Episode143
サロンを出て、それぞれ必要な買い物を済ませた一行は、田鶴屋の家へと向かっていた。
「いや〜、まさか店長の家にお邪魔する日が来るとはねぇ!」
「確かに……!」
木嶋の言葉に千花もワクワクした表情で頷いた。
「普通ならありえねえけどな」
瀬良が小さく呟くが、誰もそれを否定しない。
「そんなに驚くことか?」
田鶴屋は淡々とした声で言う。
「そりゃ驚きますよ! 田鶴屋さんの家なんて、絶対に綺麗で無駄がなくて、生活感のない完璧な部屋って感じじゃないですか!」
千花の言葉に、全員が「それはわかる」と頷いた。
「……まぁ、散らかってはないけど...変な期待はするなよ?別に特別なもんはないからねー。ただの家だから」
田鶴屋は肩をすくめながら、すでに買い物袋を片手にマンションの前へと到着していた。
「さ、どうぞー」
田鶴屋が鍵を開け、一行は中へと足を踏み入れる。
***
「わぁ……すごい」
美菜が思わず感嘆の声を漏らした。
シンプルでありながら、どこか高級感の漂う部屋。
「やっぱり……想像通りだ」
「なんかモデルルームみたいですね!」
千花と木嶋が部屋を見渡しながら言うと、瀬良も美菜も無言で同意するように頷いた。
「はいはい、そこに座って待ってろ。すぐ準備する」
田鶴屋がテキパキとテーブルを整え、買ってきたチキンやケーキを並べる。
「いや〜、なんか本当にクリスマスみたいな雰囲気になってきましたね」
「誕生日パーティーだよー」
木嶋が冗談めかして言うと、田鶴屋が冷静に突っ込む。それを見ながら千花が嬉しそうに手を叩いた。
「じゃあ! せっかくだし、美菜先輩のために乾杯しましょう!」
「おう、やるか」
「……あの、本当に気を使わせちゃってごめんね」
美菜が申し訳なさそうにすると、田鶴屋が淡々とした声で言った。
「気にするな。河北さんが祝われるのは当然だよ?」
その言葉に、美菜は驚きつつも、じんわりと胸が温かくなるのを感じた。
「それじゃあ……美菜先輩、お誕生日おめでとうございます!」
千花がシャンパングラスを掲げ、全員がそれに続く。
「よーし、それじゃあ! せーの……」
「美菜ちゃん! 誕生日おめでとう!!」
「……ありがとう!」
美菜は照れくさそうにしながらも、嬉しそうに微笑んだ。
こうして、思いがけない誕生日パーティーが始まった。
***
「そもそもなんで誕生日だって言わなかったんだよ」
瀬良の問に美菜は少し考える。
「いやー、学生の頃からさ、夏休みだったから友達がわざわざ祝うってのも無かったし……それに……」
それに、の続きが美菜の胸の中で引っかかった。
“それに自分の誕生日に親に言われた言葉は『誕生日だからといって浮かれてないで勉強でもしなさい』だった事”
美菜にとって昔から自分の誕生日など誰も気に止めてなかった。美菜自身、母親の言葉に傷ついて以降、誕生日などどうでもいい日になっていたのかもしれない。
(でも、やっぱりこうやって祝ってくれると嬉しいな...)
じんわりと温かい気持ちに美菜は包まれていく。
誕生日がこれほど嬉しく思えたのは初めての経験だった。
「……美菜?」
「あ、ごめん...いや、なんかやっぱり祝ってもらえれるって嬉しいんだなぁって!!」
瀬良は自分の知らない美菜がそこにいるような気が一瞬したが、美菜がまた笑ったのであえて触れなかった。
「来年も祝うからな」
「……ありがとう!」
当たり前のように来年も隣にいてくれる約束をする。
それがどれほど幸せか、美菜は分かっていた。
「あ!瀬良先輩と美菜先輩が二人だけの世界に入ろうとしてるーー!」
「瀬良きゅーーーん、飲もうよォ」
「うぜぇ……」
気づけばもう既にだる絡みの始まっている酔っ払い二人に絡まれる瀬良。
ベタベタと引っ付く木嶋を突き放しながらも、満更嫌そうではない瀬良を見て、美菜は微笑む。
「河北さん誕生日プレゼントとか急だったから用意できなかったんだけど何か欲しいものとかないの?」
田鶴屋が席を移動して美菜の横に腰を下ろす。
美菜は一応考えてはみるものの、何一つ浮かばなく「ないです」と笑う。
「みんながお祝いしてくれただけで十分幸せなんです。」
「えー!美菜先輩!!田鶴屋さんが何かくれるんですよ!!ちょっと高めの物でも買ってくれる雰囲気ですよ!甘えちゃいましょうよーぉ!」
「そうだそうだー!俺はゲーミングマウスが欲しいー!」
「お前らとりあえず水でも飲め」
木嶋と千花は好き勝手言っているが田鶴屋は怒るどころかむしろ笑っていた。それほどやはり信頼関係が築けているのだろう。
「……あ!瀬良くんからもうもらったので大丈夫です!」
「瀬良くんから……?」
田鶴屋はシャンパンのグラスを口に運ぶと不思議そうに美菜を見る。
「はい!実は今日の朝、小指掛けを貰ったんです!だからもうプレゼントは要らないんです!」
「「「小指掛け……?」」」
冗談で言ってるようには思えない美菜を、瀬良自身も含め、全員が怪訝そうな顔をして見る。
美菜は満面の笑みで嬉しそうに続けた。
「丁度なくして困ってたんですよ。大切なハサミなので!」
「……美菜先輩……物欲無さすぎますよ……」
「美菜ちゃん、俺が何かいい物あげるからちょっと待ってね……」
「あれ?なんでみんなそんな顔してるの!?」
何故か哀れまれているのが分かる。
美菜は慌てて言葉を選んだ。
「いや!あのね!本当にみんなが今日祝ってくれた事だけでも嬉しくて、私……幸せなんだ!!本当に本当だよ!私、誕生日を両親にお祝いしてもらえた記憶ってあんまりなくって、勉強ばっかりしてたから...。誕生日ってこんな幸せな気持ちになっていいんだなって今日思えたの。だから本当に……」
「美菜せんぱぁぁあい」
「美菜ちゃぁあああん」
「河北さん……」
「……美菜」
「えっ!?あ、ちょっと!?」
誰が先をきるわけでもなく、全員が美菜を抱きしめたり頭を撫でたりした。
全員お酒が入って感情的になっているのだろう。
美菜の気持ちを考え、情が入ってしまう。
「美菜ちゃん、これからは幸せな気持ちで過ごそうね!」
「河北さん……甘えていいんだぞ。何でも買ってやるからな」
「美菜先輩……千花が居ますからね!!」
「美菜が幸せに過ごせるように来年はたくさん祝ってやるからな」
各々好き放題美菜を甘やかす。
「……いや、みんな酔いすぎ……」
美菜は苦笑しながらも、今まで感じたことの無い幸せな気持ちで誕生日を過ごしたのだった。




