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Episode107



美菜は家に帰ったあと、みなみちゃんとしての配信をしていた。

今日はゲーム配信をする気にはならず、リスナーとの会話を楽しむ雑談配信にした。

ある程度リスナーとの会話を楽しんだあと、美菜は思い切って話をしてみる。


「…あ、あのね、私からもみんなに聞いてほしいことがあってね」


少し躊躇いながら、みなみちゃんはそう切り出した。雑談配信のいつもの軽やかな雰囲気から一転して、彼女の声音にはどこか迷いが混じっている。


『どした?』

『みなみちゃんが悩み相談なんて珍しいw』

『何でも話して!』

『俺たちで力になれることなら!』

『どしたん?話聞こか?』

『流れ変わったな…』


コメント欄にはすぐに心配するリスナーの言葉が流れる。みなみちゃんは画面を見ながら、小さく息を吸った。


「うん、えっとね…私の友達の話なんだけど」


美容師であることがバレないように、慎重に言葉を選びながら話し始める。友人が最近職場で小さなものをなくすことが増えていること、最初は気のせいかと思っていたけど、続くうちに偶然とは思えなくなったこと。そして、それが誰かの悪意によるものかもしれないこと。


「…もし、これがいじめだったらって思うと、すごく悔しくて。でも、その証拠もないし、誰がやってるかも分からなくてね」


声を落としながら続ける。助けてあげたいのに、どうすればいいのか分からない。その無力感が、みなみちゃんの胸の奥を締め付けていた。


『それ、結構ヤバくない?』

『ガチでいじめの可能性あるよね』

『職場とかだと証拠がないと動きにくいよね』

『監視カメラとかないの?』


リスナーたちはすぐに真剣な反応を見せた。みなみちゃんは「うーん…確かカメラは入口にしか無かったよなぁ」と考え込む。


『物がなくなるって具体的にどんなの?』

『友達の持ち物? それとも職場の備品?』


「うーん…例えば、仕事に必要な道具とか、小物とか…でも、どれもすごく大事なものなの」


あくまで職場の詳細や個人の情報は伏せながらも、できるだけ状況が伝わるように説明する。


『それ、ただの紛失じゃないよね』

『嫌がらせだとしたら、持ち主が困るものを狙うはず』

『お、探偵系になってきた』

『真実ハイツモヒトツ!(〇-〇)』

『物が無くなる頻度とか、決まったパターンある?』


「うーん…そういえば、最近特定の時間帯に多いかも」


話しているうちに、今まで気づかなかったことが整理されてくる。たしかに、木嶋曰く、物が無くなるのは決まって忙しい時間帯の後で、ふと気づいた時には無くなっていることが多かった。


『忙しい時間帯の後ってことは…その時に怪しい動きをする人がいるかも?』

『わざと混乱に乗じて何かしてる可能性もあるよね』

『てかやってる犯人やばwww』

『休憩時間とか、ロッカーとかの管理はどうなってる?』


「うーんと、そうだね…休憩の時はみんな席を外してることが多いかな」


コメント欄の意見を読んでいるうちに、もしかすると休憩中に何かが起きている可能性が高いと気づいた。


『じゃあ、その時間帯を重点的に気をつけてみたら?』

『持ち物の管理を工夫するとか』

『てかみなみちゃんがいじめられてんの?』

『↑友達の話って最初に言ってたぞ。知らんけど』

『仲のいい人にだけこっそり相談してみるのもアリかも』

『今北産業』


「うん…たしかに、それなら少しでも手がかりが掴めるかも」


悩みを話すうちに、頭の中が整理され、リスナーの意見から新たな視点が得られる。美菜は画面に向かって、小さく微笑んだ。


「みんな、ありがとう。すごく参考になった…なんか、ちょっと光が見えた気がする」


コメント欄には『少しでも力になれたならよかった!』『また何かあったら話してね!』『応援してるよ!』と温かい言葉が並んでいた。みなみちゃんは画面越しに頷きながら、心の中で決意を固める。


(…明日から、もっと気をつけてみよう)


まだ問題の解決には至っていないが、少なくとも手がかりを探る方法は見えてきた。リスナーたちの言葉を胸に、美菜はそっと息を吐いた。



***



美菜はいつもより少し早く出勤し、瀬良と田鶴屋、木嶋を呼び出した。田鶴屋はカウンター業務の合間を縫ってやってきたらしく、腕を組んで待っている。瀬良はコーヒーを片手に、無言で話の続きを待っていた。木嶋はいつもの調子で「お、ミーティング?」と軽く言いながらも、瀬良に「お前のためのな」と言われすぐに真剣な表情に切り替わる。


「昨日、ちょっと考えてみたんだけど…」


美菜は周囲を確認しながら、声を落として話し始めた。リスナーたちの意見を参考に、紛失が多発する時間帯や状況を整理したこと。そして、休憩時間中に何かが起きている可能性が高いことを伝える。


