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Episode108



木嶋は慎重にロッカールームへと足を踏み入れた。

奥のロッカーを見回し、自分のロッカーの前で足を止める。瀬良が言っていた通り、扉が少し開いていた。


(やっぱり…誰かが触ったな)


彼はゆっくりと扉を開け、中の荷物を確認する。仕事に必要な道具は一通り揃っているように見えたが、何かが微妙に違う気がした。


(…あれ?)


ふと、ロッカーの奥に押しやられるようにして置かれたペンケースを見つけた。


「…これ、俺のじゃないぞ?」


違和感を覚えた木嶋は、すぐにロッカーを閉め、何食わぬ顔で元へと戻った。


「おかえり、何かあった?」


美菜が小声で尋ねる。


「いや、なんか…俺のロッカーに変なものが入ってたんだけど」


「変なもの?」


「これ」


木嶋は取り出したペンケースを見せる。シンプルな黒のケースで、特に特徴はないが、見覚えはなかった。


「それ、誰の?」


「分かんねぇ。でも、多分誰かのだろ? わざわざ俺のロッカーに入ってたってことは…」


「犯人が隠した…?」


「かもな」


美菜と木嶋が顔を見合わせる。すると、そこへ瀬良が戻ってきた。


「…どうだった?」


「瀬良くぅん、俺のロッカーにこんなのが入ってたぁ」


少しおちゃらけながら木嶋がペンケースを見せると、瀬良の目がわずかに細まる。


「誰かの持ち物か」


「うん。でも、俺のじゃない。ってことは、多分犯人が何かを隠そうとしたんじゃないかって思うんだけど」


「なるほどな…」


瀬良はしばらく考え込んだ後、合流した田鶴屋に目を向ける。


「田鶴屋店長、持ち主を探せば何か分かるかもしれないですね」


「そうだな。ちょっとスタッフに聞いてみるか」


田鶴屋は自然な動作でカウンターへと向かい、スタッフの手元をさりげなく観察した。


――15分後


「…ペンケース、津田のだな」


田鶴屋が戻ってきて、低く告げる。


「津田さんの?」


美菜が驚きながら尋ねると、田鶴屋は頷いた。


「さっき、何気なく話を振ったら『ペンケースが見当たらない』って言ってた」


「でも、なんで木嶋さんのロッカーに…?」


「……自分のものをあえて人のロッカーに入れるってことは、“誰かに罪をなすりつけようとした”可能性が高い」


「えっ…」


美菜の顔が強張る。


「つまり…犯人が津田だと?」


「いや、まだ断定はできねぇ。だけど、かなり怪しいのは確かだな」


瀬良が腕を組みながら言った。


「でもさ、仮に津田がやってたとして、問題がある」


木嶋が口を開く。


「俺と瀬良、両方とも昼休みの間、ロッカールームに出入りしてたけど、津田はずっとフロアにいたよな?」


「そうなんだよな…だから、単独犯じゃないのかとも思ったんだけど」


「共犯者がいる?」


「いや、そもそも”直接盗ったのが津田じゃない”可能性もある」


瀬良の言葉に、全員が息をのんだ。


「つまり、津田が誰かに頼んで盗らせてるか、あるいは、以前に盗んでおいたものを誰かが持ち出したか…」


「…確かに、最近物がなくなるタイミングって、全部津田さんがいる時間帯だけど、手を出せるタイミングがないんだよね」


美菜は改めて思い返す。


「つまり…アリバイがあるってことか」


「だが、状況証拠はそろいつつある」


瀬良は冷静に言い切った。


「もう少し証拠を集めれば、決定的な証拠が掴めるかもしれないな」


田鶴屋が頷く。


「よし、それぞれの持ち場で、何か決定的な証拠を探そう」


美菜、瀬良、木嶋、田鶴屋――それぞれが犯人を追い詰めるべく、動き出した。



***



美菜は星乃にさりげなく探りを入れる機会を狙っていた。津田が犯人である可能性が高いとはいえ、まだ決定的な証拠がない。協力者がいるのか、それとも単独犯なのか…慎重に情報を集める必要があった。


ちょうど接客と接客の間の休憩時間、星乃がスタッフルームでコーヒーを飲んでいるのを見つける。


(今なら話しかけられるかも)


美菜は自然な態度を装いながら、星乃の近くに立った。


「お疲れさまです。今日は朝から忙しかったですね」


「あ、美菜ちゃん。ほんとよね~。バタバタしすぎて、もうヘトヘト」


星乃は苦笑しながら、カップを両手で包むように持つ。その仕草を見ながら、美菜は少し話を振ってみることにした。


「そういえば…最近、ロッカーで物がなくなることが増えてるみたいなんですけど、星乃さんは何か気づいたことありますか?」


星乃の手が一瞬止まる。その反応を見逃さず、美菜はあくまで軽い雑談のように続けた。


「私は直接被害に遭ったわけじゃないんですけど、気になってて…」


「うーん…言われてみれば、なんか変よね。物がなくなるのって、普通に考えて偶然じゃない気がするし」


星乃は考えるように目を伏せた後、少し言いにくそうに口を開いた。


「実は…津田くん、この前休憩中にロッカールームで誰かと話してたのを見ちゃったのよね」


「え、それって誰とですか?」


「うーん…ちゃんと見てなかったんだけど、たぶん同じシフトの誰かだったと思う。でも、ちょっと険しい顔をしてたから、何か揉めてたのかも」


「険しい顔…」


美菜は胸の奥で何かが引っかかるのを感じた。


「星乃さん、その時のこと、もう少し詳しく覚えてますか?」


「えっとね…たしか、昼休みが終わる直前だったと思うのよ。私はちょうどフロアに戻るところで、二人が話してるのをチラッと見ただけだから、あんまりよく分からないんだけど」


昼休み直前。ちょうど物がなくなるタイミングと一致している。


(やっぱり、津田さんが関わってる…?)


