Episode133
美菜は帰宅すると、軽くシャワーを浴びて疲れを流し、一息ついた。今日は一日中忙しかったけど、充実感のほうが勝っている。
(疲れたけど……配信、したいな)
大会前は練習や準備でほとんどできていなかった。
リスナーのみんなとも、しばらくじっくり話せていない。
美菜はデスクに座り、PCを起動する。今日の配信は、最近できていなかった「ほのぼの牧場ゲーム」の実況にすることに決めた。
「こんばんは〜!みなみちゃんです!」
画面の向こうでコメントが一斉に流れ始める。
【待ってた!】
【みなみちゃんおつかれ!】
【久々にきたー!】
【今日の配信、楽しみ!】
「ありがと〜!今日はね、久しぶりにこのゲームやっていこうと思います!」
画面にのどかな田舎の風景が広がる。小さな牧場を育て、作物を育て、動物たちと触れ合う癒し系のゲーム。
「最近バタバタしてたから、こういうのんびりしたゲームしたくてね……」
リスナーからも、「わかる〜」「癒されるよね!」というコメントが流れる。
ゲームの中では、みなみちゃんの分身であるキャラクターが、畑を耕し、牛に餌をあげていく。
「そういえば、牧場の名前どうしよっかな……」
『みなみ牧場!』
『ほのぼの牧場!』
『避難所!』
「避難所……センスいいね」
ついクスッと笑ってしまう。
リスナーも美菜も、みなみちゃんの配信は疲れた時の避難所なのだ。
(まあ、配信は楽しいからしてるんだけどね〜)
そんなことを考えながら、のんびりとゲームを進める。
「今日はゆったり雑談しながらやるので、みんなものんびりコメントしてってね〜!」
リスナーと交流しながら、久しぶりのまったり配信を楽しむのだった。
***
配信はさらに和やかな雰囲気で進んでいく。
「よし、畑も整ったし、動物たちの世話もしっかりできたね〜」
【牧場経営順調!】
【みなみちゃん、現実でもこんな感じで癒し系なのかな?】
【リアル牧場やってそう】
「いや、さすがに牧場はやってないよ!現実の私は……もうちょっとバタバタしてるかも?」
【仕事忙しいの?】
【無理しないでね!】
【配信してくれて嬉しい!】
「ありがと〜!でも大丈夫!こうやって配信してる時間がすごく楽しいし、みんなと話すと元気出るからね!」
心の中で、実際は美容師の仕事もこなしていることを思い浮かべつつ、それを言えないもどかしさも感じていた。
けれど、みなみちゃんとしての自分は、
あくまで「普通のVTuber」
このままの関係を続けるのが一番だと思っていた。
「あ、鶏の子供うまれた!」
【888888】
【おお】
【( ˙◊˙ )】
【名前つけよ】
「……名前か、名前何にする?」
【ぴよたん】
【ピヨ】
【太郎】
【漆黒のヒヨコ】
「漆黒のヒヨコ!!漆黒の木嶋さんじゃないんだから……」
そう言いつつ、ヒヨコの名前は漆黒のヒヨコに命名される。
【そういえばワールド・リーゼはしないの?】
【木嶋とIrisのコラボはよ】
「んー、聞いてみてもいいかもね!ワールド・リーゼもそろそろしたいし!」
【三人VSリスナー戦見たい】
【そういえば今度小さい大会あるよ】
【ワールド・リーゼ大会しすぎワロタ】
【こんばんは〜】
【みなみちゃんも大会出たらいいのに】
「へー、大会またあるんだね!なら漆黒の木嶋さんとIrisさんは忙しくなるからコラボはちょっと先になるかもね……」
コメントに目を通しながらふと考える。
(あー!だから来週木嶋さんと瀬良くん休みのシフト2日分被せて入れてたのか!)
あまりシフト管理には美菜は絡まないが、千花が時々シフト管理に苦戦して泣き言を言っているのを聞く。
「……さて、今日はそろそろこのあたりで終わりにしようかな?」
時計を見ると時刻はもうすぐ0時だ。
みなみちゃんの配信は基本的に0時を超えてはしない。
【楽しかった!】
【癒されたー!】
【また牧場やってね!】
「うん、またやるね!じゃあ、みんな今日も来てくれてありがとう!おつかれ〜!」
【おつ】
【またねー!】
【次の配信も楽しみ!】
配信を終えてPCをシャットダウンすると、美菜は軽く伸びをした。
(やっぱり、配信は楽しいなぁ)
疲れていたはずなのに、不思議と心は軽くなっていた。
ベッドに飛び込むと、スマホを手に取り、無意識に瀬良とのトーク画面を開く。
(……瀬良くん、今なにしてるかな)
そう思いながらも、特に用事があるわけでもなく、結局何も送らずにスマホを閉じる。
「……さて、明日も頑張ろ」
そう呟きながら、美菜は静かに目を閉じた。
***
昼の営業が落ち着き、三人は休憩スペースでコーヒーを片手に一息ついていた。
「……今日も忙しいな」
瀬良が軽く伸びをしながら、椅子に深く腰掛ける。
「ねー、最近当日予約も多いし」
美菜もカップを持ちながら、ぼんやりと今日の予約表を思い浮かべる。
「でも俺たちまた大会出るからさー。そっちも忙しいんだよなー、Iris?」
木嶋がニヤリと笑いながら言う。
久々に木嶋の口からIrisという名前を聞いた気がする。
「……あんまり店でその名前出すなよ」
瀬良は嫌がりながらコーヒーを飲みきる。
「ほーい」
「あー、昨日の配信でリスナーが言ってたや……大会があるんだよね?」
「そうそう!今回は前みたいにデカい規模の大会じゃないけどねぇ」
「へぇ……で、木嶋さんと瀬良くんは出るの?」
「まあ、出るつもり」
瀬良があっさりと答える。
「まあ瀬良くんと俺なら余裕っしょ」
「ああ」
「そっか……二人ともほんとに信頼し合ってるんだね」
美菜は微笑みながら二人を見た。
ゲームは好きだけど、美菜は大会に出るなんてレベルには到底及ばない。気にならないと言えば嘘になるが、大会に出れるほどの実力があればもっと面白いのかもしれない。
「美菜ちゃんも出ちゃえば?」
「いやいや、無理でしょ!」
「なんで?美菜ちゃん普通に上手いじゃん?」
「だからって大会は別じゃん!あんなガチな雰囲気のとこ行ったら緊張して動けなくなるよ」
「いやー、それはないね。絶対楽しめるって!」
「やらないってば」
木嶋がしつこく誘ってくるのを、美菜は苦笑しながらかわす。
「ま、大会の配信はあるから、それ見ててよ」
瀬良がそう言うと、美菜は「もちろん!」と笑顔で頷いた。
「二人とも頑張ってね!」
そんなやり取りをしながら、三人の休憩時間は穏やかに過ぎていった。




