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Episode150



朝のサロンはいつもと変わらない賑やかさに包まれていた。

しかし今日は、美菜と瀬良がたくさんのお土産を抱えて出勤したことで、さらに活気が増していた。


「おはよう!」


「おはようございますー!美菜先輩、瀬良先輩!」


千花がぱっと顔を上げると、美菜の腕には大きな紙袋がいくつも提げられていた。瀬良も無言でいくつかの袋を持っている。


「うわっ、すごい量! それ全部お土産ですか?」


「うん、みんなに買ってきた」


美菜が袋をカウンターの上に置くと、千花は興味津々に覗き込んだ。


「うわー! おいしそうなお菓子! どれ食べていいですか?」


「どれでも好きなの食べていいよ」


千花は目を輝かせながら包装を開け、さっそく一つ口に入れた。


「ん〜! おいしいです!」


ほくほくした顔で頬張る千花を見て、美菜は自然と笑みをこぼした。


「改めて、お休みもらってありがとうございました。おかげでゆっくりできたし、すごく楽しかったです」


美菜がそう言って、田鶴屋、木嶋、千花へと視線を向け、瀬良も隣で軽く頭を下げる。


「それに、こうしてみんなと一緒に働けてるのって、やっぱりすごく幸せだなって思いました」


その言葉に、千花はぱっと笑顔になり、


「美菜先輩と瀬良先輩が楽しかったならよかったです!」


と無邪気に言った。木嶋もにこにこしながら、


「で、写真は? ちゃんと撮ってきたでしょ? 見せてー!」


と言いながら手を差し出してくる。美菜がスマホを取り出して写真をめくろうとしたその時、木嶋がふと何気なく呟いた。


「いいなぁ〜、俺も美菜ちゃんみたいな彼女ほしいなぁ〜」


その瞬間——場の空気が止まった。


千花の手がぴたりと止まり、田鶴屋も視線を少し上げる。美菜はスマホを持つ手が固まり、瀬良も微かに眉をひそめた。


そして、全員の脳裏に同じ疑問が浮かぶ。


(……そういえばこの人……彼女がいないの、なんでだ?)


美容師としての腕は確かで、顧客からの人気も絶大。

明るくてフレンドリーで、後輩の面倒見もいい。

スタイルも抜群で、顔立ちだってモデル級に整っている。

それなのに、恋人がいるという話は一度も聞いたことがない。


沈黙の中、誰からともなく小声の会話が始まる。


「やっぱり性格か?」


「うーん……個性といえば個性ですし……」


「顔はいいけどね……」


「やっぱり性格だろ」


木嶋本人には聞こえないようにコソコソと話す四人。


当の木嶋は、何も気づいていないようで、お菓子をつまみながら「不思議だなぁ〜」と首をかしげている。


そんな彼を見て、美菜も瀬良も、田鶴屋も千花も、思わず笑ってしまう。


結局のところ、木嶋のそういうところも含めて、みんな大好きなのだった。



***



営業中、美菜は受付の方で田鶴屋がスーツ姿の男と話しているのを見かけた。


(あれ?田鶴屋さんのお客様かな?)


そう思いながらも、どこか困ったように眉をしかめる田鶴屋の表情が気になった。何かを話している最中、ふと目が合い、手招きされる。


「河北さん、例えば瀬良くんが伊月さんみたいにキャーキャー言われたらどうする?」


「はい?」


突如呼ばれたかと思えば、意味の分からない質問をされ、美菜は戸惑う。それよりも、目の前の男は一体誰なのだろうという疑問の方が大きかった。


「はじめまして。わたくし、雑誌の取材をしております芸能事務所所属の渡邊と申します。実は今回の“街のイケメン美容師”特集にぜひモデルとして瀬良さんを載せさせていただければと思いまして」


「モデル……!?」


美菜が驚くのをよそに、田鶴屋は美菜をかばうように一歩前に出て、渡邊に背を向ける。


「大会の時に目立ってたらしいじゃない? あれから瀬良くんのこと気になってたんだってぇ」


困ったようにため息をつく田鶴屋。


「瀬良くんはなんて……?」


「瀬良くんは即答でお断りします、だって。今、入客中だから代わりに俺が対応中」


田鶴屋は渡邊に聞こえないよう、小声で伝える。


「この人、断ってるのに帰らないんだよねー……。話聞いてない感じ。俺、こういうタイプまーじで合わないんだよねぇ。瀬良くんを待つって言ってるし……河北さんからもちょっと何か言ってみてよ」


