Episode146
休憩時間、美菜はカウンターの近くでチケットを手にしながら、どうやって瀬良を誘おうかと考えていた。
(遊園地なんて、いつぶりだろ……)
なんとなく気恥ずかしい気持ちもあるが、それ以上に瀬良と一緒に行くのが楽しみだった。
瀬良は今、店の隅でメンテナンス中のハサミを確認している。
(……よし、行こう)
美菜は意を決して彼のそばへ向かう。
「瀬良くん」
「ん?」
ハサミから視線を上げる瀬良に、美菜は少しだけ照れながら、チケットをそっと差し出した。
「来週の休み……一緒に遊園地行かない?」
「遊園地?」
瀬良が軽く片眉を上げる。
「うん。木嶋さんたちが誕生日プレゼントにくれたんだ。宿泊チケットもついてる」
そう言いながら、封筒を開いて中身を見せると、瀬良は少し目を細めてチケットを見つめた。
「……二人で?」
「うん」
少し緊張しながらも、美菜はしっかり頷く。
「せっかくもらったし、行かない?」
しばしの沈黙。瀬良は静かにチケットを見つめたまま考えている。
(……もしかして、あんまり気乗りしない?)
少し不安になりかけたそのとき。
「……いいよ」
瀬良はあっさりと了承した。
「えっ、いいの?」
「美菜が行きたいなら」
それだけ言って、瀬良は再びハサミに視線を戻した。
美菜は驚きつつも、じわじわと嬉しさが込み上げてくる。
「……ふふ、じゃあ決まりだね」
頬を緩ませながら、美菜は大切そうにチケットを封筒へ戻した。
来週、瀬良と遊園地。
どんな一日になるのか想像しながら、美菜の胸は少しだけ高鳴っていた。
***
その日は比較的落ち着いた営業で、残業もなく早めに帰れそうだった。
レジ締めをしていた千花がふと顔を上げ、美菜に声をかける。
「美菜先輩、来週の遊園地の服とか、一緒に買いに行きません?」
カルテを整理していた美菜は、一瞬考えてからぱっと表情を明るくした。
「いいね、それ! せっかくだし、新しいの欲しかったんだ」
「やったぁ!美菜先輩とデートだ!じゃあ、このあと行きましょう!」
二人でわくわくしながら買い物の計画を立てていると、奥から話し声が聞こえてきた。
「いや~、マジで悔しいわ……俺がちゃんと動けてたら……」
「……俺も良くなかった」
ワールド・リーゼの大会について話している木嶋と瀬良だった。
美菜と千花がそちらに目を向けると、千花が瀬良に向かってさらっと言った。
「瀬良先輩! 美菜先輩と遊園地デートの服、私がしっかり揃えてきますからね!」
木嶋が「おっ、いいねぇ!」と軽く茶化し、美菜は「ちょっ……!」と慌てる。
瀬良は驚いたように千花を見たが、次の瞬間ふっと優しく微笑んだ。
その表情はどこか幸せそうで、照れくさくなった美菜は「まぁ、そんな感じで買いに行くから」と付け足した。
「ん」
瀬良は美菜をじっと見つめた後、軽く頷く。
「ちょうどよかった。俺は木嶋と大会の反省がてら飯に行く予定だったし、伊賀上、美菜を頼む」
「はい! 瀬良先輩の大事な美菜先輩、ちゃんとエスコートしますね~!」
千花が冗談っぽくウィンクすると、美菜は「だからそういう言い方は……!」と軽く頬を膨らませた。
「というか、大会どうだったんですか?二人ともそこで休み取っちゃったから来週のシフトずらすの大変だったんですからねー!」
千花が若干の文句を言いながら大会事を何気なく尋ねる。
美菜も内心気になっていたので、そっと瀬良と木嶋を見た。
(ネットニュースで一応結果は見たけど……やっぱり本人たちから聞きたいな)
