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Episode177



美菜は食事とお酒を堪能しながらも、心の中で自分を叱っていた。


(……いや!だから楽しんでる場合じゃないって!)


目の前には見たこともないような豪華な料理が並び、口の中にはこれまで経験したことのない美味しさが広がっている。しかし、それでも心のどこかで警鐘が鳴り響いていた。


美菜は楽しさを隠すように、再び朗らかに世間話をしていたさっきの雰囲気を変えようと意識してみた。


咳払いをし、少し顔を引き締めてから、


「……あの!!伊月さん!!」


声を掛けた。


伊月は驚く様子もなく、にこやかに応じる。


「うん?」


「瀬良くんの件なんですけど……!」


美菜は真剣に話を切り出すと、伊月は少し驚きながらも楽しそうに微笑んだ。


「うん、美菜ちゃんはその話がしたかったんだよね。いいよ、なんでも聞いて?」


まるで予想していたかのような伊月の返答に、美菜は一瞬ためらうものの、続けた。


「伊月さんは、瀬良くんの情報をリークした人、もう本当は分かっているんじゃないですか?」


問いを投げかけると、伊月はわざとらしく肩をすくめて、目を細めた。


「んー?どうだろうね?」


その答え方に、美菜はすぐに察する。


(……その答え方だと“知ってる”って捉えちゃいますよ)


思わず口元がゆるんだが、すぐに顔を引き締め、真剣に答えるように声をかける。


「……その答え方だと、もう確信してますよね?」


しかし、伊月は首を横に振りながら、楽しげにこう返してきた。


「んー、なら美菜ちゃん、ゲームしない?」


突然、意表を突かれる提案に、美菜は驚きの表情を浮かべた。


「え……?」


「このお店さ、サイコロ貸してくれるんだよねー。普段はチンチロとかして遊ぶんだけど、今日はちょっと変えて、簡単にしようか。目の大きい方が勝ちってことにして、勝った方のお願いを1つ聞くっていうルールにしよう」


伊月の提案はまるで何もなかったかのように自然だったが、美菜は少し困惑した。


(……いや、ちょっと待って。これって、完全に伊月さんのペースだよね)


それにしても、このタイミングでサイコロゲームを持ち出してきたということは、もし今乗らなければ情報を聞き出すチャンスを逃してしまうことになる。それが分かっている美菜は、少し考えた後に決心した。


「……わかりました。その勝負します!」


美菜は決意を固め、少しドキドキしながらも手を挙げた。伊月は嬉しそうに、しっかりと頷いてから、店の従業員を呼び寄せた。


「このゲームが終わったら、きっと面白いことが待ってるよ、美菜ちゃん」


伊月の不敵な笑みを見て、美菜は思わず背筋を伸ばした。


その後、しばらくして従業員が丼に入ったサイコロを3つ運んできて、テーブルに置いてくれる。そして、目の前の料理が次々と片付けられ、サイコロのためのスペースが確保された。


「楽しみだね、美菜ちゃん」


伊月は楽しそうに、そして少し挑戦的な眼差しを送ってきた。その目に少し怖さを感じた美菜だが、同時にこの状況をどうにか切り抜けなければならないという気持ちが芽生えていた。


(……フェアなゲームだし、これならまだ大丈夫!)


美菜は心の中で自分に言い聞かせ、気合いを入れた。


これから先がどうなるか分からないが、このサイコロゲームで負けてしまうわけにはいかない。


伊月が最初にサイコロを振り、音がテーブルの上でカラカラと響く。サイコロが止まった後、伊月は満足げに自分の目を確認する。


「ふふっ、6、4、5だね。なかなかいい感じだよ」


美菜はそれを見て少しプレッシャーを感じる。伊月がかなり良い目を出しているからだ。


「さて、次は美菜ちゃんの番だよ」


美菜も息を呑みながらサイコロを手に取る。軽く手のひらで転がし、サイコロを投げると、カラカラと音が響いた。サイコロが静かに転がり、テーブルに止まる。


「……6、1、1」


美菜はその目を見て、がっくりと肩を落とす。


(あー、これじゃ勝てない!)


