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Episode136



銃声が響いた瞬間、瀬良は即座に射線を切るように身を引いた。


「っ、先に撃ってきたか」


「やっぱ向こうも警戒してるね〜」


木嶋は苦笑しながら遮蔽物の影へ滑り込む。

Black Mintの使うチャンプの撃った弾は精度が高く、反応が一瞬遅れれば当たっていたかもしれない。


(やっぱりただの初心者じゃねぇな)


瀬良は瞬時に判断し、狙撃ポイントを変更する。

同じ場所から狙い続けるのはリスクが高い。


「木嶋、少し前に出る。援護頼む」


「了解了解! じゃ、俺はいつも通りかき乱すね〜!」


【サブ垢じゃん】

【やっちゃえ!】

【頑張って!】

【意外といいゲーム】


木嶋が陽動役を買って出ると同時に、Black Mintの狙いがそちらに向く。

その隙を突いて、瀬良は新たな攻撃ポイントから照準を合わせる。


(……甘い)


Black Mintが木嶋を狙うために動いた、その一瞬の隙を逃さず攻撃を仕掛ける。

そして一直線にBlack Mintへと飛び――


「は?」


瀬良の眉がわずかに動いた。

Black Mintは、瀬良の弾をギリギリのところで回避し、遮蔽物に隠れていた。


「今の避けるのかよ……」


「おっと、これはなかなか手強いねぇ」


木嶋も感心したように言う。


【は!?】

【マジかよ】

【すご!】

【( ゜д゜)】


その瞬間、チョコパンがBlack Mintのカバーに入り、反撃の射撃を開始。


「援護意識もめっちゃ高いじゃん、なにこれこわ!」


木嶋が笑いながら避けつつ、Black Mintの位置を探る。


瀬良は僅かに目を細めた。


(こいつら……プロのサブ垢か?)


この動きは、単なる即席チームの連携ではない。

互いに意思疎通が取れているのは明らかだった。


「Iris〜、ちょっと強引に行ってみてもいい?」


「……問題ない。合わせる」


木嶋はニヤッと笑うと、サポートアイテムを投げ込みながら一気に詰める。


それに合わせ、瀬良も攻撃ポイントを変えつつ、敵の動きを誘導するように牽制射撃を行う。


(……これでどっちに動くか)


爆発の瞬間、Black Mintとチョコパンが左右に分かれて回避する。


「もらった!」


木嶋がBlack Mintに向けて一気に突っ込む。


「Iris、援護よろしくー!」


その瞬間、瀬良の視界に妙な違和感が走った。


(……ん?)


Black Mintが、木嶋の動きに対して完全に対応している――まるで、動きを読んでいたかのように。


「木嶋、待て!」


瀬良が声を上げたときには、すでに遅かった。


バンッ!


一発の銃声。


木嶋の体力ゲージが、大きく削られていく。


【撃たれた!】

【えっぐ!】

【木嶋タンクじゃないから削られすぎて草】

【おお】


「っ、ちょ、なんでバレてるの!?」


「……やられたな」


Black Mintは木嶋の行動を完全に読んでいた。


チョコパンのサポートも相まって、完璧な罠が仕掛けられていたのだ。


(こいつら……やっぱり、普通じゃねぇ)


瀬良は改めて、Black Mintの名前を見つめる。


(……今までの奴らとはあきらかに違う……)


木嶋の体力が大きく削られ、形勢が一気に不利になる。


「やっば、これ普通にピンチじゃん!」


木嶋が慌てて退避しようとするが、Black Mintの動きが素早く、確実に追い詰めてくる。


【木嶋落ちるぞこれ】

【回復間に合う?】

【Iris援護してえええ】

【こいつらほんとに初心者か?】


「Iris、ちょっとやばい!」


「……わかってる」


瀬良はすぐさまカバーに入ろうとするが、チョコパンが邪魔をするように立ちふさがる。


「っ、鬱陶しい」


牽制攻撃を入れるも、チョコパンの回避が上手い。

その間にBlack Mintが木嶋を追い詰め――


「っ、やられた〜!」


木嶋のチャンプが倒れる。


【木嶋ァァァァ!!】

【2対1はキツイって!】

【Iris頼んだ!】

【逆転劇期待】


「……」


瀬良は素早く位置を変え、最後の抵抗に出る。


(チョコパンを先に落とせばワンチャンある)