すると、木嶋が一気に肩を落とし、大きなため息をついた。
「……準優勝だったんだよぉ」
「えっ、すごいじゃないですか!」
千花がぱっと目を輝かせる。
「すごくねぇよ……」
木嶋は頭をがしがしとかきながら続けた。
「思った通りの動きができなくてさ……瀬良くんの足引っ張っちまった」
「……俺もあの日は上手く動けなかったからお互いさまだろ」
瀬良は静かに言葉を添える。
美菜は二人の様子を見ながら、そっと微笑んだ。
「でも、頑張ったんでしょ?」
「……まぁ、そりゃあ」
「だったら、それだけでもすごいことじゃない?」
「そうですよ! 準優勝って、普通にすごいです!」
千花も力強く頷く。
すると、木嶋は「……まぁな!」と途端に調子を取り戻し、バンッと瀬良の肩を組んだ。
「さ、行こうぜ瀬良! 今日は食いまくるぞー!」
瀬良は「おい、近い」と少し迷惑そうにしつつも、抵抗する間もなく木嶋に引きずられる。
「美菜、気をつけて帰れよ」
「うん、瀬良くんも」
美菜が小さく笑って見送ると、瀬良は軽く頷きながら、木嶋に半ば強引に連れられていった。
それを見ながら、美菜と千花は顔を見合わせ、くすっと笑い合う。
「じゃ、私たちも行きますか!」
「うん!」
そうして、美菜と千花も買い物へと向かうのだった。
***
サロンを出た美菜と千花は、駅前のショッピングモールへと向かった。
「さてさて、美菜先輩! 遊園地デートの服、どんなのがいいですか?」
「えっ、そんな改まって聞かれると……うーん、動きやすいのがいいかな?」
「なるほど! じゃあ、カジュアル系? でも、せっかくのデートですし、ちょっと可愛めもアリじゃないですか?」
千花は楽しそうに腕を組みながら歩き、美菜は苦笑しながらも「まぁ、そうだね」と頷く。
「千花ちゃんはどんなのがいいと思う?」
「私ですか? んー……美菜先輩、普段はクール系も多いけど、遊園地デートならワンピースとかもいいと思います!」
「ワンピース……」
瀬良の隣でワンピースを着ている自分を想像してみる。
(うーん、イメージに合うかな……?)
少し戸惑っていると、千花が「ちょっと試着してみましょ!」と強引に美菜の手を引いた。
「えっ、もう?」
「悩むより、実際に着てみた方が早いですよ!」
元気よく言いながら、千花はショッピングモールの中にあるセレクトショップへと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ〜!」
店内はトレンド感のある洋服が並んでいて、千花はさっそくラックの服を見ながら美菜に似合いそうなものを探し始める。
「美菜先輩、これとかどうです?」
千花が手に取ったのは、淡いブルーのワンピース。シンプルながらも上品なデザインで、美菜の雰囲気に合いそうだった。
「可愛いけど……ちょっと恥ずかしいかも」
「えー! 絶対似合いますよ! ちょっと着てみてください!」
千花に押されるまま試着室に入り、ワンピースを身に纏う。
(……思ったより、悪くないかも?)
鏡の中の自分を見ていると、千花が外から声をかけてきた。
「どうですかー?」
「うん、まぁ……」
「出てきてください!」
仕方なくカーテンを開けると、千花がぱっと目を輝かせた。
「うわぁ! 美菜先輩、めちゃくちゃ可愛いです!」
「え、そう?」
「はい! これ、瀬良先輩見たら絶対にドキドキしますよ!」
「ちょっ……!」
千花の言葉に一気に顔が熱くなる美菜。
(瀬良くんが、私のワンピース姿を見たら……?)
