表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
167/227

Episode166



お盆休みも、残すところあと一日。

今日は瀬良が家に来る予定だった。


(今日はお家デートだし、昨日お掃除しててよかったなぁ)


キッチンで紅茶を準備しながら、そんなことを考える。

昨日の夜の帰りに「明日家に行ってもいい?」と聞かれた。

突然の申し出ではあったけど、もちろん断る理由なんてない。むしろ嬉しかった。だから、即答で「もちろん」と返したのだった。


(瀬良くん、お菓子食べてくれるかな?)


事前に来るとわかっていたので、少しでも喜んでもらえたらと思い、クッキーを焼いてみた。

オーブンの余熱でまだほのかに温かいクッキーをひとつつまみ、口に入れてみる。

サクッとした歯ごたえのあと、じんわりとバターの香りが広がる。うん、いい感じに焼けた。


そんな風に満足していた矢先、ちょうどタイミングよく━━


ピンポーン……


インターホンが鳴る。


「はーい」


エプロンを外して急いで玄関へ向かい、扉を開けると、そこにはラフな格好の瀬良が立っていた。

昨日は帰省後の少し疲れた雰囲気だったけれど、今日はどことなくリラックスしているように見える。


「いらっしゃい。クッキー焼いてみたんだけど、お茶しよ?」


そう言って笑いかけると、瀬良は少し目を丸くしてから、眉を上げて問い返した。


「美菜の手作りってこと?」


「ふふっ、そうだよ」


瀬良は「そっか」と言いながら靴を脱ぎ、部屋へと上がる。

手を洗い終えると、いつもの定位置に座り、静かに出てくるのを待っている。

その様子がなんだか可愛らしくて、思わずクスッとしてしまった。


(なんか、出てくるのを待ち遠しそうにしてる幼稚園児みたい……)


足をそろえて、ほんの少し前のめりになりながら、じっとこちらを見ている瀬良。

普段のクールな雰囲気とのギャップが愛おしくて、胸がきゅっとなる。


「……なんか失礼なこと考えてただろ」


じとっとした視線を向けられ、思わずハッとする。

まさか顔に出ていたのだろうか。


「可愛いなぁって思っただけだよ?」


にこっと微笑むと、瀬良は小さくため息をついて、ぼそっと「……そんなん言われたら食いづらいんだけど」と呟いた。

けれど、どこかまんざらでもなさそうな様子に、美菜は心の中で小さく笑うのだった。



***



「……昨日の服、今日は着ないの?」


お茶を終え、ソファに座る瀬良が何気なく問いかける。


「洗濯して乾かしてるけど、そんな二日も続けて着ないよ〜」


美菜は軽く肩をすくめながら答えた。ノースリーブの白いトップスは確かに可愛いが、連日着るのはさすがに気が引ける。


「そっか」


瀬良はそれ以上何も言わなかったが、何か言いたげな雰囲気を滲ませている。


「……あ、もしかしてあの服着てる姿が見たかったとか?」


冗談めかして言ってみると、瀬良はまるで当然のように、至って真面目に頷いた。


「うん。俺だけに見せてって昨日言ったから、今日も着てくれるかなって」


「…………ひゃい……」


思わず情けない声が漏れる。あまりにもストレートすぎる。


瀬良が何気なく言う言葉は時々妙に破壊力があって、美菜の心臓を無駄に暴れさせる。顔が熱くなるのを感じながら、美菜は「ちょっと待ってて」と言い残し、洗濯済みのトップスに着替えに行った。


(ノースリーブってだけで別になんか変なことないんだけどな……)


自分に言い聞かせるように思いながら鏡の前に立つ。確かにタイトなシルエットではあるけれど、別に露出が激しいわけではない。それでも瀬良の視線を思い出すと、なんだか妙に意識してしまう。