「うーん、今回は伊月さんの勝ちですね」


美菜は少し肩をすくめると、伊月が嬉しそうににっこりと笑った。


「はい、ありがとう!じゃあ、僕のお願いね」


伊月は楽しげに目を細め、明らかに何か考えている様子だ。


「お願いはね、美菜ちゃん、投げキッスしてくれる?」


美菜はその頼まれた内容に一瞬驚き、思わず目を見開く。


「えっ……えぇ!?」


拍子抜けしたような表情を浮かべ、今度は少し顔を赤らめる美菜。


(こんな簡単なお願い、ちょっと恥ずかしいけど……)


美菜は迷ったが、ルールに従い、パスを使うのもあまり意味がないと思い、すぐに覚悟を決めた。


「えっと……わかりました!」


美菜は恥ずかしさを隠しつつ、伊月に向けて軽く投げキッスをした。


「……これでいいですか?」


美菜は顔を赤くして、少し照れ笑いを浮かべる。伊月はその反応を見て、満足げにうなずいた。


「うん、ありがとう!思った以上に可愛かったよ」


美菜はその言葉に少し照れながらも、勝負は終わったことをほっとし、安心したように笑った。


「これ1回で終わらないですよね?」


「もちろん」


「じゃあ、次の勝負いこうか」


伊月が楽しそうにサイコロを手に取り、軽く振ってからテーブルの上に投げる。


カラカラ……コトン。


「6、5、3。うん、またいい感じだね」


伊月は満足そうに微笑む。


「うぅ……また強いですね……」


美菜はプレッシャーを感じつつも、気合いを入れてサイコロを振る。


カラカラ……コトン。


「3、2、2……あぁ、負けたぁ!」


美菜は悔しそうに肩を落とす。


「ふふっ、美菜ちゃん、また僕の勝ちだね」


伊月はニコニコと嬉しそうに美菜を見つめながら、次のお願いを考えているようだ。


「じゃあ、お願いは……僕の下の名前、呼んで?」


「えっ……」


美菜は驚き、思わず口をつぐむ。


「え、えぇ……それくらいなら……」


美菜は頬を少し赤くしながらも、勇気を振り絞って小さな声で言う。


「……海星さん」


伊月はその瞬間、まるで電流が走ったかのようにビクリと反応し、目を輝かせる。


「……!」


(うわ、なんかすごい嬉しそうな顔してる……)


明らかに表情の変わった伊月を見て、美菜は視線を逸らした。


「も、もういいですよね!?」


美菜が恥ずかしそうに顔を背けると、伊月は満足げに微笑みながら、すぐにサイコロを手に取った。


「うん、ありがとう!じゃあ、次の勝負いこうか」


明らかにテンションが上がった伊月は、ますます楽しそうにゲームを続ける気満々だ。


(えぇ……なんかどんどんペース持ってかれてる気がする……!)


美菜は若干の不安を抱きながらも、仕方なく次の勝負に臨むのだった。


「じゃあ、次こそは……!」


美菜は気合を入れ、サイコロを振った。


カラカラ……コトン。


「6、6、2……よし!今度は勝った!!」


伊月が振ったサイコロの目は、4、3、1。


「おぉ、美菜ちゃんの勝ちだ」


伊月は驚いたように言いながらも、どこか楽しげだ。


「じゃあ……私のお願いを聞いてもらいます!」


美菜は伊月をじっと見つめ、強い意志を込めて言う。


「リークした犯人を教えてください!」


伊月は、一瞬ピタリと動きを止めた。


「……ふふっ、やっぱりそれを聞くよね」


美菜は真剣なまなざしで伊月を見つめる。


「んー、さすがにそれは……まだパス、かな」


伊月は、軽く肩をすくめながら笑った。


「……ですよね」


美菜はため息をつきながらも、内心では少し満足していた。


(でも、これでパスはあと1回しか使えない……!)


もしあと2回勝てば、パスを使い切らせることができ、質問に答えないといけなくなる。


(……次も勝つ!!)


美菜は気合を入れ直し、再びサイコロを握る。


「じゃあ、次の勝負!」


伊月が笑いながらサイコロを手に取り、ゲームは再びスタートした。



***



「…………」


美菜は徐々に負けが続き、気づけば連敗していた。

サイコロの目が自分を裏切るたびに、伊月の口元は楽しげに歪み、彼女は焦りを募らせる。


「パス、使う?」


にっこりと笑う伊月に、美菜は無言で頷いた。


最初のパスの条件は

——「今着ているシャツを脱ぐこと」


「……無理です」


即答した美菜に、伊月は小さく笑いながら「やっぱり?」と肩をすくめる。


そして次のパスの条件は

——「瀬良と別れて俺と付き合うこと」。


「……え?答え分かってて聞いてますよね?」


あまりにも突拍子もない提案に、美菜は思わず絶句した。


「ダメ元で言ってみただけ。最初から無理ってわかってたよ」


伊月はふっと微笑んでグラスを傾ける。その軽い態度に、美菜は呆れながらも、どこかゾクリとした


——美菜にパスを使わせたかっただけなのか、それとも……?