Black Mintが木嶋を倒した直後、僅かに油断する隙を狙う。


【おお】

【いけーー!】

【この状況おもろいな】


「がんばれ!Iris!!」


「おう」


チョコパンに狙いを定め、撃ち抜く。


【やれやれやれやれ!】

【木嶋無しでいける?】

【Irisがんばれー!】


怒涛の連続攻撃に対応できなかったチョコパンは倒れた。


【Irisうまっ!】

【さすがすぐる】

【まだ勝てる!】


だが、Black Mintはすでに動き出していた。


瀬良が狙撃し終えた瞬間を狙い、間合いを詰めてくる。


「……っ」


素早く次の攻撃にうつろうとするが、Black Mintのプレッシャーがそれを許さない。


(詰められたか)


もう回避する余裕もない。


━━━━━━━バンッ!


一発、二発、確実に撃ち込まれ、瀬良の体力が削られていく。

そして、気持ちいい程に決まる必殺技。


「……ッ!」


最後の一撃が決まり、瀬良のキャラも崩れ落ちる。


《敗北》


【うわああああ】

【惜しい!!!】

【強すぎるって】

【これ絶対初心者じゃない】

【Irisたちが負けるとかやば】


「いやー、やられたわ!」


木嶋が笑いながら言う。

瀬良と木嶋も、このゲームは別に負け無しという訳でもない。

ほとんどを勝利で終わるが、負ける時だってある。


【久々に負けたね】

【リスナーの勝ち】

【ざまぁwwwwww】

【どっちもすごかった!】


「負けちゃったなぁ。…くやしぃぃい!!でもすごかった!」


その後コメントを読みながらまた部屋番号を貼る木嶋。

あと何戦かするつもりなのだろう。


瀬良は無言で対戦履歴から先程のBlack Mintの名前を見つめる。


(動きが良すぎた…というか俺の先読みをしてきた…?)


瀬良は何故か自分自身と戦っているような…そんな気がしていた。

自分がするような動き方、敵の嫌がる立ち位置、タイミング…ゲームをしていてかなり気持ち悪く感じた。


「さあ、切り替えて次いくよー!ガンガン回してこー!」


木嶋の掛け声と共に次の試合が始まる。

その後も何戦か勝ったり負けたりをしながら、配信のコメント欄は興奮に包まれていた。



***



「……あの、本当に初心者なんですか?」


「初心者ですよ?動画とかは見て知識はありますけどね。でも今初めてプレイしてます。」


美菜はマウスを手に、Black Mintのプレイをじっと見つめた。

Irisと木嶋が相手を圧倒する試合は何度も見てきたけれど、ここまで拮抗するのは珍しい。


「うーん……やっぱ動きが洗練されてますよ。これが初めてなら才能ありすぎますって…」


「いえいえ、チョコパンさんのサポートのおかげです」


単純にチャンプを理解しているとか反応速度が速いとか、そういう話じゃない。

このBlack Mintというプレイヤー、Irisの動きを先読みしているように見えた。


(瀬良くんって、基本的に相手の裏をかくのが上手いんだよね)


普通のプレイヤーなら反応できないタイミングで撃ったり、あえて動きをフェイントしたり。

でも、Black Mintはそのすべてを計算しているかのように動いていた。


「そろそろ仕掛けても勝てますかね?」


「あ!はい!仕掛けるならそろそろかと…」


指示をお願いしますと最初に言っていたものの、美菜が指示をするまでもなくBlack Mintは動けていた。

寧ろこちらがサポート役なのに守られているような…。


「サポートが私を狙ってます!前に私が出ます!」


「あ、なら相手のサポート倒せますね」


そう冷静に言うと木嶋のチャンプに攻撃を仕掛け、なんと木嶋を倒してしまった。


「…すごい!すごいです!!これは勝てますよ!」


「ふふ…嬉しそうですね」


美菜は思わずテンションが上がり、大きな声を出してしまう。

Black Mintは美菜の楽しそうな声を聞きながら嬉しそうだった。


「……あ!ごめんなさい!油断しまッ…!」


喜んで隙ができてしまった美菜のチャンプをIrisが強気に攻める。

美菜が言い終わる前に、美菜のチャンプは倒れてしまった。


「大丈夫です、何とかします」


その言葉に焦りはなく、寧ろ何かを確信した声色だ。


(えっ…ほんとに勝てちゃうの…?)


