Episode15
結局、その日も何事もなく仕事が終わった。
田鶴屋はいつも通りスタッフに声をかけながら、閉店作業を進めている。
「河北さん、床の掃除終わった?」
「はい、終わりましたー」
「OK、じゃあ今日はこれでおしまい。お疲れさま!」
「お疲れさまでした!」
みんなが帰り支度をする中、美菜はモップを片付けながら、ちらりと田鶴屋を盗み見る。
(……うーん、聞こうかな、どうしようかな……)
今日一日、何度も「気にしないでおこう」と思った。
でも、やっぱり気になる。
このままもやもやを抱えたままなのは、なんかイヤだ。
意を決して、美菜は田鶴屋のもとへ歩み寄る。
「あの、店長」
「ん?」
「昨日の話なんですけど……」
田鶴屋はロッカーの扉を閉めながら、美菜のほうを向いた。
「私の配信、いつから見てたんですか?」
ストレートに聞いてしまった。
「ああ、それ?」
田鶴屋は少し驚いたようだったが、すぐに「うーん」と腕を組む。
「結構前からだけど……多分、5年くらい?」
「ご、ごねん!?」
思わず声が裏返る。
5年前といえば、美菜がVTuber活動を始めたばかりの頃。
まだ登録者も数百人くらいしかいなかったはずだ。
「そんな前から……?」
「うん。だから、俺たぶん、めっちゃ古参だよ」
さらっと言われて、美菜はさらに驚く。
(え……ガチの古参じゃん……)
「えっと、じゃあ……その、どのアカウントで……?」
「それはヒミツ」
「えぇ!?」
「まあ、そのうち分かるんじゃね?」
田鶴屋はニヤッと笑い、さっさと帰り支度を終えてしまう。
「じゃ、お先~」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! ヒントくらい!」
「また今度なー」
手をひらひら振りながら、田鶴屋はさっさと店を出て行ってしまった。
「……な、なにそれ……」
結局、何も分からずじまいだった。
(うわー! 気になるー!!)
もやもやを抱えたまま、美菜も店を後にする。
***
帰宅後、すぐにスマホを開き、過去の配信を遡る。
(古参……5年前から……)
そんなリスナー、何人か思い当たる。
でも、確信が持てない。
(もしかして……あの人? いや、でも……)
しばらくスマホとにらめっこしたあと、美菜は思い切ってSNSを開く。
(……よし、今日の配信しよ)
気になって仕方がないけど、考えても分からない。
だったら――
「みなみちゃんの配信、はっじまるよ~!」
そうやって、結局いつものように配信を始めるのだった。




