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Episode126



三人は急いで会場に戻り、木嶋の代役として伊月が予備の衣装に袖を通した。


「念には念をで持ってきてて良かったね……」


「それに、木嶋が伊月並のモデル体型だったのも幸運だったし、たまたま伊月が近くにいたのも運が良かった」


今回の大会のコンセプトは“モダン”

洗練されたスタイルを見せるのがテーマだ。


元カリスマモデルの伊月海星は、まさにその象徴のような存在だった。

会場の照明を浴びた彼は、ただそこに立っているだけで会場の視線を集める。


「衣装、いいセンスだね」


誰に言うともなく伊月が呟くと、美菜は少し驚きつつも微笑んだ。


「私が選んだの。そう言ってもらえると自信つくな、ありがとう」


「さすが美菜ちゃんだね」


「おい、勝手に美菜と話すな」


瀬良が少し不機嫌そうに口を挟むが、それどころではない。

三人は急いで準備を整え、最終確認に入った。


そんな時だった。


「美菜先輩っ!」


慌ただしく千花が駆け寄ってきた。顔色が悪い。


「木嶋くんのこと、聞きましたよ!」


「あ……うん。でも、代わりのモデルを見つけたから……」


「代わり見つかったんですか!?」


千花が驚いたように目を見開く。

美菜はバツが悪そうに伊月を指差した。


「いや!!!元モデルの伊月海星じゃないですか!?!?」


千花の声が裏返る。

過去の一件を知っている彼女にとって、伊月は“とんでもない狂人”のイメージそのものだった。


「そう、快くモデルを引き受けた伊月だ。ボウズになってもいいみたいだし、大丈夫だ、伊賀上」


「え!? いやボウズは困るんだけど!?」


瀬良の悪意ある冗談に伊月がビクリと肩を震わせる。


「ひゃー……さすが元芸能人ですね……なんだか立ってるだけで絵になります……」


千花は感心しながら伊月を上から下まで見渡した。

美菜も思わず頷く。


木嶋も十分にモデル級だったが、やはり本物は違う。

いや――伊月は、モデル界の中でも異常なほどだったのかもしれない。


「だから、もう大丈夫。お互い頑張ろうね!」


美菜が笑顔で励ますと、千花はなぜか浮かない顔をしたまま、さらに詰め寄ってきた。


「ち、違うんですよ!あの、木嶋くんのことも心配で言いに来たんですけど、そうじゃなくて!」


「どうしたんだ?」


「落ち着いて話してよ、千花ちゃん」


「あ、あの……会場の参加者に……津田さんと星乃さんがいたんです!!!」


「「えっ!?」」


美菜と瀬良は思わず顔を見合わせた。


聞きたくない名前だった。


「しかも、向こうから声をかけてきて、『私たちも出ることになったんだけど、木嶋くんによろしくね』って私に言ってきたんですよ!!」


「……参加者名簿でも見たのか?なんで木嶋が出るって知ってんだ?」


「というか怪しいのはその後に、木嶋さんの事故が起こった事ですよ!!! ぶつかってきたのって、津田さんと星乃さんが今勤めてるサロンのモデルの子なんです!!!」


「……えっ」


美菜は絶句した。


もしそれが本当ならどこまで陰湿なんだろうか。

背筋が凍るような感覚の後、瞬間的に怒りが沸き上がる。


「……っ!」


美菜は思わず星乃の姿を探そうとした。


だが、瀬良に腕を掴まれる。


「……今は時間が無い。気持ちは分かるけど、もうショーが始まる」


「でも!!」


「美菜、落ち着いて」


「木嶋さん、楽しみにしてたんだよ!!!本当に……!もしかしたら冗談じゃ済まない事になってたかもしれないんだよ!?大怪我するかもしれないのに! こんなの許せるわけないじゃん!!!」


自分でも驚くほどの怒りだった。


すると、それまで静かに聞いていた伊月が、ふっと息を吐いて口を開く。


「美菜ちゃん、これまで君たちのサロンで何があったかは知らないし、部外者の僕がどうこう言えないけど……そんなに腹が立つなら、この大会で負かしてやればいいんじゃない?」


