Episode112
夜が深まり、部屋は静寂に包まれていた。美菜はスマホを手にしたまま、天井を見上げる。配信が終わったばかりの心地よい余韻が残っていた。
(今日は、言いたい事……言えたな)
そう思いながら、ふとスマホを操作し、配信のアーカイブを開く。コメント欄をスクロールすると、たくさんの「ありがとう」と「頑張るね」の言葉が並んでいる。それをひとつひとつ目で追いながら、美菜は小さく笑みをこぼした。
そんなとき、不意に通知がもう一つ届く。
――差出人は「瀬良くん」
(え……?)
瀬良からの突然のメッセージ。思わず心臓が跳ねるのを感じながら、画面を開いた。
『配信、見た』
その短い言葉に、美菜の目が見開く。
(あ……、瀬良くんもやっぱり聞いてくれてたんだ……)
驚きながらも、急いで指を動かす。
『ちょっと恥ずかしいけど、見てくれてたんだね』
しばらく返信はなく、美菜は少しそわそわしながらスマホを握りしめる。やがて画面が再び光った。
『まあ帰り際に告知されたしな』
たしかにみなみちゃんの配信をするとは言ったが、やっぱり見られていると分かると恥ずかしいものだ。
頑張ることの話、誰かに寄り添いたいという想い、美菜が考えていることが、瀬良にも伝わると嬉しいと感じてしまった。
(瀬良くんにも届いた……かな?)
『……感想は?』
恐る恐る送ると、すぐに返信が来た。
『お前らしい』
それだけのシンプルな言葉。でも、その一言に、美菜の胸はじんわりと温かくなる。瀬良は多くを語らないけれど、その短い言葉には、確かに美菜の想いを受け止めてくれた温度があった。
『ありがとう』
そう返すと、しばらくして、もう一つメッセージが届いた。
『美菜の頑張りも優しさも俺は知ってるよ』
美菜はスマホの画面を見つめながら、そっと笑った。
(瀬良くんって、私にはこういうとき優しいんだから)
心の奥が、じんわりと温かくなる。
『嬉しい。ありがとう!』
そう送ると、しばらく返信はなかった。瀬良のことだから、「そうか」くらいで終わるかもしれない。そう思いながら、スマホを置き、布団に潜り込む。
(……おやすみ、瀬良くん)
静かな夜。
心のどこかが、ふわりと温かいまま、美菜は静かに眠りについた。
***
翌朝、美菜は目を覚まし、部屋の中に差し込む柔らかな光に包まれていた。スマホを手に取り、昨夜のメッセージを再度読み返しながら、心がふわりと温かくなるのを感じる。
それから、何気なく通知を確認すると、瀬良からのメッセージが届いていた。
『今日は朝練一緒にする?』
その一言に、自然と顔がほころぶ。簡単な返事を送ると、しばらくしてから再びメッセージが届く。
『頑張ってるお前を見てると、俺ももっと頑張らなきゃって思う』
その言葉に、美菜は胸がいっぱいになる。少し照れくさくなりながらも、心の中で静かに嬉しさを感じていた。
(私もだよ、瀬良くん……)
またひとつ、彼との距離が縮まったような気がして、思わず微笑んだ。
***
その後、美菜と瀬良は集中して朝練を始めた。いつものようにお互いの技術を高め合い、無駄なく効率的に練習を進めていく。
いつも通りのペースで進んでいるはずだったが、今日は何かが違った。いつもの時間より少し早く、店のドアが開く音がした。振り返ると、そこには田鶴屋と木嶋がすでに来ていた。
「河北さん、瀬良くん、おはよ〜!いや〜!昨日の配信、すごく良かったよー!みなみちゃんの真剣なところが伝わってきて、心に響きましたなぁ〜!」
と田鶴屋が笑顔で声をかけてきた。
美菜が驚きの声を上げると、田鶴屋がニヤリと笑って言った。
「さすがみなみちゃんって感じだった」
木嶋も笑顔で頷きながら言う。
「うんうん、俺本当に嬉しかったなぁ!!!言ってほしかった言葉をくれたって感じで、俺めっちゃ響いた!!」
美菜は少し照れくさくなりながらも、心の中で嬉しさが湧いてくる。
「ありがとう、田鶴屋さん、木嶋さん。そんなふうに言ってもらえて、すごく嬉しい」
田鶴屋はさらにその嬉しさを引き立てるように、言葉を続けた。
「流石だよね、みなみちゃん。あの配信、あんなに感動的だったんだから。やっぱり俺の女神だわー。俺、古参リスナーだからさ。ずっと見てきたんだよ、みなみちゃんの成長を。だからこそ、もっと応援しないとって思うね」
木嶋も負けじと、少しテンションを上げながら話す。
「俺もみなみちゃんのことを推してるからね!新参だけど、みなみちゃんの魅力はいっぱいあるから、これからも応援するね。毎回の配信が楽しみで仕方ない!」
美菜はその言葉に顔を赤らめ、少し動揺してしまった。そこに瀬良が割って入る。
「……二人とも、そんなにみなみちゃんのことを語ってるけど、美菜は俺のだからな」
瀬良がいつもより少し冷ややかな目で二人を見ながら言うと、田鶴屋も木嶋も一瞬言葉を詰まらせた。しかし、瀬良はその目を美菜に向けて、ふと表情を柔らかくした。
