Episode127
ステージの中央、スポットライトを浴びながらMCが高らかに声を響かせた。
「Ladies and gentlemen!!本日はようこそお越しくださいました!!」
観客席から歓声が上がる。大会の熱気が、まさに最高潮に達しようとしていた。
「さぁ、皆さんお待ちかね! これより、“第六回 ヘアデザインコンテスト” を開催いたします!」
拍手と歓声が広がり、MCはさらに声を弾ませた。
「本大会は、ただのカットコンテストではございません!! 美容師たちが持つ最高の技術と美的センスを競い合う場!! カット、メイク、仕上げ……すべてを含めた総合戦!!」
参加者たちの顔つきが引き締まる。もちろん、美菜たちもその一人だった。
「さて! ここでルールの確認をいたします!!
まず、制限時間は60分! カット、メイク、仕上げのすべてをこの時間内に完了してください!!メイクはカットが仕上がり次第審査員に報告してから始めてください!」
「おおーっ!!」と、会場のあちこちから声が上がる。60分は決して長くはない。参加者たちの緊張感がさらに増していく。
「そして! スタートの合図が鳴るまで、一切の施術は禁止!! 合図が鳴る前に手をつけた者は即失格となります!!」
MCの厳しい声が響き渡る。瀬良と美菜も、すでに持ち道具を手に取る準備はできていたが、まだ施術には入れない。
「また!! 競技中の妨害行為は禁止です!! 他の参加者の邪魔をした場合、即失格といたします!!」
美菜はその言葉を聞きながら、思わず星乃と津田の方を横目で見た。二人は相変わらず余裕の笑みを浮かべている。まるで「そんなことしなくても勝てる」とでも言いたげな態度だった。
「審査は、業界のプロによる技術評価、そして一般のお客様からの評価、この二つで決まります!! しかし、プロの審査員たちはカット・メイク・仕上げのすべての技法を細かくチェックし、全てを含めて点数をつけます!!」
「ということは……仕上がりだけじゃなく、カット中の手さばきやメイクの工程も重要ってことね……」と美菜が呟く。瀬良も頷いた。
「つまり、見た目だけの勝負じゃないってことだな」
「当然だねぇ」
伊月がセット椅子に座りながら、余裕の笑みを浮かべる。
「さぁ!! それではいよいよ……競技スタートのカウントダウンです!!」
MCが叫ぶと、会場全体が緊張に包まれた。
「3!」
美菜は集中するように目を閉じる。
「2!」
瀬良がシザーケースをしっかりと腰についていることを確認する。
「1!」
伊月が微かに笑い、まっすぐ前だけを見つめる。
「Let’s battle!!!」
ブザーが鳴り響き競技開始の合図と共に、全員が施術を始めた。
***
会場が一斉に動き出す。
だが、瀬良はすぐにはカットを始めなかった。
コームを持ったまま、伊月の髪を見つめる。
ほんの数秒。だが、その時間はやけに長く感じられた。
(どう切るのが一番いいか……)
伊月の髪質、毛流れ、骨格——すべてを頭の中で瞬時に分析する。用意していたデザインはある。だが、それが本当にこのモデルにとってベストなのか。
勝つために、全員の目を向けるためには……
迷いが一瞬だけ瀬良を止めた。
美菜は横で瀬良の異変に気づく。
「瀬良くん?」
呼びかけるが、彼はすぐに応えなかった。悩むようにわずかに眉を寄せ、そして——決断したように顔を上げると、モデルである伊月に向かって低く静かな声で問いかけた。
「伊月、好きにカットして仕事に支障とかでるか?」
伊月はその言葉にわずかに目を開け、瀬良を一瞬だけ見つめる。そして、ふっと笑った。
「大丈夫。任せるよ、美容師さん」
それだけ言うと、再び静かに目を閉じた。
その瞬間、瀬良の中で迷いは完全に消えた。
「……わかった。美菜ごめん、合わせれる?」
「……もちろん!」
短く答え、瀬良は持っていたハサミをしまい、レザーに切り替えた。
