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Episode14



その日の配信はお休みにした。


ファンには心配をかけないように、SNSで「眠たいので今日は寝ます!また来てね!」とだけ投稿する。


(あーーーー……悪夢だぁぁ……)


ベッドに突っ伏したまま、美菜はスマホを手に取り、過去の配信コメント欄を遡る。


(……誰だろう。古参リスナーも数えるほどしかもう残ってないし……)


スクロールしながらも、いまいち確信を持てない。


(というかめちゃくちゃ恥ずかしいじゃん!プライベート筒抜けじゃん!お店の悪口とか言ってなかったよね!?)


考えれば考えるほど、不安が膨れ上がる。


(うわぁぁぁ!仕事の愚痴とか、たまに言ってた気がする!でも、そんな直接的なことは言ってない……はず!いや、どうだろう!?)


いろいろなことが頭を巡り、スクロールする指が止まる。


「これから配信どぉぉしよぉおお!」


そう叫びながら、美菜は布団に潜り込んだ。



***



(……また寝不足だ……)


翌朝、目覚ましの音で目を覚ますも、全くすっきりしない。


昨日は結局、田鶴屋がどのリスナーなのか特定できず、気になりすぎて眠れなかった。


そのせいで朝練にも行けなかった。


(というか、田鶴屋店長と顔を合わせるの、なんか気まずい……)


仕事に行きたくないわけではないが、今日はなんとなく足取りが重い。


とぼとぼと歩いていると――


「おーはよ、河北さん」


横からぬっと伸びてきた指が、美菜のほっぺをぷにっとつつく。


「うわあああ!」


思わず変な声が出た。


「うわあっておまえ……」


驚きすぎた美菜に、田鶴屋が目を丸くする。


「お、おはようございます、店長……」


一応挨拶をするものの、美菜は気まずくて目を合わせられない。


田鶴屋は苦笑しながら、ぼりぼりと頭を掻いた。


「……ごめん!!河北さん!!!」


「……えっ?」


突然の謝罪に、美菜は戸惑う。


「昨日あんなこと言ったけど、別に困らせたかったわけじゃなくてさ。ただ、嬉しかったというか……ずっと言いたかっただけというか……」


田鶴屋の声は、いつもの軽いノリではなく、どこか真剣だった。


「俺さ、みなみちゃんがまだ配信はじめたばっかのとき、すげー救われたんだよね……。大袈裟に聞こえるかもしれないけど、本当に。」


冗談抜きの、本気の声。


美菜は思わず、彼の言葉に耳を傾ける。


「俺、あの頃店長になりたてで、めちゃくちゃヘトヘトでさ。プレッシャーとか仕事の多さに押し潰されそうで、正直『店長なんてやらなきゃよかった』って思うくらいだったんだよ」


「田鶴屋店長も、そんなふうに思うことがあったんですね……」


いつも明るくて、余裕そうに見える田鶴屋からは想像しにくい言葉だった。


「思うよ。そりゃ。あの頃は特にさ」


田鶴屋は遠い目をしながら続ける。


「で、なんとなくネット配信見てたら、たまたま好みのアバターが喋っててね。『相談コーナー』って言うから、軽い気持ちでコメントしてみたんだ。『店長になったこと、後悔してる』って」


美菜は息をのむ。


(……そんな相談、あったかな……)


「そしたらさ、みなみちゃんは俺のコメント読んで、こう言ってくれたんだ」


田鶴屋は、懐かしそうに微笑む。


《店長としての責任やプレッシャー、本当に大変ですよね。 でも、それだけあなたが周りから信頼され、必要とされている証拠でもありますよね。


完璧じゃなくても大丈夫です。 失敗することがあっても、それを乗り越えていく姿こそが、周りの人の支えになります。


あなたの頑張りは、きっと誰かに届いています。 無理をしすぎず、時には肩の力を抜いて、自分自身を大切にしてくださいね。》


「って。見ず知らずの他人を、そこまで応援できる? 女神様?って、なんか笑っちゃってさ」


「……」


(私……そんなこと言ったんだ……

というか知らないとはいえ店長に下っ端の私がめちゃくちゃ偉そうな事言ってんじゃん……)