思わず想像してしまい、さらに顔が赤くなる。
「じゃあ、それ決定ですね!」
「ま、待って! まだ他にも見てみたい!」
「おっけーです! じゃあ、もうちょっと探しましょ!」
千花に引っ張られるようにして、美菜は再び店内を見て回る。
(でも……)
ワンピースを試着してみて、瀬良に見てもらうのも悪くないかも、と思った自分がいた。
なんとなく、その気持ちを自覚しながら、美菜は千花と一緒にショッピングを楽しんだ。
***
買い物を終えた美菜と千花は、ショッピングモール内のパスタ屋に入った。店内は落ち着いた雰囲気で、テーブル席に座ると、ちょうどいいタイミングで店員が水を運んできた。
「買い物、楽しかったですね!」
「うん、結局最初のワンピースに落ち着いちゃったけど」
「でも、めっちゃ似合ってましたよ! 瀬良先輩、絶対喜びます!」
千花は楽しそうに笑いながらメニューを広げ、美菜もつられて小さく笑う。
「それより、千花ちゃん。今日はありがとう。買い物付き合ってくれたし、誕生日プレゼントまで……すごく嬉しかった」
「そんなの気にしないでください! 美菜先輩の誕生日ですし、何より……」
千花は少し照れくさそうにしながら、真っ直ぐな瞳で美菜を見つめた。
「美菜先輩と瀬良先輩が幸せでいてくれると、私もすっごく幸せな気持ちになるんです!」
美菜はその言葉に驚いたが、千花のまっすぐな気持ちが伝わってきて、自然と微笑んだ。
「千花ちゃんは、本当に素直だね」
「えへへ、そうですか?」
「うん。そういうところ、すごくいいと思う」
千花は少し恥ずかしそうに笑いながら、軽く頬をかいた。
「私、美菜先輩のこと、尊敬してるし……大好きなんです」
「……ありがとう、千花ちゃん。でもね、私がしてきた事って、実は田鶴屋さんの真似なんだ。」
「田鶴屋さんの.....?」
「うん、田鶴屋さんが私がアシスタント時代にしてくれた事。先輩美容師としてたくさん後輩達を田鶴屋さんは守ってくれたの。だから私達スタイリストは、田鶴屋さんがしてくれた優しさを後輩達に返していくだけだよ。」
美菜の素直な言葉に、千花の胸がじんわりと温かくなる。
「そうだったんですね...。田鶴屋さん、やっぱり素敵な人です!でもでも、私は誰でもない、美菜先輩にたくさん助けてもらったんですよ。辛いとき、いつも声をかけてもらって……だから今もこうして頑張れてるんです!」
「……そんなこと」
「あります! だから、私も美菜先輩が幸せでいてくれると嬉しいんです!」
千花はにっこりと微笑み、美菜もその笑顔につられて微笑んだ。お互い幸せな気持ちのまま、パスタを食べ進めた。
***
食後、デザートとコーヒーを頼んだ二人は、ゆったりとした時間を楽しんでいた。
「……さっき、美菜先輩が田鶴屋さんの話をしてましたよね?」
千花が少し真剣な顔になりながら切り出す。
「うん?」
「実は、私……田鶴屋さんのこと、好きなんです」
「...……うん。」
美菜も薄々感じていた答えに、千花は少し照れたように笑いながら続けた。
「誕生日会の後に、ちょっとだけ話す機会があって……まぁ、特に何かあったわけじゃないんですけど」
「そっか……」
美菜は千花の表情を見ながら、言葉を選んだ。
「田鶴屋さんと上手くいくといいね。」
「はい!でも、田鶴屋さんが振り向いてくれるのを待つ、って決めたんです!焦っても仕方ないし、今は自分のできることをしながら、少しずつ距離を縮められたらなって思ってます」
「……うん。千花ちゃんが田鶴屋さんを好きなら、私も応援するよ!」
「本当ですか?」
「うん。こんなに私たちの幸せを願ってくれる千花ちゃんのために、私も何か恩返ししたいし」
千花は嬉しそうに微笑みながら、「ありがとうございます!」と元気よく言った。
その後も二人は恋バナをしながら、食後のデザートとコーヒーを楽しんだ。普段はなかなか話さないことも語り合い、より距離が縮まった気がする。
楽しい時間はあっという間に過ぎていき、気づけば店内も少し落ち着いた雰囲気になっていた。
「そろそろ帰ろっか」
「ですね!」
千花と美菜は笑顔で席を立ち、お店を後にした。




