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Episode154



片付けを終え、帰る準備を整えた美菜と瀬良は、まだパソコンに向かって写真の編集を続けている田鶴屋に声をかけた。


「田鶴屋さん、お先に失礼します」


「お疲れさまです」


振り向いた田鶴屋は片手を軽く上げてひらひらと手を振る。


「はいはい、お疲れさまー!俺はもうちょっと頑張るから、二人とも気をつけて帰ってね〜」


どうやらまだ帰る気はないらしい。その様子に美菜と瀬良は軽く笑い、サロンを出た。



***



外に出ると、夜の冷えた空気が肌を刺すように感じる。瀬良はふとポケットに手を突っ込みながら、美菜に声をかけた。


「パーマのお礼にご飯奢るけど、何食べたい?」


瀬良が自然にそう言うと、美菜は「あっ」と思い出したように顔を上げ、目を輝かせる。


「いや、ご飯より瀬良くんにお願いがあるの!!」


「……どうした?」


突然のことに少し驚きつつも、瀬良は落ち着いた声で聞き返した。美菜は少し得意げな表情を浮かべながら、躊躇いなく口を開く。


「実は――」



***



「いやーー、ありがとう〜っ!」


美菜は嬉しそうに、両手でしっかりと二つのフィギュアを抱きしめる。その表情は普段の雰囲気とはまるで違い、まるで子供のようにはしゃいでいた。


瀬良は隣で、その姿を静かに見ながら、ふと店頭に貼られているポップに目をやる。


“おひとり様1つまで”


大きく書かれたその注意書きを見て、美菜がなぜ自分を誘ったのかをようやく理解した。


「美菜ってフィギュア集めたりするんだな」


そう尋ねると、美菜は腕の中のフィギュアをぎゅっと抱きしめながら、少し考えるような素振りを見せた。


「うーん、普段はそんなに集めたりしないんだけどね……でも、この子は特別」


瀬良はその言葉に少し興味を持ち、フィギュアのパッケージをちらりと覗き込む。

そこには、“魔法少女☆ミナツキちゃん”と書かれていた。

金髪の可愛らしい少女のイラストが描かれており、明らかに子供向けのキャラクターに見える。


スマホで軽く検索してみると、女児向けアニメの主人公らしいことがわかった。

画面に映るミナツキちゃんの姿は、確かに美菜が大事そうに抱えているフィギュアと同じだ。


「このアニメってね! 私が幼稚園児の時に、初めて自分の好みで見たアニメなの! すっごく可愛くて、内容も女児アニメとは思えないくらい深くて……あ、でも当時は親に見せてもらえなかったんだよね。だから大人になってから見返したんだけど!」


興奮気味に語る美菜を見ながら、瀬良は微笑む。

こうして自分の好きなものを語る時の美菜は、普段の落ち着いた雰囲気とは違い、どこか素直で可愛らしい。


「ミナツキちゃんって主人公はね、優しくて、強くて、人を助けることが好きな魔法少女なの! それでね、悪い敵を魔法で倒していくんだけど、名台詞が出るくらい良い話ばっかりなんだよ! 瀬良くんも良かったら見てみて!」


「うん、今度見てみる」


瀬良がそう答えると、美菜は満足そうに頷く。

そして、ふと思い出したように瀬良の耳元に顔を寄せ、そっと囁いた。


「実はね……このミナツキちゃんってのが、ここだけの話、“みなみちゃん”の元になってるんだよ」


「……え?」


「私もミナツキちゃんみたいになりたくて、アバター作る時とか、キャラクター性とか、色々参考にさせてもらったんだー! あ、これはみんなには内緒だよ?」


瀬良は改めて、フィギュアのパッケージに描かれたミナツキちゃんの姿と、配信画面で見る“みなみちゃん”の姿を頭の中で重ね合わせた。言われてみれば、雰囲気や配色のバランス、可愛らしいけれど芯のある雰囲気はどことなく似ている気がする。


“みなみちゃん”というキャラクターは、美菜自身のものだと思っていた。しかし、それだけではなく、このミナツキというキャラクターの影響が色濃く反映されているのかもしれない。


いや、もしかすると――


美菜自身、このミナツキちゃんというキャラクターに少しずつ寄っていったのかもしれない。


「美菜にとって、大事なキャラクターなんだな」


「うん!」


美菜は無邪気に頷きながら、再びフィギュアを抱きしめる。そして、「こっちは飾って、こっちは保存用にしようかな……」と、普段の美菜からは想像もできないようなオタクらしい独り言を呟く。その姿に、瀬良は思わず小さく笑った。


「フィギュアも手に入ったし、飯食って帰るか」


「そうだね! 私、ラーメンがいいなぁ」


「ん、なら行くか」


美菜が嬉しそうに歩く姿を横目に、瀬良はふと考える。


彼女の意外な一面を知るたびに、少しずつ、もっと深く美菜のことを知りたくなっていく。


――そう思いながら、瀬良は静かに、美菜の隣を歩いた。



***



二人は夜の街を並んで歩きながら、目的のラーメン屋へと向かった。


美菜は両手に抱えたフィギュアを大事そうに持ちながら、時折チラッとそれを眺めては嬉しそうに微笑んでいる。普段のクールな表情とは違い、今はどこか柔らかく、無邪気な幼い少女のようだった。