「俺だって、美菜のこともみなみちゃんも見てるからな。俺にとってみなみちゃんは、ただの配信者じゃないんだ」
その言葉に、美菜の心臓が一瞬大きく跳ねる。瀬良が続ける。
「俺は、美菜がどれだけ頑張ってるか、どれだけ周りに優しさを持って接しているか、全部知ってる。だから、これからもずっと支え続けるし、応援してる」
その一言一言に、美菜の胸がどんどん熱くなっていった。しかし、周りの二人も、そして自分自身も、全く予想していなかった事態が起きた。
美菜は顔を真っ赤にして、急に恥ずかしさが込み上げてきた。
「ちょ、ちょっと待って!瀬良くん、そんなこと言わないで……!」
そう言いながら、慌てて手で顔を覆ってしまう。その姿に、田鶴屋と木嶋が同時にクスクスと笑い出す。
「おお、瀬良くん、まさかそんなに言うとは思わなかったよ。さすが彼氏だね」
と田鶴屋が言うと、木嶋も
「ひゃーーー!羨ましい!」
と明るく反応する。
美菜はますます顔を真っ赤にして、瀬良を見上げるが、彼はいたって冷静にその場の空気を楽しんでいるようだった。
「そんなに恥ずかしがるなよ。俺は思ってる事を言っただけ」
「だ、だから、そんなの……」
美菜は言葉を詰まらせ、どうしていいのか分からなくなった。それでも、心の奥ではとても幸せな気持ちが湧き上がっていた。
瀬良の言葉には、どこか普段のクールな態度とは違う優しさが込められていて、美菜はその温かさに包まれているような気がした。
「ま、まあ……これからも、みんなで頑張っていこうね」
美菜が恥ずかしそうに言うと、田鶴屋がニヤリと笑って言った。
「その調子、みなみちゃん!俺たち、ずっと応援してるから!」
木嶋も続けて
「もちろん、俺も応援してるよ!」
と元気よく言った。
その後、皆で集中して朝練を再開したが、なんだかいつもよりも気持ちが高まったような気がして、美菜は内心でほっとしたのだった。
***
その日の仕事を終えて帰り道、美菜は瀬良と並んで歩いていた。少し疲れた顔をしているが、彼の存在が隣にあるだけで、なんだか安心できる気がした。
「今日もありがとう、瀬良くん」
「いや、俺の方こそ、ありがとうな。お前が頑張ってるから、俺ももっと頑張れるんだよ」
美菜はその言葉に、心の中でそっと微笑んだ。
「うん、私も瀬良くんがいるから頑張れる」
その言葉が、お互いにとって特別なものだと感じられる瞬間だった。
二人は静かに歩みを進めていた。疲れた体を引きずりながらも、美菜の心は温かかった。瀬良と一緒にいると、どこか安心感を覚える。
「瀬良くんとこうやって一緒に歩けると嬉しいな」
美菜がふと口にした言葉に、瀬良は少し驚いたように目を細めた。彼の口元がわずかに緩むのが見えたが、すぐに冷静な顔を取り戻す。
「俺もだよ」
美菜は照れ笑いを浮かべて、少し歩調を速めた。何か恥ずかしくて、無意識に顔をそらす。
「私、やっぱり瀬良くんといると安心する」
その言葉に、瀬良の表情が一瞬変わる。いつもの冷たさを少しだけ和らげ、優しさを垣間見せる。
「美菜がそんな風に言ってくれると、俺も嬉しいよ」
美菜はその言葉を胸にしまい込みながら、歩き続けた。普段なら口にしないようなことを素直に言ってしまう自分に驚きつつ、彼との距離が少しずつ縮まっていくのを感じていた。
二人の足音が重なり合い、静かな夜の街を歩いていく。途中、ふと見上げると、星空が広がっているのが見えた。美菜は足を止め、空を見上げた。
「綺麗だね、星」
瀬良もその視線を追いながら、軽く頷く。
「うん、こんなに晴れてる日は珍しいな」
そのまま少しの間、二人は星空の下で静かに立っていた。言葉は少なくとも、その静けさの中には確かな絆を感じることができた。
「ねぇ、瀬良くん」
美菜が少しだけ声をかけると、彼はすぐに振り向き、無言で彼女を見つめた。
「今日はありがとう、また明日も頑張ろうね!」
その言葉に、瀬良は少し嬉しそうに目を細めた。そして、ゆっくりと口を開く。
「もちろんだよ。俺も、美菜と一緒にいるともっと頑張りたくなる」
その言葉に、美菜はほっと胸を撫で下ろした。少し恥ずかしいけれど、でも、彼の言葉には心がこもっていると感じられた。
「うん、私もだよ!……新羅……がいると頑張れる……よ」
「………ッ」
突然名前を呼ばれ戸惑う瀬良。
「……反則」
「えへへ」
耳まで真っ赤になってしまった瀬良を見ながら再び歩き始め、少しずつお互いの気持ちが近づいていくのを感じた。どんなに小さな一歩でも、確実に二人の距離が縮まっていることに、心から安心していた。
家が近づいてきた頃、瀬良が立ち止まり、軽く頭を下げる。
「じゃあ、また明日な。お疲れ様」
美菜はその言葉に笑顔を浮かべ、ゆっくりと手を振った。
「お疲れ様、瀬良くん。気をつけて帰ってね」
二人はそれぞれ自分の道を歩み始める。美菜は少しだけ後ろを振り返り、瀬良の姿を見つめた。
(また明日も、頑張ろう)
心の中でそう誓いながら、家に帰るための足を速めた。




