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Episode125



木嶋と瀬良との最終打ち合わせを終え、美菜は少し外の空気を吸おうと会場の外へと足を運んだ。


外は何やら騒がしい。

イベント用の飲食の出店も出たり、催しもされているからだろうか。

一般の人もかなり入っていて賑わっていた。


(かなり人が入ってるんだなぁ……)


大会独特の熱気が張り詰める中、ひと息つくように深呼吸をする。

緊張を解きほぐし、頭の中を整理するつもりだった。


しかし、ふと視界の端に見知った姿を捉え、美菜の動きが止まる。


「えっ…………?」


会場の外をウロウロと歩く、一人の男。

シンプルな黒のシャツにスラックスを合わせた、洗練された姿。深く帽子を被ってはいるが、美菜には分かってしまった。


(…………伊月さん……?)


端正な顔立ちに、どこか陰のある表情。

誰が見てもただ者ではない雰囲気を放つその男は、間違いなく伊月海星だった。


(どうして…ここに……?)


伊月は今はもう芸能界にはいない。

かつてはモデル兼俳優として多くの人々を魅了していたが、己の過去や、“みなみちゃん”への執着から解放されたことで、突然引退してしまった。


あの後、一時芸能界のニュースとして騒がれ、美菜や瀬良、田鶴屋もニュースを見て驚愕したのを覚えている。


彼がこの大会に関係しているとは思えない。

だが、こうしてわざわざ足を運んでいる以上、何か理由があるはずだった。


美菜は息をのむ。

伊月がしてきた過去の行いが、一瞬で脳裏をよぎる。


(……怖い、かも)


ストーカーまがいの行為、執着の言葉、狂気じみた愛。

彼の視線に晒されるだけで、背筋が凍るような感覚を覚えたのは事実だった。


しかし、それだけではない。


(あの時……最後に話したとき、私は……)


「友達になら」と言ったのは美菜のほうだった。

伊月が全てを手放し、芸能界から去り、彼なりに過去を清算しようとしたことも知っている。


だからこそ、今の自分がどう接するべきなのか分からなかった。


気づけば美菜は彼から目を離せずにいた。


その視線を感じ取ったのか、伊月がふと顔を上げる。

そして、美菜の存在を認めた瞬間——


彼の瞳が、驚きに揺れた。


「……美菜ちゃん?」


思わず零れたかのような、かすかな声。

普段の彼なら決して見せない、素の表情だった。


伊月は、美菜をまじまじと見つめる。


その視線は執着に満ちたものではなく、どこか懐かしさと戸惑いが入り混じっていた。


(……相変わらず、綺麗な人)


美菜からしてみれば、伊月の驚いた表情すら絵になる美しさだった。

周囲とは違う、まるで別世界の住人のような雰囲気を持つ男。


「……伊月さん、どうしてここに?」


美菜は、迷いながらも口を開く。

伊月は一瞬目を伏せたあと、小さく息を吐いて微笑んだ。


「……ちょっと、ね。ここの大会開いてる社長がさ、どうしてもって連絡うるさくて。でも芸能界にいた頃ここの社長に何回も仕事回してもらったから恩もあるし、来賓として来て欲しいって言うから仕方なくさ。」


その笑みはどこか儚げで、いつか見た彼とは違っていた。


「そ、そうなんだ……すごい偶然だね」


「……うん。ねえ、美菜ちゃん、あの時はどうかしてたんだ。本当にごめんね。だからそんなに怯えないでくれると……いや、無理だよね。俺がそうさせちゃったんだよな。」


「……え?」


知らず知らずのうちに美菜は震えていたようだ。

やはり伊月に対する警戒心はかなり上がっているのだろう。

震える手を抑えながら美菜はどうしたらいいか分からなくなった。


「……ごめん、じゃぁね」


軽く頭を下げると、伊月はその場を離れようとする。

美菜はなんと声をかけていいか悩んでいると、慌てた瀬良の声が遠くから聞こえた。


「━━━━━━━━━━━美菜ッッ!!」


「あ……瀬良くん……」


息を切らして走ってくる瀬良の様子はどこかおかしかった。

不安と焦りが滲み出ている。


そして瀬良が美菜の向かい側にいる男に気づいた時、瀬良の表情は一気に曇った。


「……お前、伊月海星か?」


「お久しぶりです。その節は迷惑かけてすみませんでした。」


驚く程素直に頭を下げる伊月。

瀬良は不気味に思いながらも伊月と美菜の間に入って距離をとる。


「また美菜に会いに来たのか」


「ち、違うよ瀬良くん、たまたまいただけで、伊月さんは何も……寧ろ謝ってくれたし!!」


かなり怒った表情をしている瀬良を見て焦る美菜。

瀬良自身の警戒心もかなり高かった。


美菜が慌ててフォローすると、怪訝ながらも瀬良は美菜の説明を聞く。

たまたま出会った事、伊月は社長の来賓客である事。

そして謝ってくれた事……。


瀬良はまだ納得はしてなさそうだが、それどころでは無い事を思い出し、美菜に早口で伝える。


「美菜、木嶋がモデルのステージの確認中に他のモデルとぶつかって、落ちそうになった子を庇ったら木嶋もバランスを崩して……」


「え?」


「木嶋が顔面から落ちて……」


「…………ッ!?」


嫌な予感がする。

それ以上聞きたくない。

美菜は思わず口に手を当て絶句する。


「……大事をとって主催者側が救急車呼んで、木嶋が運ばれたんだ」


「うそ……木嶋さん大丈夫なの!?」


「大丈夫そうではあったんだけど…会場側も気を使ってくれて救急車呼んだみたいで……」


(だから外に目を向けた時騒がしかったのかな……)