「……そんなに嬉しいのか」


瀬良が横目で美菜を見ると、彼女は顔を上げて「もちろん!」と即答する。


「だって、このフィギュアずっと欲しかったんだよ? 限定品だから手に入らないかもって思ってたし!」


「へぇ」


「だから、瀬良くんを誘ったのも……その、一人一個までって制限があったからで……」


「分かってる」


「えっ」


美菜が驚いたように瀬良を見上げると、彼は店の注意書きを見たときのことを思い出しながら、軽く肩をすくめる。


「まあ、書いてたしな」


「う、うん……なんか、ごめんね?」


「別に気にしてねぇよ」


瀬良のあっさりとした返答に、美菜は少し安堵したように息をつく。そして、ふと何かを思い出したように、フィギュアを持った手をそっと背中に隠しながら言った。


「……じゃあ、お礼にラーメンおごる」


「いや、いい」


「いいの! これは私の気持ちだから!」


珍しく強引な美菜の言葉に、瀬良は少し考えてから「……なら、餃子も頼む」と小さく笑った。


「ふふっ、オッケー!」


そんなやりとりをしながら歩いていると、目的のラーメン屋が見えてきた。


「ここ?」


「ああ、たまに来る店」


美菜が店構えを眺めていると、瀬良は暖簾をくぐって中へ入る。店内は仕事帰りの客で賑わっていたが、運よくカウンターの端が空いていた。


「いらっしゃい」


無骨な雰囲気の店主が短く声をかける。瀬良は席につくと、迷いなく「特製醤油ラーメンと餃子」と注文した。


「私も同じの!」


美菜もすかさず同じメニューを頼み、手元に置いたフィギュアを大事そうに見つめながら微笑む。


瀬良はそんな美菜の横顔を眺めながら、ふと考える。


美菜の配信の姿も、仕事中の姿も見てきたが――今日の彼女は、また違う顔をしている。


意外な一面を知るたびに、少しずつ、もっと深く美菜のことを知りたくなっていく。


「……そんなに嬉しいのか」


さっきと同じ問いを投げかけると、美菜は照れくさそうに笑って「うん!」と頷いた。


湯気の立つラーメンが運ばれてくる頃には、店の喧騒もどこか心地よく感じられた。



***



美菜は運ばれてきたラーメンを見て、目を輝かせた。


「うわぁ、美味しそう……!」


湯気の向こうに広がる醤油スープの透き通った色、ほどよく脂が浮いた表面、分厚いチャーシュー。カウンター越しに店主が「熱いから気をつけな」と声をかけると、美菜は嬉しそうに「いただきます!」と箸を手に取った。


瀬良も黙って箸を割ると、レンゲでスープを一口。


「……うまい」


深いコクとすっきりとした後味。何度食べても変わらない安定感のある味に、瀬良は自然と肩の力が抜ける。


「美菜は?」


「ん~っ……! これ、めちゃくちゃ美味しい!!」


美菜は目を閉じて、幸せそうにラーメンを味わっている。その表情があまりにも満足げで、瀬良は思わず小さく笑った。


「そりゃ良かった」


「うん、瀬良くん、いいお店知ってるね!」


「まあな」


美菜はそのまま勢いよく麺をすすり、口の中に広がる旨味を楽しむように目を細める。瀬良はそんな彼女の様子を横目で見ながら、自分のラーメンを淡々と食べ進めた。


「そういえばさ」


少し食べ進めたところで、美菜がふと口を開いた。


「瀬良くんって、ラーメン以外に好きな食べ物あるの?」


「ん……別に、何でも食う」


「なんかもっとあるでしょ? 甘いのとか、辛いのとか」


「……甘いのは嫌いじゃない」


「へぇえ!」


美菜が目を丸くする。


「じゃあ、今度はラーメンじゃなくてスイーツのお店に行く?ケーキバイキングとか!」


冗談半分で言ってみたつもりだったが、瀬良は意外にも「別にいい」とあっさり受け入れた。


「え、ほんと?」


「美菜となら何処でも行ってもいいよ」


「……瀬良くんって、時々恥ずかしい事サラッと言っちゃうよね」


「うん、思った事そのまま言っただけ」


即答する瀬良に、美菜は吹き出すように笑った。


「ははっ、なんかずるいなぁ……でも、わかった。ケーキバイキングとか色々行ってみよう」


「ん」


そんな他愛もないやりとりをしながら、二人は黙々とラーメンを食べ進めた。


気づけば、もう丼の底が見えている。


「ふぅ~、お腹いっぱい……!」


美菜は満足そうに箸を置き、軽く伸びをした。


「また来たいな、ここ」


「おう」


美菜は「ごちそうさまでした」と言って、にっこりと微笑む。


瀬良も続けるように手を合わせ、すぐに伝票を持って丁度の代金を置いて店を出た。


「……え、あ!ちょっと!」


外に出ると、夜風が心地よく肌を撫でる。

美菜が出すつもりで食べていたのに、瀬良が結局出してしまった。


「……ずるい」


「そもそもはパーマのお礼だろ?」


「んーーーーー!!納得いかないけど!!とりあえずごちそうさまです!!」


美菜は両手に抱えたフィギュアをもう一度ぎゅっと抱きしめながら、瀬良の隣を歩く。


彼女の足取りはどこか軽く、嬉しそうだった。


瀬良はそんな彼女の横顔をちらりと見て、ほんの少しだけ、自分の歩調を合わせる。


特に理由はない。

ただ、美菜と歩く時はそうしたかっただけだ。


「今日はなんか新しい美菜を見つけた気がする」


「新しい私?」


「ん」


美菜の頭に手を置いて撫でると、美菜はたくさんの“?”を頭の上に思い浮かべているように不思議そうな顔をして瀬良を見た。


「帰るぞ」


「えぇ……?どういうこと……?」


瀬良と美菜は軽い足取りで帰路に着いたのだった。


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