「……よし」


気合いを入れて部屋を出る。


「お待たせー……瀬良くん、これが見たかったの?」


リビングに戻ると、瀬良は少し満足げに目を細めた。


「……うん、似合ってるよ。こっちきて」


そう言って、瀬良は自分の膝の上をぽんぽんと叩く。


「え、ここに?」


「うん」


今日の瀬良はやけに素直だ。美菜は少し戸惑いながらも、言われるがままに瀬良の膝の上に座る。すると、腕がすっと回され、すっぽりと包み込まれる形になった。


「べ、別に変じゃないよね!?」


「……ああ、似合ってるって」


美菜の髪の香りを吸い込みながら、低く囁くように言う。距離が近すぎる。甘えてくるのはいいが、恥ずかしすぎる。


「でもこの服、家デートだけな」


「……え?」


「例えば……」


瀬良の指が美菜の肩から脇にかけて滑る。


「……きゃっ!」


思わず身を縮こませると、瀬良はさらに指先を這わせるように動かす。


「木嶋も言ってたけど、こうやってエロいこと男は考える可能性だってあるから」


「ちょっ……!?」


脇から胸の方へと指が移動し、タイトな生地越しに美菜のラインをなぞる。


「美菜は体のラインが出る服を着ると、目立つんだよ。華奢な体つきのくせに、成長いいから」


「ちょ!?ちょっと!」


軽く胸のアンダーを人差し指でなぞられ、びくっと身体が跳ねる。


「あとこの服、白いから下着のライン、近くで見ると浮き出てる。色は透けてないけど、ここにホックがあるの分かるよ」


「……あっ!」


耳元でわざと囁くように話す。そして、指先が下着のホックに触れたかと思うと、ふいに外された。


「!? 瀬良くんっ……!」


驚きと羞恥で声が裏返る。


「美菜が変な目で他の男に見られるのって、なんか腹立つ。好きな服着ていいけど、このタイプの服は俺だけの時にして?」


「……あっ……!もう!!!分かったから!分かったから瀬良くん!」


パニックになりながら、何とか身を捩って逃れようとする。だが、その瞬間——


「んっ……!」


耳元に甘噛みされ、美菜の体がびくっと震える。


「いじわる……」


「いじわるしてる」


瀬良はくすっと笑いながら、美菜をぎゅっと抱きしめ直す。


「……もう、ほんとにいじわる」


「ん? 嬉しそうに言うなよ」


「言ってない!」


言い返しながらも、ふと目が合う。瀬良は相変わらずクールな表情だけど、その目元はどこか優しく、愛おしさが滲んでいる。


結局、美菜も思わず笑ってしまうのだった。


「……ほんとにもう」


美菜はぷくっと頬を膨らませながら振り返り、瀬良の胸を軽く拳で押す。

が、瀬良は微動だにせず、そのまま美菜を腕の中に閉じ込めたまま離さない。


「いじわるするのは、美菜が可愛いから」


「……っ!」


さらっとそんなことを言うから困る。言われた美菜は、また顔が熱くなるのを感じながら、視線を逸らした。


「もう知らない」


そっぽを向いてみるが、瀬良の腕の中では大した抵抗にもならない。


「……知らなくてもいいけど、まだ離す気ないから」


耳元で囁かれ、美菜はピクリと肩をすくめる。瀬良の声は落ち着いた低音なのに、なぜか耳に残る。それに、こんな風に抱き寄せられていると、瀬良の体温や心音がじかに伝わってきて、落ち着かない。


「瀬良くん……そろそろ、動けなくて辛いんだけど……」


「ん、どこか痛い?」


「そ、そういうことじゃなくて! ゆっくりしたいのに、ずっとこうされてたら落ち着かないっていうか……」


「……俺は落ち着くけど」


「えっ」


思わず聞き返す。瀬良は美菜の肩に額を預けるようにしながら、ゆっくりと息を吐いた。


「美菜の匂い、落ち着く」


「…………」


ダメだ、これ以上顔が熱くなると本当にどうにかなりそう。


「じゃあ、少しだけ」


仕方なく、美菜は瀬良の肩にもたれかかる形で寄り添う。こうしていると、瀬良の静かな呼吸が聞こえ、心なしか腕の力がゆるんだ気がした。


「……瀬良くん、なんか眠そう」


「ん……」


「ちょっと仮眠する? 今日は予定無いんだよね?」


「……そうだな。てか、このままでも寝れる」


「ええっ……」


こんな体勢のまま? と驚いたが、瀬良は既に目を閉じている。


(本当に寝る気なの……?)


心配になって顔を覗き込むと、ゆっくりとした呼吸に合わせて、瀬良の肩がわずかに上下している。どうやら本当にリラックスしてしまったらしい。


「……もー……」


美菜は小さくため息をつくと、そっと瀬良の髪を撫でた。


「いじわるなのに、こういうときだけ無防備なんだから……」


瀬良の寝顔は、起きているときのクールな雰囲気とは違い、どこか穏やかで優しげだ。


「……おやすみ、瀬良くん」


美菜もそっと目を閉じる。瀬良の腕の中は、思っていたより心地よくて、いつの間にか美菜も眠りに落ちていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