美菜はIrisとBlack Mintの戦いに目を奪われる。


初心者とは思えない動きでIrisを倒してしまった。


「……勝っちゃった!」


美菜の声が弾む。まさか、本当にIrisに勝てるとは思っていなかった。

配信を見ている時はずっと圧倒される側だったのに、今は自分がその強者を倒した側にいる。


「…………ふぅ……」


Black Mint──伊月は、静かに息を吐いた。

まるで勝つことが当然だったかのように、冷静な声色だった。


【え、勝った!?】

【すげぇええええ!!】

【Black Mintおかしいってw】

【Iris負けたのマジか……】


コメント欄も騒然としている。

それほど、この勝利が衝撃的だったということだろう。


「いや、ほんとにすごいです!Black Mintさん、初心者とは思えませんよ!」


美菜が興奮気味に言うと、Black Mintはわずかに口元を緩めた。


「ありがとうございます。でも、チョコパンさんのサポートがあったからこそですよ」


「いやいや、絶対そんなことないですって!だってIrisの動きを完全に読んでましたよね!?」


「……それは、よく見ていたから、ですかね」


Black Mintの声が、どこか意味深に聞こえた。


美菜は少し不思議に思いながらも、素直に勝利の余韻に浸る。


(……楽しかったなぁ)


負け続けていたゲームで、初めての大金星。

それが、こんなに嬉しいものだとは思わなかった。


「……えっと、あの……実はですね」


Black Mintが、少しだけ声のトーンを落とす。


「私の正体……こじれる前にもう伝えておこうと思いまして…」


「え?」


美菜が聞き返すと、Black Mintはゆっくりと口を開いた。


「僕です、美菜ちゃん。──伊月海星です」


「……え?」


一瞬、思考が停止する。


伊月海星。

あの、執拗にまとわりついてきた伊月。

ストーカーまがいの行為をして、距離を置いていた相手。

しかしこの間の大会では偶然会場にいて、モデルも引き受けてくれて…。

あれからは少し改心した感じを受けていた。


その彼が──Black Mint?


「……っ」


美菜は反射的にマウスを握りしめた。


(ちょっと待って…本当に全部偶然なの?本当は事前に手を回してたとか…?)


伊月は美菜の反応を聞いて、一瞬だけ目を伏せる。


「……驚かせてごめんなさい。でも、隠していてもいずれバレると思ったから…。でも大会の時といい、今回のゲームの事といい、本当にたまたまなんだ!僕もこんな偶然あるのかなって驚いたんだよ!」


「……」


美菜は、深く息を吸い込む。


確かに、大会も今回のゲームも美菜を追いかけてどうこうできる話ではない。今日のゲームに関しては美菜の思いつきでアカウントを作り、たまたまこのタイミングでしただけだ。合わせようとして合わせれるものでもない。


(全部偶然…なんだよね。それに伊月さん…)


「ゲーム前に言おうとしたけど…きっとそれだと勝てないって思ったし、通話も切られちゃうなって。でも、美菜ちゃんにとってはどこで言われようとやっぱり…」


「……もう仲良くできない、って思ってました?」


美菜は、ゆっくりと口を開く。


伊月は、一瞬だけ表情を曇らせ、そして静かに笑った。


「……うん。僕は、美菜ちゃんにあれだけ迷惑をかけたし……もう、普通に接することなんてできないと思ってるよ」


「……私も、正直、最初はそう思ってたかも」


美菜は正直に答えた。


けれど、今この瞬間、自分の胸にあるのは──恐怖でも嫌悪でもない。


「でも、前に言ったよね。……友達にならなれるって」


「……!」


伊月の目が、大きく見開かれる。


「大会とか、打ち上げの時とか、正直まだ少し本当は怖いけど…伊月さんも変わってくれてるのを感じたよ。だから、私たちは……ゲームのお友達くらいなら、なれるんじゃない?」


