表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
182/227

Episode181



美菜は早足でサロンへ向かいながら、頭の中で言葉を整理しようとする。


(どう話せばいいんだろ……。下手に動けば、逆に瀬良くんを追い詰めることになるかもしれないし……)


けれど、何もしないわけにはいかない。ネットの憶測は日を追うごとに広がり、もし本当に「みなみちゃん=河北美菜」だと気づかれたら、瀬良だけでなく、自分自身も危うくなる。


サロンに戻ると、店内はいつもと変わらず、落ち着いた雰囲気に包まれていた。スタッフたちもそれぞれの仕事に集中している。


(……こうしてると、何も起きていないみたい)


でも、美菜の心はまったく落ち着かない。


視線を巡らせると、瀬良の姿を見つけた。彼はカウンターの奥で、鏡の前に座る客の髪を丁寧に整えている。無駄のない手さばきと、静かに仕事に打ち込む横顔——普段と変わらない瀬良の姿が、妙に現実味を帯びて美菜の目に映った。


(……本当に、今話していいのかな)


迷う気持ちが生まれる。瀬良の手を止めることになるし、今はお客様の前だ。タイミングを間違えれば、余計な迷惑をかけるだけ。


美菜は深く息を吸い、少し落ち着こうと試みた。


「美菜先輩?」


声をかけられ、振り向くと千花が不思議そうな顔をして立っていた。


「どうかしたんですか? なんか、顔色悪いですよ?」


「……え? そ、そう?」


美菜はとっさに笑顔を作るが、千花の目は鋭い。


「絶対なんかあったでしょ!お昼、詩音ちゃんと一緒だったんですよね?」


「うん……まあね」


「もしかして、また詩音ちゃんがなんかやらかしたんです?」


「そんなんじゃないよ。ただ……ちょっと、話したいことがあって」


美菜は視線を瀬良のほうへ向けた。


千花はその視線を追い、察したように小さく頷いた。


「じゃあ、瀬良先輩の手が空いたら呼びますね」


「ありがと、千花ちゃん」


千花が微笑みながら頷くと、美菜はバックルームへと向かった。


(ちゃんと話そう。どうするべきか、一緒に考えよう)


スマホを取り出し、改めてネット記事を見直す。さっき見た書き込みが頭から離れない。


【みなみちゃんってもしかしてIrisか木嶋の彼女とか?ww】

【てかみなみちゃんも同じサロンにいたりしてwww】


——もし、これが本当だと確信されたら?


