Episode104
ゲームの画面が再び明るくなり、対戦モードのロビーが表示された。
「さて、次はどっちが勝つかなー?」
美菜がコントローラーを握り直しながら挑発的に笑う。
「前の試合、美菜が運で勝っただけだろ」
瀬良も負けじと応じる。
「運も実力のうちって言うよ?」
「言うやつは大体負けるんだよ」
そんな軽口を叩きながら、二人はゲームを再開した。
***
試合が終わる頃には、すっかり夜も更けていた。
「やっぱり瀬良くん、強いなぁ……全然勝てない」
美菜はため息をつきながら、コントローラーを膝の上に置いた。
「美菜も悪くなかった」
「本当?」
「ああ、でもまだまだだな」
「くっ……いつか絶対勝つからね!」
美菜は拳を握って宣言するが、瀬良は余裕の表情で肩をすくめるだけだった。
「楽しみにしてる」
そんなやり取りを交わしながら、二人はソファの背にもたれかかった。
美菜は心地よい疲れを感じながら、ゆっくりとまぶたを閉じる。
「……なんか、眠くなってきた」
「なら、もう寝ろ」
「うん……」
瀬良の言葉に応じるように、美菜は静かに目を閉じた。
リビングの明かりは落としてあり、画面の柔らかな光だけが部屋を照らしている。
しばらくすると、美菜の肩が僅かに落ち、規則正しい寝息が聞こえ始めた。
「……おい、美菜」
返事はない。
「本当に寝たのかよ……」
瀬良は小さく息をついて、美菜の頭が痛くならないように、そっと肩の角度を調整した。
彼女の寝顔を見て、少しだけ口元を緩める。
「全く……油断しすぎだろ」
呆れたように言いながらも、瀬良の声はどこか優しかった。
そのままにしておくのも気が引ける。
瀬良は慎重に体勢を整えると、そっと美菜の体を抱え上げた。
「……軽いな」
思わず呟いた言葉は、自分にしか聞こえないほど小さな声だった。
美菜は何の抵抗もなく、彼の腕の中に収まっている。
顔を覗き込めば、静かに眠る彼女の表情が視界に入る。
「……はぁ」
瀬良はひとつ息をついて、寝室へ向かった。
ベッドまで運び、そっとシーツの上に美菜を寝かせる。
掛け布団を引き寄せ、肩まで優しくかけてやると、美菜が微かに身じろいだ。
「……ん……」
無意識に瀬良のシャツを掴むような仕草をする。
「……美菜?」
囁くように言ってみるが、美菜は眠ったまま指先を緩めない。
瀬良はしばらく腕を引くのをためらった。
「……仕方ねぇな」
小さく呟くと、優しくその手をシーツの上に戻し、指をほどく。
美菜の寝顔をもう一度見て、静かに一緒に横になる事にした。
部屋の明かりを落とし、瀬良も目を瞑る。
「おやすみ、美菜」
その言葉が届いたのかどうかはわからない。
ただ、彼女の寝息は穏やかで、安心しきった様子だった。
***
静かな寝息が部屋に満ちていた。
瀬良は仰向けのまま、天井をぼんやりと見つめていた。腕の中に収まる美菜の存在が、いつもとは違う静けさを生んでいる。
美菜は寝返りを打ったのか、さらに瀬良に身を寄せるように顔を埋めた。その仕草がくすぐったくも愛おしい。
「……ほんと、無防備すぎんだろ」
誰に言うでもなく、呟いた。
美菜の髪がかすかに瀬良の首元をくすぐる。微かに香る匂いが心地よい。
瀬良は無意識に彼女の頭をそっと撫でた。
その指先の動きに応じるように、美菜が微かに身じろいだ。
「ん……」
まぶたがゆっくりと開く。
ぼんやりとした意識のまま、美菜は自分の状況を把握しようとした。
(……え?)
目の前にあるのは瀬良の胸元。
そして、自分は確かにその腕の中にいる。
(……あれ、これって)
自分がどんなふうに眠りについていたのかは、はっきりと覚えていない。ただ、ゲームをしていたはずで、気づいたら寝落ちしていたのは間違いない。
少しだけ顔を上げる。
「あっ……」
瀬良の顔が近かった。
驚いて動こうとするが、腕が優しく回されているせいで、簡単には離れられない。
「……起きたのか?」
低く、少し掠れた瀬良の声が耳元で響いた。
その声に、胸がドキリと跳ねる。
「……ん、うん」
眠気が残る頭で状況を整理しようとするが、それよりも瀬良の腕のぬくもりが意識の大半を占めてしまう。
「……ごめんね、迷惑だった?」
そう聞くのが精一杯だった。
瀬良は短く息をつき、美菜の髪をゆっくりと撫でながら囁く。
「迷惑って思ってたら、こうしてねぇよ」
その言葉に、美菜の心がふわりと温かくなる。
(……ああ、幸せだなぁ)
こんなにも安心できる温もりの中で目覚めるのは、初めてだった。
心臓の鼓動が、瀬良に聞こえてしまいそうなくらいに高鳴っている。
瀬良の腕の中にいることが、どうしようもなく心地よくて。
しばらく、静かな時間が流れる。
「……もう少し、このままでもいい?」
気づけば、そんな言葉が美菜の口からこぼれていた。
瀬良は少しだけ間を置いてから、静かに「好きにしろ」と呟いた。
その言葉に甘えるように、美菜はそっと目を閉じる。
耳元で感じる瀬良の鼓動。
穏やかなぬくもりに包まれながら、美菜は再び夢の世界へと落ちていった。
その夜、二人の間には確かに、今までより少しだけ特別な温もりが宿っていた。