確かに、美菜は配信で相談を受けるとき、必ずポジティブなアドバイスを添えるようにしていた。


でも、まさかそれが田鶴屋の心にそんなに響いていたなんて。


「だから本当に嬉しかったんだ。言ってほしかった言葉をくれて」


田鶴屋は、美菜の手をそっと取ると、優しく目を細めた。


「みなみちゃん。あの時は、ありがとう」


その言葉に、美菜の胸がじんと熱くなる。


興味本位で始めた趣味の配信。


相談コーナーも、気まぐれで始めたものだった。


でも、それがちゃんと誰かに届いていた。


(やっててよかった……)


込み上げる感情を噛みしめながら、美菜は笑顔を浮かべる。


「だから昨日、配信がなくて、俺のせいかなーって思ってさ。もう謝りたくって」


田鶴屋は、申し訳なさそうに眉を下げる。


「まあ、そうですね……何話したらいいか分からなくて……」


美菜は照れくさそうに笑う。


「だから、本当にごめんね! ちょっと特別になりたくてずるいことした! でもどうしてもお礼を直接言いたかった!」


清々しいほどの謝罪に、美菜はあたふたする。


「もう気にしてないですから! 大丈夫ですから、頭あげてください!!」


自分より年上の男が、道の端で頭を下げている光景。


周りから見たら、どう見ても誤解を招きそうだった。


焦りながらも、美菜は苦笑いを浮かべる。


「まあ、焦りはしましたけど……別に悪気があって言ったわけじゃないのは分かってますし。それに、配信してたら身バレってよくあることだし! 気にしないでください!」


そう言うと、田鶴屋は安堵したように微笑む。


「それよりも、こんな私の言葉で救われたなんて言ってくれて、ありがとうございます。私のほうこそ、救われました。配信しててよかったなぁーって!」


美菜の心からの笑顔を見て、田鶴屋もまた、嬉しそうに笑う。


「やっぱり、河北さんはみなみちゃんだね。」



***



田鶴屋との気まずさも少し和らぎ、そのまま二人で出勤した。その間はたわいもない話で盛り上がった。


店に着くと、いつも通り朝の準備が始まる。


「河北さん、シャンプー台の確認お願い」

「はーい」


「今日はメンズの予約が多いから、バリカンの充電しといて」

「了解です」


昨夜の出来事が嘘だったかのように、職場にはいつもの空気が流れていた。


田鶴屋も普段通り。

特別そわそわする様子もなく、いつも通りの店長だった。


美菜もまた、いつも通り仕事をこなしていく。


けれど――


(……何にも解決してなくない?)


仕事をしながら、ふとそんな考えがよぎる。


確かに、田鶴屋は「みなみちゃんに救われた」と言ってくれた。

配信していたことが、誰かの力になれていたのは嬉しい。


でも。


(田鶴屋店長、結局どのハンドルネームだったの……?)


それが分からないまま。


(そもそも、いつから私だって気づいてたの……?)


そこも不明なまま。


(あれ……? 私、何も解決してない……?)


結局、田鶴屋がどのリスナーだったのか。

いつから「みなみちゃん=河北美菜」と知っていたのか。


その答えは、聞かずじまいだった。


(うわぁぁ……もやもやする……)


そんなことを考えているうちに、予約の時間が来る。


「河北さーん、次のカットお願いねー」

「はーい!」


気持ちを切り替えて、美菜はまた仕事に集中する。


とはいえ――


(このままだと、めっちゃ気になって夜も寝れないパターンでは……?)


こっそり田鶴屋の背中を見ながら、美菜はため息をついた。


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