その言葉に、伊月はしばらく沈黙した。


そして──


「……嬉しいな、ありがとう美菜ちゃん。ずっと友達になりたいと思ってたんだ。」


小さく笑う。


(あぁ…これで、仲良くなれる……)


美菜にはわからないように、心の奥底に眠るドス黒い感情を隠しながら。


今すぐに、手に入らなくてもいい。

焦る必要はない。


美菜が、伊月を拒絶しない限り──


(少しずつ……美菜ちゃんの心に入り込めばいい)


伊月は、美菜の言葉を噛み締めるように微笑んだ。


「……じゃあ、今後ともよろしくね、美菜ちゃん」


「うん、よろしく、伊月さん」


「あ、もしこの事を二人に話すならBlack Mintは僕だってちゃんと言いなよ?きっとみんな…特に彼氏は心配するだろうしね。」


その言葉を聞き、美菜は伊月が本当に変わりつつあるのかと思ってしまう。


(ちゃんと反省してくれてるんだ…)


「うん、その時は言うね。でもみんなにも伊月さんが前とは違う事も私が伝えるね!」


「はは、あんまり受け入れては貰えないかもしれないけど、仲良くできたらいいな」


「大丈夫だよ!大会を通してみんな伊月さんに対する見方は少しずつ変わってきてると思うよ」


その後少し雑談した後、美菜と伊月は通話を切った。


(……伊月さん、本当に変わってくれたんだなぁ)



***



ベッドに移動し、スマホを枕元に置くと仰向けに寝転がる。


天井をぼんやりと見つめながら、美菜は伊月との会話を思い返した。


(最初はどうなることかと思ったけど……ちゃんと向き合ってくれたんだ)


過去の出来事を思い出せば、まだ完全に許せたわけではない。でも、今日の伊月の言葉や態度は、少なくとも彼が変わろうとしていることを示していた。


「……ふふっ」


自然と笑みがこぼれる。


そんな中、スマホが小さく震えた。画面を確認すると、瀬良からのメッセージだった。


『何してる?』


たった四文字の短いメッセージ。

彼らしさを感じる文だ。


美菜は指を動かし、すぐに返信を打つ。


「今ベッド!そっちは?」


送った途端、すぐに既読がついた。そして――


『同じ』


思わずくすっと笑う。想像するまでもなく、瀬良がスマホを片手に無表情でベッドに横になっているのが目に浮かぶ。


(配信は…終わったみたいだね)


木嶋の配信ページをスマホで見ると、配信終了の文字が出ていた。


「通話する?」


ふと送ってみると、少し間をおいて返事がきた。


『……いいよ』


通知音とともに、画面に瀬良の名前が表示される。通話ボタンを押すと、ほどなくして無愛想な低い声が耳に届いた。


『……もう寝るところだったんじゃねえの?』


「うん、でも瀬良くんと話したくなっちゃった」


ふわっと、柔らかく笑いながらそう言うと、ほんの少しの沈黙の後、瀬良くんが静かに息を吐いたのがわかった。


『そっか』


それだけの短い返事。でも、美菜にはそれで十分だった。


「あ、そうだ、話しておきた…」


“話しておきたいことがあるんだけど”そう言おうとして言葉が詰まる。まず、ゲームで対戦したチョコパンが自分な事、プレイ中は知らなかったが伊月とゲームをした事、そのゲームで勝ってしまった事。それを一から話すと瀬良が不快な気持ちにならないだろうか?


(伊月さんと和解した…って言ったら、何だか瀬良くんには話さずにこそこそ話してたみたいに勘違いされそう…)


何処を掻い摘んで話さそうかと美菜は悩む。


「どうした?」


「えっと、いや、また話がまとまったら話すね」


「…ん。了解」


そう答える瀬良の声はどこか眠たそうだ。

姿は見えずともなんとなく声色で分かるようになってきた。


「瀬良くん眠たい?」


「うん…そろそろ寝ないとな」


「ならおやすみだねぇ」


「ん…おやすみ、また明日」


通話を切り、美菜はもう一度何と話すか考える。

話し方によっては誤解を受けかねない。

瀬良は伊月に対して大会で少しは認めたものの、嫌悪感自体はまだまだあるのだろう。


(…まあ、とりあえず寝よう)


美菜も眠気に負け、この日は寝る事にした。


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