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Episode147



千花と美菜が買い物を楽しんでいる頃、瀬良と木嶋はいつもの居酒屋に来ていた。


「でさー、あの時の立ち回りなんだけどさ……いやマジで俺、なんであんな動きしたんだろうな?」


木嶋はハイボール片手にぼやきながら、先日の大会の反省を語っていた。


「……お前のミスだけじゃない。俺も納得いってねぇよ」


瀬良はグラスを傾けながら、淡々と答えた。準優勝――悪くはない。けれど、心の底では悔しさが拭えなかった。


「練習量も前より減ってたしな」


「うっ……それは……」


木嶋はバツが悪そうに口ごもる。


「まぁ、言い訳しても仕方ねぇけど」


瀬良は冷静に言いながらも、内心は悔しさでいっぱいだった。しかし、現実として受け止めるしかない。足りなかったのは自分たちの実力。瀬良はそれを噛みしめるように、また酒を口にした。


「でもさぁ、瀬良くんがもっとデレてくれたら、俺もっと頑張れるのになぁ」


木嶋がふざけて甘えるように言うと、瀬良は無言で串焼きを口に運び、適当に流した。


「お前な……」


「えー、もうちょっと優しくしてよぉ」


「うるさい」


そう言いつつ、瀬良はふと思う。

木嶋のテンションは基本的にうざいが、こういう反省会の場では悪くない。むしろ、このくらい軽いノリのほうが、自分の気持ちを整理しやすいのかもしれない。何だかんだで、こいつと働いて、ゲームして、それなりに楽しくやれているのは、悪くないことだ...。そんな考えが頭をよぎった。



***



酒も進み、少し気分が緩んだころ、瀬良はふと木嶋に視線を向けた。


「……そういや、遊園地のチケット、ありがとな」


「あ~! ついにお礼がきたー!!」


木嶋は両手を上げて大げさに喜び、親指を立てる。


「二人が幸せならOKです!」


どこかで聞いたようなセリフを口にしながら、満面の笑みを見せる木嶋。その様子に、瀬良は軽くため息をついた。


「……まぁ、助かった」


「お! 瀬良くん、デレた!」


「うるさい」


木嶋が騒ぐのを適当にあしらいながらも、瀬良は酒の勢いもあり、美菜の話をし始めた。どれだけ美菜のことが好きか、自分でも驚くほど素直に言葉が出てくる。


「.....美菜は誰にでも優しくて、それに可愛いから、誰かにとられないか心配になる...」


木嶋はいつもの調子でふざけながら聞くかと思ったが、意外にも優しい目をして、静かに頷いていた。


「……瀬良くんが、こんなに素直に美菜ちゃんの話をするの、珍しいね」


(この瀬良くんから美菜ちゃんを奪える奴がいるなら、それってとんでもない奴だけどね...)


木嶋はそう心で思いつつ、瀬良が自分を信頼してくれているのかなと、ふと感じた。


「……遊園地、楽しみなんだ」


瀬良は木嶋にギリギリ聞こえるか聞こえないかのか細い声でぽつりと呟く。


「うんうん、楽しんでおいで!」


木嶋は満面の笑みで、「どういたしまして!」と答えた。



***



席でお会計を済ませ、二人は店を出ようか二軒目に行こうか相談していた時に、木嶋がふと思いついたように言った。


「てかさ、美菜ちゃんと、もう同棲しちゃえば?」


「……は?」


瀬良は一瞬、動きを止めた。


「いや、普段二人の様子見てるとさ、もう一緒に住んでてもおかしくないなって」


瀬良は考え込んだ。確かに、美菜との関係は自然と深まっている。同棲を考えたことがないわけではない。でも――


「……タイミングがわからねぇ」


ぽつりと漏らす瀬良に、木嶋は思わず「おぉ……」と声を漏らした。珍しく弱気な瀬良を見て、なぜか男の木嶋ですらキュンとしてしまう。


(こんな破壊力、美菜ちゃんが落ちないわけないわ……)


木嶋は確信しながら、軽く肩を叩いた。


「素直に『一緒に住もう』って言えばいいんじゃない? 美菜ちゃんだって、そう思ってるかもしれないよ?」


「……」


瀬良は静かに考え込んだまま、酒の酔いを感じながらぼんやりと木嶋の言葉を受け止めていた。


その様子を見た木嶋は、ニヤリと悪い顔をしてスマホを取り出す。


「……撮るなよ」


「撮った」


「送るなよ」


「田鶴屋さんに送ってみた」


「送るなって!!」


木嶋を軽く蹴る瀬良。スマホの画面を覗き込むと、すでに田鶴屋から返信が来ていた。


『面白いことになってるじゃん!! 俺も行くから二軒目行こう!!』


「田鶴屋さん、合流するって」


「……別にいいけど」


瀬良はため息混じりに返事をし、すでに普段の冷静な顔に戻っていた。


(さっきまで弱々しかったのに、もういつもの瀬良くんだ……)