手のひらに汗が滲む。


そこへ、ドアが静かに開いた。


「……どうした?」


瀬良だった。


美菜は顔を上げ、彼のまっすぐな視線を受け止めた。


「……瀬良くん、ちょっと話したいことがあるの」


瀬良は黙って頷くと、そっとドアを閉めた。


バックルームの静けさの中、美菜はスマホを握りしめたまま、どう話を切り出すべきか考えていた。


瀬良はそんな美菜の様子をじっと見つめ、静かに椅子に腰を下ろす。


「……何があった?」


低く落ち着いた声が、美菜の心を少しだけ安心させる。


「……ネットの書き込み、見たんだ」


そう言いながら、美菜はスマホの画面を瀬良の前に差し出した。


瀬良は視線を落とし、スクロールしながら内容を確認する。美菜が見つけた書き込み——瀬良の正体や木嶋のこと、そして……


【みなみちゃんってもしかしてIrisか木嶋の彼女とか?ww】

【てかみなみちゃんも同じサロンにいたりしてwww】


そのコメントを目にした瞬間、瀬良の指が止まる。


「……」


無言のまま画面を見つめる瀬良の表情は読めなかった。


「……やっぱり、まだ確定されてるわけじゃない。でも、もしこのまま話題が広がったら……」


美菜の声は自然と小さくなっていく。


「私だけじゃなくて、瀬良くんにも影響が出る。木嶋さんだって……。だから……」


「焦るな」


瀬良がゆっくりと口を開いた。


「今は、まだ噂の段階だ。事実として確定されてるわけじゃない」


「……そうだけど」


「動揺したら余計に怪しまれる。お前が一番それを分かってるだろ?」


美菜は息を呑んだ。瀬良の言うとおりだった。


自分が何か変な動きをすれば、それがかえって証拠のようになってしまうかもしれない。


「でも……もしバレたら……」


「そのときは、俺が何とかする」


瀬良は静かにそう言い切る。


「最悪の事態になっても、お前一人に負担はかけねぇ。俺がどうにかするから」


「……瀬良くん……」


その言葉に、美菜の胸がぎゅっと締めつけられた。


(瀬良くんは……いつもそうだ)


自分のことより、美菜のことを優先してくれる。美菜の負担にならないように、守ろうとしてくれる。


だけど——


「瀬良くんだけに背負わせたくないよ……」


美菜は強くそう思った。


「だから、何かできることがあれば言ってほしい。私も一緒に考えたい」


「……ああ」


瀬良は小さく頷くと、スマホをテーブルに置いた。


「まずは、変に騒がず、いつも通りに過ごすことだな」


「……うん」


「それと、昼に東谷とは……何か話したのか?」


美菜は一瞬、言葉に詰まった。


(……詩音ちゃんのこと……話すべき?)


伊月が言ったことが本当かどうか、まだ確証はない。詩音を疑うようなことはしたくなかった。でも、もし本当に詩音が関わっているのなら……。


「……うん、昨日の帰りに伊月さんとたまたま会ってね、その後話す機会があったから話してたんだけど、伊月さんが……」


「……?昨日帰りに美菜1人で伊月と話したのか?」


「あっ……ごめん!瀬良くんに結局連絡出来てなかったんだ……ごめんなさい、あの後伊月さんから情報を聞き出せたらなぁってご飯に成り行きで行く事になって、連絡しようとしたら充電切れてて……」


美菜は結局連絡ができなかった事を思い出し、瀬良に謝る。

瀬良は一瞬曇った顔をしたが、美菜を心配しての事だった。


「……まあ、いいけど。1人で危険な事はするなよ」


「うん、ごめんね。……それでね、話の続きなんだけど…伊月さん曰く、犯人は詩音ちゃんだって言うの。でも……」


「でも?」


「さっき私が伊月さんの名前を出したら、明らかに態度が変わったの」


瀬良の目がわずかに鋭くなる。


「……東谷が?」


「うん。最初は普通に話してたのに、伊月さんのことを聞いた途端、話をそらそうとして……」


「……怪しいな」


瀬良が低く呟く。


「まだ決めつけるわけにはいかないけど……何か知ってるのは間違いないと思う。というより、伊月さんと詩音ちゃんは何故か繋がりがあるみたいな……」


「……そうか」


瀬良は腕を組み、少し考え込むように視線を落とした。


「じゃあ、もう少し詩音の様子を探る必要があるな」


「……私が、直接聞いたほうがいいかな?」


美菜がそう提案すると、瀬良は少し考えた後、ゆっくりと頷いた。


「美菜ができるなら、頼む。でも、無理はするなよ」


「うん……分かった」


美菜は決意を固めるように、そっと拳を握った。


「……ありがとう、瀬良くん」


「……俺のほうこそ」


瀬良は少しだけ表情を和らげると、美菜の頭を軽く撫でた。


「とりあえず、仕事に戻るか」


「……うん」


二人は席を立ち、バックルームを後にした。


(そういえば、そもそもなんで詩音ちゃんは伊月さんと絡みがあるの……?)


美菜は心の中で問いかけながら、再びサロンのフロアへと足を踏み入れた。



***



サロンのフロアに戻ると、いつもの日常がそこにはあった。スタッフたちが客と談笑しながら手を動かし、ドライヤーの音が心地よく響いている。


だが、美菜の胸の中には、まださっきの話の続きを考える重たい感覚が残っていた。


(詩音ちゃん……本当に関係あるの?)


