもとを離れ、瀬良の方へ駆け寄った。


「瀬良くん!」


呼びかけると、瀬良は腕を組んだままじっとこちらを見ていた。近づくにつれ、どこか呆れたような、だけど安心したような表情を浮かべているのがわかる。


「なんで瀬良くんがここに?」


美菜が息を整えながら尋ねると、瀬良は軽くため息をついた。


「飛び込みの客、美菜指名で来たんだよ」


「えっ、本当!? すぐ戻らなきゃ!」


「……てか、お前スマホ置いて行っただろ」


「……あっ」


言われて、ようやく気づいた。そういえば、メイク直しをしていたときにテーブルにスマホを置いて、それっきりだった。


「ごめん、完全に忘れてた……」


「だから俺がわざわざ呼びに来たんだけど」


瀬良は眉間に軽く皺を寄せながら、ポケットから美菜のスマホを取り出して見せた。


「これ」


「ありがとう、ごめんね……!」


スマホを受け取りながら、美菜は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。けれど、わざわざここまで探しに来てくれたことが、どこか嬉しくもある。


「急いで戻るぞ」


「うん!」


美菜は頷き、瀬良と並んで歩き出した。二人とも急いでいるため、自然と足取りが早くなる。


公園を抜け、歩道へと出ると、美菜はふと疑問に思った。


「てか、よく見つけられたね? 私、結構奥の方にいたのに」


「……めっちゃ探したわ」


瀬良の答えは短かったが、言葉以上にその大変さが伝わってきた。


「そっか……」


美菜は思わず、横を歩く瀬良をちらりと見た。


(本当に探してくれたんだ……)


瀬良は少し息が上がっていて、襟元から覗く首筋にはうっすらと汗が浮かんでいた。シャツの背中のあたりも、汗で少し色が変わっている。きっと、公園だけじゃなく、ほかの場所もあちこち探し回ってくれたのだろう。


「……あはは!ごめんね!」


美菜は思わず笑ってしまった。瀬良が大変だったことを考えると申し訳ないけれど、それだけ自分のことを心配してくれたんだと思うと、嬉しくてつい笑ってしまう。


「笑いごとじゃねぇだろ」


瀬良はじろりと美菜を睨んだが、どこか呆れつつも優しさが滲んでいた。


「ちゃんとスマホ持って歩けよ」


「はーい……」


「ほんとに反省してんのか?」


「してるしてる!」


美菜が慌てて両手を合わせると、瀬良はふっと小さく笑った。


「まったく……」


そう言いながらも、美菜がスマホを握りしめているのを確認すると、安心したような表情を浮かべた。


——どこにいても、ちゃんと見つけてくれる。


そんな瀬良の存在が、今はただひたすらに心強かった。



***



「……あー、気持ち悪」


低く漏れた呟きは、誰に向けるでもなく、ただ空気に溶けていった。


伊月はぐらりと身体を揺らしながら、近くの木の影へと歩み寄り、手をついた。吐き気が込み上げるのを堪えながら、震える手で口元を覆う。


視界が歪む。

心臓が痛いほどに波打つ。

美菜の瞳に映った、あのキスシーン。


美菜に、見られた。

見せるつもりなどなかったのに。


「っ……は、ははっ……」


乾いた笑いがこぼれた。まるで悪い冗談みたいだ。

自分が、誰とどう絡もうが関係ない。美菜の目の前であろうと、それはいつもと同じ、ただの仕事の延長にすぎない。


なのに。


なのに、どうして。


——どうして、こんなにも吐き気がする?


「……っ、オエッ……」


込み上げてくるものを押さえつけようとしたが、無理だった。喉の奥からせり上がる不快感が抑えきれず、伊月は口を押さえながら胃の中のものを吐き出した。


視界の端で、吐瀉物が土に吸い込まれていくのが見えた。


「クソッ、みっともないな……」


苦々しく呟き、震える手でペットボトルのキャップを開ける。残っていた水を口に含み、吐き出す。胃液の焼けつくような感覚を薄めようとするが、それでも消えない。


(ほんっと、邪魔なんだよなぁ……瀬良新羅)


伊月の目が細くなる。


美菜の隣に立ち、自然に名前を呼び、当然のように手を引く男。

何の苦労もなく、美菜の時間を奪っていく存在。

美菜が自分のものにならない、その理由。


(今すぐ消えてくれたら、どんなに楽か……)


だが、焦りは禁物だ。

今、美菜に想いを告げたところで、瀬良に負けるのは目に見えている。


まだ、その時じゃない。


ゆっくり、確実に、時間をかけて剥がしていく。

美菜が自ら瀬良を手放し、最終的に自分を選ぶように仕向ける。

それしか方法はないのだから。


伊月は深く息を吐き、もう一度水を口に含んだ。


(……この数日……美菜ちゃんと一緒にいすぎたせいで、メンタルにくる……)


まるで砂漠に水を注ぐように、美菜との時間は伊月の心を潤し、そして同時に渇かせる。


美菜の笑顔。

美菜の声。

美菜の仕草。

美菜の視線。


すべてが頭の中を埋め尽くし、他の何も受け入れられなくなる。


(だから、肉体的関係の時は……美菜ちゃんだと思い込むようにしてたのに……)


ずっとそうしてきた。


異性との関係に感情を挟むことはない。

利用するために身体を差し出し、甘やかし、心の隙間に入り込む。

肉体関係で満たされれば、簡単に支配できる。


詩音もそうだった。


彼女の感情を操り、都合のいい関係を築くことで、美菜を手に入れる足がかりにする。


なのに——


なのに、どうして。


「……美菜ちゃん、美菜ちゃん、美菜ちゃん……美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん美菜ちゃん……美菜ちゃん……僕だけの、美菜ちゃん……」


止まらない。


知りすぎた美菜の記憶が、伊月の脳を焼き尽くしていく。


胸が痛い。

喉が焼ける。

指先が震える。


(こんなはずじゃ、なかったのに……)


心の中に築いていたはずの防壁が崩れ、現実が容赦なく胸をえぐる。


美菜は、瀬良の隣にいる。

自分ではなく、瀬良と一緒に帰っていった。


「……っ、……オエッ……!」


伊月は堪えきれず、また胃の中のものを吐き出した。

もはや何も残っていないはずなのに、それでも吐き気は止まらない。


水を手に取り、震える指でペットボトルの水を口に含む。

喉を潤すのではなく、ただ、何かで洗い流したくて。


——瀬良の存在を。

——美菜の隣にいる、あの男の影を。


喉元を伝う水の冷たさを感じながら、伊月はゆっくりと立ち上がる。


「……嗚呼……美菜ちゃん……美菜ちゃん……美菜ちゃん美菜ちゃん、大好きだよ……」


空虚な声が、静かな公園に響いた。


「愛してるんだ……待っててね」


虚ろな目をしたまま、伊月は笑った。


「きっと君も……今少しずつ僕を好いてくれてるんだよね」


ゆっくりと歩き出しながら、伊月はまた口元を歪める。


壊れていく心の奥で、確信する。


僕が望む未来は、必ず手に入れる。


そうでなければ、生きている意味がないのだから。


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