木嶋はそんな瀬良を見て、少し惜しいような気もしたが、結局このくらいの距離感がちょうどいいんだろうな、と納得した。


「よし! じゃあ、田鶴屋さんと合流して、もう一杯飲みますか!」


「……ほどほどにな」


瀬良はそう言いながら、静かにグラスの氷を転がした。



***



田鶴屋と二人は、田鶴屋の行きつけのショットバーに到着した。店に入ると、田鶴屋はバーテンダーに挨拶し、個室を用意してもらう。


「で、瀬良くんは何をそんなに弱気になってるのかな?」


田鶴屋は楽しげに問いかける。


「弱気になってません」


「……木嶋くーん、写真の瀬良くんに俺は会いたいんだけどぉ」


「デレタイムはもうサ終っすね!!」


木嶋と田鶴屋のやり取りを横目に、瀬良は少し飲みすぎたことを反省しつつ、心の中でこっそりと自分を叱る。


「河北さんの恋バナでもしてたらああなるの?」


「さすが店長、大正解です!」


木嶋は嬉しそうに話し、同棲の話を持ち出したと説明する。

男同士の恋バナが始まり、田鶴屋と木嶋は盛り上がった。


「瀬良くんって河北さんのこと好きすぎるよねー。どの辺が好きなの?てか、普段二人でどんな感じでいるの?」


「美菜ちゃんとの馴れ初め、ここで話しちゃってよぉ!」


お酒を飲みながら、二人はワクワクしながら瀬良に問いかける。


瀬良は少し考え、酔った勢いもあって、つい美菜との出会いや、普段の美菜への好意を素直に話し始めた。


その話を聞きながら、田鶴屋と木嶋はグラスを重ね、楽しそうに酒を進めていった。


「愛ですな……」


「瀬良くんが河北さんに甘いのは分かってたけど、ここまでとは……」


「そっちが聞いてきたんでしょ。なんで引いてるんですか。」


瀬良は若干不機嫌になりつつも、自分の話が終わったことを示すように、田鶴屋に話を振る。


「田鶴屋さんは…伊賀上のこと、もう分かってるんじゃないですか?」


その一言に、田鶴屋は驚いた様子でピクリと反応した。


「あー…うん、千花ちゃんの気持ちは分かってるけど…なんて言うかねぇ、従業員と店長って線を越えられないんだよねぇ…。」


「店長真面目っすねぇ…」


木嶋も少し真剣な顔で聞き入っている。


「千花ちゃんは可愛いし、好意を向けられて嫌な気はしないけど、歳をとると恋愛って気持ちでどうこう動けるもんじゃなくなってくるのよ…」


田鶴屋の言いたいことは分かる。

田鶴屋の年齢は35歳、千花は25歳。

その差は10歳だ。


「たった10歳じゃないですか!世の中もっと離れた歳の差なんて山ほどいますよ!」


木嶋は励ますように言うが、田鶴屋は少し寂しそうに笑ってから続けた。


「俺も少し早くにそう思えてたら、動けてたのかもなぁ。」


「田鶴屋さんらしくないですよ」


「いやいや、若さっていう原動力は中々なのよ…」


瀬良も何となく気持ちを理解し、励まそうとするが、どう声をかけていいか分からない。


千花は、きっと年齢差なんて気にしないだろう。


「伊賀上は、歳の差とか気にしないと思いますし、多分それ言っちゃうと田鶴屋さんの事自体が好きだからってブチ切れると思いますよ」


「瀬良くんさすがだね」


田鶴屋はなんとも言えない表情で笑いながら、再びお酒を口にする。


「千花ちゃんはこんな男好きになって…本当に可愛くて、いい子だよなぁ。」


自嘲気味に田鶴屋は笑った。

その顔を見ながら瀬良と木嶋は、田鶴屋にしっかりと答える。


「俺、何度でも言いますけど、田鶴屋さんと働けてよかったですよ。」


「そーですよ!!俺も田鶴屋さんと働けてよかったです!こんなに後輩思いな店長見たことないです!努力・友情・勝利って感じです!」


「…それは違うだろ」


瀬良のツッコミを受けて、田鶴屋は少し表情を和らげ、嬉しそうにやっと笑った。


自分の育てた後輩たちはみんなかわいくて、特に今は店長として、時に厳しく言わないといけないこともあるが、それでもついてきてくれるスタッフには心から感謝している。


「お前らみたいな後輩がいてくれて俺は幸せだよ。」


「田鶴屋さんのデレ…!」


「田鶴屋店長、いつもありがとうございます。」


三人は再びグラスを合わせ、温かい気持ちを共有した。


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