美菜も返事をしたものの、驚く程のブロッキングをとる。
そして一切の躊躇なく、最初の一刀を入れた。
ザッ——
ステージの上で、正確無比なカットが始まった。
「……あの子珍しいですね、レザーで切ってますよ」
「若いのにレザーの扱い上手いねぇ」
最初に固まっていたせいか、瀬良は審査員から注目されていた。
(瀬良くん…打ち合わせと全然違うカットしてる……)
あまりにもバッサリと、ウルフカットをしていた伊月の髪は無くなっていった。
伊月は何も聞いていないにも関わらず、ただ目を瞑って堂々と座っている。
「美菜、伊月はもうほとんど完成してしまっている。このままじゃ観客も審査員も伊月を見たところで感動は薄い。だから俺達が攻めないといけない。」
「うん、分かってる」
美菜は的確に瀬良が求めるタイミングで補助をする。
会話をしながらもダッカールを渡すタイミングやバリカンを渡すタイミングを間違えない。
美菜と瀬良の呼吸はバッチリだった。
「カラーが間に合わなかった分、カットとメイクで個性を出すしかない。幸いにも黒髪でいてくれたのが救いだな。」
「そうだね……本来はみんな事前にカラーやトリートメントをして万全の状態で大会に来るもんね。」
「俺達にできる事は本当に伊月そのものをどれだけ活かせるかだ。美菜、頼んだぞ」
「任せてよ!メイクの構成も今全部考え直してるから!」
それ以上美菜と瀬良は話す事は無かった。
それぞれが集中し、作品を造りあげていく。
「……あそこのカット、いいですね」
「ええ、デザインはかなり斬新にも関わらず技法としては丁寧です。見ていて気持ちいいですね。」
審査員達が徐々に集まりだし、あれやこれやと会話をしながら手元のバインダーに時折メモをとる。
瀬良は周りを気にすることなく、寸分たがわずカットを進める。
「美菜、ドライ」
「はい」
瀬良のカットはもう少しで仕上がりそうだ。
切った髪の毛をドライヤーで飛ばし、チェックカットをしている瀬良に審査員はどんどん集まってきた。
(瀬良くん集中してるからかな……こんなに見られて緊張しないの?)
サポートしているだけの美菜だが、周りの多さに緊張してしまう。一般客にも見えるようにカメラも何台か集まり、瀬良を大画面で映している。
「美菜、カットもう終わるから」
「……う、うん!」
伊月の頭から目を離さず瀬良は美菜に伝える。
無駄な髪の毛が無いように、瀬良は丁寧に見終わったあと初めて周りを見た。
「ふぅ……。っ!めっちゃいるな」
周りと目があい、瀬良は初めてどぎまぎした。
そんな瀬良を見て美菜はクスリと笑うと集中するように目を閉じた。
ルールでは、カットが終わった時点で審査員に申告し、チェックを受けた後にメイクと仕上げが許可される。
瀬良が手を挙げると、審査員の一人が近づいてきた。
「カット終了しました」
「確認します」
審査員が違反がないか周囲を見渡し、モデルの髪を触り、シルエットやラインをチェックする。
「ふむ……」
審査員はコームで軽く髪を梳きながら、細かくチェックを入れる。
「毛流れを生かした繊細なカットですね。ラインも非常に綺麗に揃っています。毛先の処理も丁寧だ」
「この長短のつけ方、なかなか思い切りがいいですね。単に整えただけでなく、動きを出す意図が見えます」
「表面だけじゃなく、内側にも計算された束感がある。乾かした後、どんな見え方をするか考えてるカットですね」
別の審査員が、サイドの毛流れを指先で確認しながら頷いた。
「不自然な段差がないな。バランスも良い。かなり高レベルな仕上がりだ」
「はい、カットは問題ありません。次の工程に進んでください」
審査員は何やらメモを取り、許可が下りると美菜はすぐにメイク道具を手に取った。
「瀬良くん、ここからは私が頑張るね!」
「頼む」
ここからは美菜の番だ。
時間は、残り30分。
瀬良は会場の拍手を浴びながら達成感に包まれていた。