「伊月さんっ…………」


「僕のいた芸能界は、そんな世界だったよ。

踏みつけられて、踏み返して、結局よじ登って、一番上の奴だけが勝者になる。

認められるのは、そこにいる奴だけなんだ。

美菜ちゃんたちの世界も、通ずるものがあるんじゃない?」


伊月の言葉に、美菜ははっとする。


瀬良も黙って頷いた。


「こいつの言ってることは正しい。俺たちが優勝すれば、俺たちが勝者だ。負かせて、悔しがる顔、見たくない?」


「……うん、見たい」


美菜は唇を噛んで、強く頷く。


「木嶋さんの分まで、しっかりと!」


「美菜ちゃん、大丈夫」


伊月が穏やかに微笑んだ。


「俺が()()()()()()、見せてあげる。全員の目を奪うよ。だから君たちが僕を造りあげて」


その言葉に、美菜と瀬良は震えるような決意を抱いた。


もう迷いはない。


三人は、一つの目標に向かってステージへと歩を進めた。



***



大きめのBGMがガンガンと鳴り響いている。

フロアは美容師たちが各スペースでモデルを入れて最終の準備をしたり、既に準備を終え待っている美容師が集中している。


美菜たちも自分たちの用意されたスペースにたどり着く。


「ねぇ、あれってさ……」


「嘘でしょ?」


「え、伊月くん……?」


「かっこいいー……」


「本物か……?」


会場入りした美容師たちが美菜と瀬良のモデル……

伊月海星の存在を意識し始める。


「いやー、参っちゃうなぁ。芸能界やめても本当に変わらない反応ばーっかり。」


ドカッとセット椅子に座り、少しだけ嫌味を言う。

伊月にとって顔面や体型など本来はどうだっていい。ただ自分を商売道具にした結果がこれだ。


「綺麗な顔で怒らないでくださいよ」


「……怒ってないよ?ただ美菜ちゃんになら言われても良いかなーって思っただけ」


伊月は美しく造られた笑顔で美菜を見つめる。


(この笑顔で何人の女性が倒れるのだろう……)


美菜は伊月の顔に興味が無いので響かないが、二人を見ていた周りの女性たちには響いたようだ。何人か周りで実際に倒れている。


「だから勝手に美菜と話すな、準備するぞ」


「いててててて!首!首閉まってる!」


瀬良は伊月の首にタオルをかけ、キツめに締め上げる。

美菜が「まぁまぁ」と宥めると、瀬良は不機嫌ながらにカットの準備を進めクロスをかけた。


美菜もコスメや道具を準備し、あとは待つのみだった。



***



「……あら?木嶋くんじゃないのね?」


聞き慣れた嫌な声が、美菜たちの背後から降ってきた。


振り返ると、そこには星乃と津田が揃って立っていた。二人とも挑発するような笑みを浮かべている。


「聞いたわよ、木嶋くん、大変だったみたいねぇ」


「うちのモデルがぶつかったらしいですね。でもあの子、そんなドジするタイプじゃないので、不思議ですね」


美菜の手が無意識に拳を握る。瀬良も横でじっと二人を睨みつけていた。


「まぁ、でもそちらとしては結果オーライですかね?」


「そうそう、だって……代わりが伊月海星くんなんでしょ?」


星乃が伊月を値踏みするように眺め、ふっと鼻で笑う。


「カリスマモデルだったって聞いたけど、芸能界辞めちゃった人が今さら出てきてもねぇ?私たち、今が旬のモデルさんを用意してるのよ」


「残念でしたね」


星乃と津田が顔を見合わせてクスクス笑う。


「……それで?だからなんですか?」


美菜は低く抑えた声で問いかけた。


「へぇ、美菜ちゃんってこんなに怖い顔できるんだ」


「河北さんはそれだけ必死ってことですよ。」


嫌味しか言わない二人に美菜は正直少し呆れてしまう。


「……そうですね。でも、評価するのはみなさんなので。ここで言い争っても何にもならないのでご自身のブースにおかえり頂けます?」


美菜は強く言い切る。瀬良も無言のまま、二人に鋭い視線を向けていた。


「ふぅん?ま、せいぜい頑張ってね」


星乃と津田は余裕たっぷりに肩をすくめ、踵を返して自分たちのスペースへと戻っていった。


「……っ、何あれ!」


美菜が思わず悔しそうに唇を噛む。


「気にするな」


「いや、気にするよ!あんなにあの二人って性格悪い人だったの!?絶対わざとぶつからせたでしょ!」


「それなら、それ以上の結果を見せればいいんだよ。煽ってペースを崩しにきたんだ。乗る必要はない。」


瀬良は美菜を落ち着かせるように手を握る。

美菜の手を包み込む手が温かい。

伊月も軽く笑いながら、美菜のもう片方の手を握る。


「僕はね、こういうやつらを潰すの、嫌いじゃないんだ」


「……伊月さん」


「見せつけようか、美菜ちゃん。君たちの技術がどれだけすごいのかってことをさ」


伊月の挑発的な笑みに、美菜と瀬良は力強く頷いた。


「……うん、やるしかないね」


「ああ、美菜と俺でお前を最高の仕上がりにする」


この大会――必ず、全員の目を奪ってみせる。


三人の意思は固まった。


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