「だから、今日からしばらくの間、休憩時間にみんなで順番にサロンの様子をこっそり見ておこうと思うの」


「なるほどね。犯人が何してるか確かめるわけか」


田鶴屋が腕を組んだまま頷く。瀬良は静かにコーヒーを飲みながら、美菜の言葉を噛みしめるように考えていた。


「でもさ、休憩中に見張るって言っても、あからさまにやったら警戒されるんじゃね?」


木嶋が眉をひそめる。


「もちろん、目立たないようにするつもり。例えば、ちょっと忘れ物を取りに来たふりをするとか、お客様用の雑誌を整理するふりをするとか」


美菜が説明すると、木嶋は「なるほど」と軽く指を鳴らす。


「でも、それだけだと決定的な証拠は掴めないよな?」


瀬良が静かに口を開いた。彼の言葉に、田鶴屋も小さく頷く。


「まあな。見ただけじゃ言い逃れされる可能性もあるし」


「……だから、もうひとつ考えたことがあるの」


美菜は少し躊躇いながら続ける。


「小さなICレコーダーを使ってみるのはどうかなって」


「おお、それは名案!」


木嶋が即座に反応する。田鶴屋も「それなら言い逃れできなくなるな」と納得したように頷いた。


「でも、それって大丈夫なのか? 勝手に録音して問題にならないか?」


瀬良が慎重に問いかける。


「うん…そこは私も気になってて。だから、あくまで『もし音が聞こえたら参考にするだけ』っていうスタンスにしたい。証拠として使うんじゃなくて、何が起きてるかを把握するためにね」


美菜の言葉に、瀬良は少し考え込んだあと、静かに頷いた。


「…まあ、それならありか」


「じゃあ決まりだな。今日は休憩時間、俺と瀬良が様子を見てみるよ」


田鶴屋が手を挙げると、瀬良も「了解」と短く返す。


「それなら俺は雑誌整理係でもやるわ」


木嶋も軽くウィンクして、場を和ませた。


美菜は仲間たちの協力に胸をなでおろしながら、小さく息を吐く。


(…これで、何かわかるといいんだけど)


見えない悪意の正体を暴くため、彼らはそれぞれの役割を胸に、仕事へと戻っていった。



***



昼の忙しい時間帯がひと段落し、スタッフたちは順番に休憩を取る時間になった。美菜はカウンター越しにホールを見つつ、心の中でそっと息を整える。


(ここからが本番…)


田鶴屋と瀬良は、いつも通りの自然な動作で休憩に入る。だが、今日はいつもと違い、交互にバックルームを出入りしながら、さりげなく様子をうかがう手筈になっていた。


「さてと…俺もちょっと飲み物でも取ってくるか」


瀬良が低い声でそう呟き、バックルームを出ていく。彼が向かったのはスタッフ専用のロッカールーム。


一方、田鶴屋はカウンター近くの整理棚で、帳簿を確認するふりをしながら、フロアの様子を伺っていた。美菜と木嶋はそれぞれ仕事を続けながらも、意識は周囲の変化を探ることに集中していた。



***



ロッカールームのドアを開けると、中は静かだった。スタッフの荷物が置かれたロッカーが並び、清潔に整理されている。だが、ふとした違和感に瀬良の目が細まる。


(…誰かのロッカー、半開きになってる)


慎重に足音を忍ばせながら近づく。鍵がかかっているはずのロッカーの扉がわずかに開いていた。


「……」


周囲に誰もいないことを確認しつつ、そっと目を凝らす。


(…開いてるのは、木嶋のロッカーか)


だが、何かを触るわけにはいかない。瀬良はすぐにドアの隙間を確認し、そっとスマホを取り出して時間を記録した。


(今は動かない。誰かがここに来るかもしれない)


そう判断し、彼は一旦ロッカールームを出た。



***



美菜は予約表の確認をしながら、さりげなくフロアの奥に視線を送っていた。


「なんか、それっぽい動きあった?」


木嶋が低い声で美菜に囁く。


「ううん、まだ。でも、瀬良くんがさっきロッカールームに行ったきり戻ってこない」


「ほう…じゃあ、何かあったかもな」


「……」


「……美菜ちゃん、なんか大事になってきたけど、一個言ってもいい?」


「なに?」


「俺ら探偵みたいでちょっとわくわくしない?」


「……木嶋さん………」


二人が言葉を交わしたその時、瀬良が静かに戻ってきた。その表情には微かな警戒の色が浮かんでいた。


「…ロッカー、誰かが開けてた形跡があった」


「えっ」


美菜が息を呑む。


「俺が見たとき、木嶋のロッカーが半開きになってた」


「は!?またやられたの!?」


木嶋が思わず声を上げそうになり、美菜が慌てて「しっ」と口元に指を当てる。


「でも、何か取られたかどうかまでは分からない。木嶋は後で確認しに行ってくれ」


「お、おう」


木嶋が不安そうに返事をする。

その表情を見ていた美菜は手をぎゅっと握りしめながら、心の中で願う。


(どうか、何か掴めますように…)


――緊張感が張り詰める中、ついに真相に近づく時が迫っていた。


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