「わ、私がですか!?」


「“彼氏がほかの女の子にチヤホヤされると嫌です”ってお断りしてみてよぉー」


軽い調子で無茶ぶりをする田鶴屋に、美菜は思わず絶句する。しかし、仕方なく渡邊と向き合うことにした。


「あの、本人がしないと言っているのに待たれるのはちょっと……」


「……あ! もしかしてあなたは一緒に大会に出てた河北さんじゃないですか!?」


話を聞いていない渡邊は、美菜に興奮気味に話しかける。


(あぁ……田鶴屋さんが言ってた、話を聞かないってこういうことか……)


「いやー! 大会すごかったですね! どうでしょう? 一緒に雑誌に載ってみませんか?」


どこかキラキラした目でオファーをしてくる渡邊に、美菜は引きつった表情を浮かべた。一方の田鶴屋は目を閉じて天を仰いでいる。


「あの……雑誌には出ませんし、今営業中ですので、今日はお帰りいただきたいのですが……」


そう美菜が言い切る前に、受付のパソコンを操作しに来た木嶋が話しかけた。


「あれー? なんか揉めてる?」


どストレートな言葉に、美菜と田鶴屋は思わず木嶋を見る。


(いや、そもそもこんなにモデルに適任なスタッフが瀬良くん以外にいるじゃない……)


「……うお、なんか俺まずいこと言っちゃった?」


失言したと思った木嶋は、渡邊の方を見てぺこっと頭を下げる。一方、渡邊は目を輝かせ、まるで逸材を発見したような顔で木嶋を見つめた。


「……君、モデルとか興味ない?」


「あー興味ないですねー」


即答で断る木嶋に、美菜は驚く。


(木嶋さんならノリノリでOK出すと思ったけど……)


美菜がちらりと木嶋を見ると、彼はパソコンでカルテを開きながら続ける。


「だいたい雑誌なんかに載ったら、顔目当てで指名増えて、今いるお客様が予約取れなくてご迷惑になりますよ〜」


(木嶋さんにしてはまともな理由……!)


美菜がそう思った矢先、木嶋はこっそりと耳打ちしてきた。


「……この人、断ってるのに話聞かなくて帰らないんだって?」


「そうなんです……」


「フロアで瀬良くんが見兼ねて怒ってたよ」


「なるほど、だから木嶋さんが代わりに来たんですね……」


チラッと接客中の瀬良に目を向けると、鏡越しにこちらを若干睨んでいる瀬良がいた。

美菜と木嶋は何となく笑ってみるが瀬良は穏やかではなさそうだ。

怒ってこちらに来る前に場を収めてしまいたい。


「君なら第二の伊月海星も夢じゃないよ!!」


突然興奮気味に渡邊が迫ると、木嶋は嫌そうに距離を取った。


「えぇ……ちょ、めっちゃ迷惑なんですけど……」


珍しくハッキリと拒絶した木嶋。その時、不機嫌そうな声が響いた。


「……何してるんですか? 渡邊さん?」


「……伊月さん!? どうしてここに!?」


「ったく、田鶴屋さんに呼ばれて来てみれば……」


美菜は突然現れた伊月に驚く。


田鶴屋が受け取った名刺には、ご丁寧に会社名と担当モデルの名前が記載されており、そこに伊月海星の名前があった。田鶴屋はそれを見て伊月に連絡したのだ。


「いやー、近くに居てくれてよかったよ」


「この人、僕の元マネージャーです。担当外されて雑誌編集に行ったみたいですね。ご迷惑おかけして申し訳ないです」


「伊月さんが謝る必要はないんだけどさ、話が通じなくて困ってたんだよね。何とかして帰ってもらえないかな?」


田鶴屋と伊月はわざと聞こえるように話す。


「伊月さん! この間の大会でのモデル……やっぱり君は天性の才能だ! モデルだけでもいいからもう一度……」


「渡邊さん、くどいです。何度言われても、もうあの世界には戻りません。それに、ここのサロンに迷惑をかけているようなので、お帰りください」


にっこりと笑う伊月。しかし、美菜から見れば、それは決して穏やかな笑顔ではなかった。


「ここの美容室はモデルの原石がたくさんいます! 伊月さんも……」


「渡邊さん」


なおも食い下がる渡邊に、伊月は耳打ちで何かを伝える。


「……ッ!?」


途端に渡邊の顔が青ざめ、急に態度を変えて謝罪すると、慌てて店を飛び出した。


「はい、解決できました! めでたしめでたし」


伊月は笑って拍手をしているが、先ほどの冷たい表情を思い出し、美菜は素直に喜べなかった。


(聞こえなかったけど……なんだか怖いな……)


とりあえず問題は解決したが鏡越しに見る瀬良の表情は先程より機嫌が悪そうだ。


(……瀬良くん、伊月さんが何でいるんだってそりゃ思うよね...)


瀬良は接客に入っているのでこちらの状況は鏡越しでしか分からないのだろう。

目を見開いて驚いたあと、伊月を睨むようにお客様の髪を乾かしていた。




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