美菜が伊月を見つける前、会場の外は何やら騒がしかった。

まさかそんな事が起こっているとは思いもしなかった。


「病院……に行こう。大会に出てる場合じゃないよ」


「……ああ。俺もそう思う。大会は辞退でいいよな?」


「うん……大会より木嶋さんが心配だもん」


美菜は大会を諦め、病院へ瀬良と向かう事を決意する。


━━━そう思った時だった。


スマホが震え、画面を見ると『木嶋 友陽』の文字が浮かんでいた。


「木嶋さん!」


慌てて通話ボタンを押し、耳に当てる。


『もしもーし?美菜ちゃん、大丈夫、大丈夫だからね!』


「え、でも、救急車で運ばれたって……! どこか痛い? 本当に大丈夫なの!?」


動揺する美菜に、木嶋は少し困ったような、でも優しい声で答えた。


『いや、ほんとにただの打撲でさ、検査してもらったけど骨とか異常なし! ちょっと腫れてるくらいだから安心して』


「…………よかったぁ……」


心の底から安堵し、思わず力が抜けそうになる。

それと同時に、目の奥がじんわりと熱くなった。


『心配かけてごめんね。でも、今から戻ろうとしても、開始時間には間に合わないと思うんだよね……』


「……!」


美菜の中に再び焦りが生まれる。


『だからさ、大会側には事情を説明して、他のモデルを探して出てもらってもいいって許可もらったんだ。今から急いで探せば、なんとかなるかも』


「え……」


『美菜ちゃんと瀬良くんは、ちゃんと大会に出て。ここまで頑張ってきた分、せめて二人はステージに立ってほしいんだ。正直かなり無茶な事言ってるのは分かってるんだけど、多分誰かしらは声かけたら引き受けてくれると思う……けど、まあまあ無茶なお願いだよねぇ……』


「……うん。そんな都合良くはね……」


『店から人を呼んでも間に合うか分からないし……。でもできる限り俺もこっちで電話かけてみるから、美菜ちゃんたちはそっちで探してみてくれないかな?』


木嶋は、なるべく美菜を落ち着かせようとするように、いつもの明るい声色を崩さずに話してくれる。

そのおかげで、美菜の気持ちは徐々に冷静になっていった。


「……ありがとう、木嶋さん」


『気にすんなって!寧ろこんな事になってほんっっっとうにごめんなさい!!! 俺のことはいいから、頑張ってこいよ!』


最後にそう言われ、美菜は静かに息を吸い、そして吐いた。


「……うん!」


電話を切ると、美菜は瀬良を見上げ、状況を説明する。


「木嶋さん、無事だった……! ただの打撲で、大事には至ってないって。でも戻るのは間に合わないから、大会側には代わりのモデルを探してもいいって許可をもらったみたい」


「……代わりのモデル?」


瀬良の顔が曇る。


「そんな都合よく、今すぐ出られるモデルなんて……」


言いかけたその時だった。

ふと、二人の視線が横にいた男へと向かう。


帽子を深く被り、黒シャツにスラックスを合わせた洗練された男。

無言で状況を見ていたその人物──伊月海星。


「……え?」


伊月は、まさかと言わんばかりにたじろいだ。


美菜は、ぐっと唇を噛み、覚悟を決める。


「伊月さん……お願いがあります」


「は?」


美菜の突然の頼みに、伊月は怪訝な顔をする。


「今、ヘアショーのモデルがいないんです。でも、大会には出たい……! だから……伊月さん、代わりにモデルになってもらえませんか?」


「えぇ…………」


伊月は明らかに困惑し、何かを言いかける。

しかし、すぐに横から瀬良が低い声で続けた。


「……そういうことだ。今ここにお前以上に適任なやつはいない。引き受けろ」


その声音には、明らかに圧が含まれていた。


──ここで美菜に償えよ、と言わんばかりの。


「……っ、お前なぁ……」


頭を抱える伊月。


しかし、美菜は真剣な眼差しのまま、もう一度お願いする。


「伊月さん……お願いします」


その必死な姿を見て、伊月はぐっと口を引き結ぶ。


そして、数秒の沈黙の後──


「……はぁ……」


大きく息を吐き、観念したように苦笑した。


「……分かったよ。できる限りは協力するよ」


美菜の顔がパッと明るくなる。


「本当!? ありがとう、伊月さん!」


「礼なんかいいよ……これで少しでも償えるなら」


苦々しく呟く伊月だったが、その表情にはどこか諦めにも似た、穏やかな色が滲んでいた。


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