その後、伊月がまた勝利を収め、彼は新たなルールを提案する。


「負けたらテキーラショットね」


「……パス、もうないんですけど?」


「そうだね。もう逃げられないね」


伊月の目がどこか楽しげに細められ、美菜は小さく息を呑む。


しかし、伊月はそれ以上無茶な要求はせず、ただ静かに美菜を見つめた。


(……ここで変なこと言わないの、ちょっと意外)


納得した美菜は小さく頷き、ゲームを続行することに決めた。


それが地獄の始まりとも知らずに——



***



「……また負けた」


美菜は悔しさを滲ませながら、無言でショットグラスを口に運ぶ。


喉を焼くようなアルコールの感覚に、思わず目をぎゅっと閉じる。


「美菜ちゃん……あんまり運とかないタイプ?」


伊月のくすくすとした笑い声が、余計に美菜の苛立ちを煽る。


それでも、彼女は負けるたびに条件をのんでいった。


ストッキングを脱ぎ、首元のボタンを外し、次の要求は——「もう一度、今度は呼び捨てで名前を呼んで」。


「……か、海星……」


消え入りそうな声でそう呟くと、伊月は愉悦に満ちた表情で微笑んだ。


「うん、よく言えました」


美菜は頬を赤くしながら、悔しさと羞恥に耐え切れず、次のサイコロを握る。


(次こそ……絶対に勝つ!!)


強く念じて振ったサイコロの目は……


——6、6、6。


もうこれは完全勝利だ。


「よっしゃぁ!!」


美菜は歓喜の声をあげ、ぐっと伊月を睨みつける。


「リークした犯人は誰れすか?!」


「……美菜ちゃん、呂律回ってないよ? お酒結構弱いんだね」


「いいから! 答えてください!!」


ふわふわとした足取りで伊月を見つめる美菜に、彼はゆっくりと口元を綻ばせる。


「……パス」


そう言って、伊月は笑ってショットを飲み干した。


美菜の表情が一瞬明るくなり、確信に満ちた笑みを浮かべる。


「これれ、伊月さんも私もパスはなくなりました! 次こそ答えてもらうからっ!」


勝ち誇ったようにサイコロを振る美菜。

伊月はどこか嬉しそうに笑っている。


そして——美菜はまたしても負けた。


「……くっ」


自分の運の無さに若干嫌気がさす。

悔しそうにショットを飲み干しながら、美菜はさっさとお願いを済ませようとする。


「……次は何ですか?はやく言ってください!」


伊月はグラスを指でなぞりながら、少し考えた後、静かに告げた。


「僕の上に跨って、ゲームを続けるか辞めるか選んでよ」


「……え?」


一瞬、思考が追いつかなかった。


「無理にとは言わないよ?ゲームを辞めるって選択肢もあるわけだし」


美菜は酒で火照った顔をさらに紅潮させ、ぐっと唇を噛む。負けず嫌いの美菜はもう止まることはできなかった。


(ここまできて……引けるわけない……!)


ゆっくりと、意を決して伊月の上に腰を下ろす。


——ドサッ。


密着した体温、距離の近さに、心臓が嫌なほど高鳴る。


「……美菜ちゃん、もしかしてすごい酔ってる?」


「……いいから! 次です!!」


意識しすぎないようにサイコロを握りしめ、振る。


(……お願い!勝たせて!)


数字は6、6、5。

伊月はその数字を見ながら自分も振り降ろす。

数字は2、3、1。

今度は美菜の勝ちだ。


「……やった! やったぁあ! 私の勝ち!」


「美菜ちゃんっ、ちょっと——あ、ちょ、跳ねないで……っ!」


伊月の上でぴょんぴょんと喜びを爆発させる美菜。


彼は理性を抑え込むように手で口元を覆い、吐息を漏らす。


「……? 何ですか? 質問は一緒れすよ? 犯人は誰なんですか?」


トロンとした瞳で覗き込んでくる美菜に、伊月の喉がかすかに震える。


ストッキングを脱ぎ、頬を赤らめながら乱れた服で自分に跨って、酔った勢いで問い詰める美菜。


——可愛すぎる。


「……美菜ちゃんの色仕掛けに負けて話しちゃうね?」


「いいから! はやく!」


ぐいっと引き寄せられ、伊月の唇が耳元に触れる。


そして、静かに囁いた。




「美菜ちゃんたちが知りたがってた名前はね………」




美菜の顔が一瞬にして青ざめる。


「………………え」


「……今日はここまでだね。楽しかったよ、美菜ちゃん。また遊ぼう」


伊月は美菜の服を整え、ゆっくりと席を立つ。


「外にタクシー呼んでおくから、好きな時に出なよ。あ、瀬良くんに結局連絡してなかったね。まあいいよね。楽しかったし。僕が送ると瀬良くん怒りそうだから、先に出るね」


「……まっ、待って! なんで、なんで……!」


美菜が言葉を紡ぐ前に、伊月の姿は消えていた。


彼が告げた名前が、頭の中で何度もこだまする。


「……そんな、嘘……」


酔いが一気に覚め、全身が冷たくなる。


美菜は力なく椅子にもたれ、震える唇を押さえた。


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