「教えてくださってありがとうございます」


「ううん、でも…なんか気味悪いわよね。職場でこんなことあるなんて」


星乃は不安げに眉を寄せた。その表情を見て、美菜は少し申し訳なく思いながらも、やはり津田の動きをしっかり見極める必要があると改めて思った。


(…もう少し、慎重に探っていこう)


彼女は心の中でそう決意しながら、静かに息を吐いた。



***



美菜が星乃との会話を終え、フロントに戻ろうとしたとき、受付のあたりで田鶴屋と千花が話しているのが目に入った。


千花は少し困ったような顔をしていて、それに向かい合う田鶴屋は腕を組みながら何か考え込んでいる。


(休みの日なのに、千花ちゃんが来てる…?)


そう思った美菜が近づいていくと、千花が彼女に気づいてぱっと顔を上げた。


「あ、美菜先輩!」


「千花ちゃん? どうしたの?」


「いや、それがですね……昨日、ちょっと気になることがあって……」


千花は少し言いづらそうに口ごもる。


「何があった?」


田鶴屋が促すと、千花は「うーん……」と考えるように一度唇を引き結び、それから意を決したように話し始めた。


「えっとですね、昨日の話なんですけど……。たぶん、津田さんが木嶋さんのロッカーからハサミを取ってたんですよ」


「……津田が?」


美菜と田鶴屋が同時に反応すると、千花は頷いた。


「はい。私、昨日フロアに戻る前にロッカールームに寄ったんですけど、その時に津田さんが木嶋さんのロッカーの前にいて……。なんか、扉の隙間から手を入れて、ごそごそしてたんですよね」


「……それ、完全に盗ってるところじゃん」


美菜が低く呟くと、千花は「ですよねぇ」と眉を寄せた。


「で、私も『あれ?』って思って、思わず『津田さん、何してるんですか?』って声をかけたんですよ。そしたら、めっちゃ睨まれて……」


「睨まれた?」


「はい。で、『何もしてない』とか言われたんですけど、その時、津田さんの手にハサミがあって……」


「それ、木嶋のハサミだった?」


「たぶん……。その後、すぐに津田さん、ロッカーの中に何か戻すみたいな仕草をしてました。でも、私が見てるのが分かったからか、すっごい怖い顔で『ロッカールームでサボる暇あったら帰る前に練習でもしろよ』って言われて……。めっちゃ怖かったんで、私もそれ以上何も言えなくて……」


千花は肩をすくめながら、少し申し訳なさそうに続けた。


「で、その後、津田さんはバツが悪そうに退勤していったんです。でも、私もなんかモヤモヤしてて……」


「……木嶋くんには言った?」


田鶴屋が鋭く尋ねると、千花は「あ、それがですね」と言って、少し考えるように口元に指を当てた。


「昨日、練習を終えて私が帰ろうとした時に、ちょうど木嶋さんとすれ違ったんですよ。で、なんかロッカーの前で無言で固まってて……」


「……」


「たぶん、その時にハサミがなくなってるのに気づいたんじゃないかなって。木嶋さん、すっごい真剣な顔してロッカーの中見てましたから」


「木嶋くんは、そのこと何か言ってた?」


「いえ、何も。でも、なんていうか……。めっちゃ焦ってる感じがしました」


千花は心配そうに眉を寄せる。


「で、私、昨日は確信もなかったし、何も言わずに帰ったんですけど……やっぱり気になっちゃって。今日、お休みなんですけど、確認しに来ちゃいました!」


千花が申し訳なさそうに笑うと、田鶴屋は「ふむ」と小さく唸った。


「……決まりだな」


「はい……もう、確定ですよね」


美菜も深く息をつきながら頷いた。


――犯人は、津田。


彼が木嶋のロッカーからハサミを抜いていたという事実。

千花がそれを目撃し、問い詰められると逆ギレしたこと。

そして、その後に木嶋がロッカーを開けて、焦った様子を見せていたこと。


これだけの証拠がそろえば、もう言い逃れはできない。


「田鶴屋店長、どうします?」


美菜が田鶴屋の方を向くと、彼は一度腕を組み、それから静かに口を開いた。


「……まずは、本人に確認するしかねぇな」


「ですよね」


美菜が頷くと、千花も「わ、私も何か手伝えることありますか!?」と前のめりに聞いてきた。


「いや、お前は休みの日なんだから、無理に巻き込まなくてもいいぞ」


田鶴屋が苦笑すると、千花は「ええっ!? でも、私が最初に見たんですよ!?」と食い下がる。


「ありがたいけどな。まぁ、まずはこっちで動いてみるから、無理はすんなよ」


「うう~、分かりました……。でも、何かあったら呼んでくださいね!」


千花は少し名残惜しそうにしながらも、「じゃあ、私はこれで!」と元気よく手を振って帰っていった。


彼女の姿が見えなくなると、美菜はふぅっと息を吐く。


「さて……じゃあ、決着をつけますか」


「だな」


田鶴屋が頷き、美菜とともにフロントを後にした。


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