伊月の言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。でも、詩音の態度の変化は確かに気になる。もし何か知っているのなら——いや、もし本当に詩音が関与しているのだとしたら?


「……美菜先輩?」


「わっ……!」


不意に肩を叩かれ、驚いて振り向くと、千花が目を丸くしていた。


「そんなにビクッとしなくても……大丈夫ですか?なんか、すごく考え込んでましたけど」


「……うん、大丈夫」


「そうですかぁ?無理して抱え込まないでくださいね!!……あ、そうだ!さっき詩音ちゃん早退したんですよ!!」


「え?」


美菜の心臓が跳ねる。


「『今日は調子が悪いので帰らせてください』って田鶴屋さんに言って帰りました!お昼体調悪そうだったんですか?」


「……うーん、どうだろう……」


詩音の調子が悪くなったのは——。


(もしかして、私が伊月さんのことを聞いたから?)


それとも、単に調子が悪いのか。どちらにせよ、体調が悪いと言って帰ったのは心配ではある。


「ありがとう、千花ちゃん。ちょっと詩音ちゃんに連絡してみる」


「了解です!……っていうか、やっぱりなんかあったんですね?美菜先輩、ちょっと探偵みたいな顔してます」


「そ、そんなことないよ」


苦笑しながらスマホを取り出し、詩音の番号を呼び出す。


コール音が数回鳴ったあと、すぐに詩音が電話に出た。


『はい、もしもし……』


「あ、詩音ちゃん。さっき千花ちゃんから聞いたんだけど、体調大丈夫?お昼に気づいてあげれなくてごめんね。もうおうちついた?必要な物があったら遠慮なく言ってね」


『いえ……あの、大丈夫なんですけど、美菜先輩……ちょっと直接話したいことがあるんです。営業後、時間ありますか?』


その言葉を聞いて美菜は察した。

詩音はやはり何か隠していた。

もし話せるなら好都合だ。


「……いいよ。どこで会う?」


『できれば、外で……。ちょっと人気(ひとけ)のない場所がいいかも』


美菜の指が、一瞬止まる。


(人気のない場所……?)


違和感が胸をよぎる。詩音は普段、あまりこういう言い方をしない。


「うん、分かった。じゃあ——」


少し考えて、美菜は夜でも比較的人が少ないカフェを指定した。


『ありがとうございます。夜に向かいますね』


電話が切れる。


そのままスマホを握りしめたまま、少し考え込む。


(……やっぱり、瀬良くんに言っておいたほうがいいかな)


詩音の言動が安全だとは言い切れない。

念のために共有しておいたほうがいいかもしれない。


美菜は瀬良の姿を探し、フロアの奥にいる彼を見つけると、すぐに歩み寄った。


「瀬良くん」


「……ん?」


瀬良はちょうど仕事を終えたところで、軽くタオルで手を拭いていた。


「詩音ちゃんから連絡があって、夜会うことになったの。でも……なんか少し気になるの」


「気になる?」


「うん。何か思い詰めたような声のトーンだった気がする…」


瀬良の目が細められる。


「……1人で行くのか?」


「うん。でも、大丈夫だよ」


「……念のため、俺もついていく」


「えっ?」


美菜は驚いた。


「でも、詩音ちゃんは私と話したいみたいだし……」


「だからって、何があるか分からねぇだろ。お前が詩音と話すなら、それは任せる。でも、少し離れた場所から見てるくらいはさせろ」


瀬良の言葉に、美菜は口を閉じた。


(……たしかに、何かあってからじゃ遅いし)


それに、瀬良がそう言ってくれるのは、美菜を心配してくれているからだ。


「……分かった。でも、あんまり目立たないようにね?」


「分かってる」


瀬良は軽く頷き、美菜と一緒に営業後店を出た。


向かう先は、詩音と約束したカフェ。


夜の街を歩きながら、美菜は次第に緊張してくるのを感じていた。


(詩音ちゃん……何を話すつもりなんだろう)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