Episode102
ショッピングモールの入り口をくぐると、少しひんやりした空気が肌を撫でた。館内は午後ということもあり少し賑わっていた。
「……どこから見よっか、瀬良くん」
「小物とか?」
瀬良は相変わらずそっけない返事をするが、繋いだ手を離そうとはしない。むしろ、ほんの少しだけ指に力がこもった気がした。
「じゃあ、雑貨屋さんから行こうよ。食器とか見たいし」
「ああ」
美菜が少し弾むような声で言うと、瀬良は短く相槌を打ち、そのままエスカレーターに乗る。隣に立つ彼の横顔をちらりと盗み見ると、少しだけ視線を落として、繋いだ手を気にしているようだった。
「……恥ずかしい?」
「いや」
「でも、ちょっと緊張してる?」
「……別に」
「ふふっ、そういうことにしとく」
美菜はからかうように微笑んで、そっと指を絡めるように手を握った。瀬良は何も言わなかったけれど、耳の赤さは隠せていない。
雑貨屋に入ると、明るい店内には春物のディスプレイが並び、賑やかな雰囲気が広がっていた。
「まずは食器から?」
「……ああ」
瀬良は繋いでいた手をそっと離しながら、店内を見回す。美菜は少しだけ名残惜しく感じながらも、その手の温もりを思い出して微笑んだ。
二人で雑貨コーナーを歩いていると、カップの棚の前で足を止める。
「どんなのがいいかな?」
「……別に、美菜の好きなのでいい」
「え?でも瀬良くんも使うんだし、ちゃんと選んでよ」
「……じゃあ」
瀬良は少し考えてから、シンプルな白いペアカップを手に取った。側面に小さく刻まれたゴールドのラインが、さりげなくおしゃれだ。
「これなら、お前も使いやすいだろ」
「わぁ、可愛い!これ、お揃いってことだよね?」
美菜が嬉しそうにカップを両手で包み込むと、瀬良は照れくさそうに視線を逸らしながら小さく頷く。
「……まあ」
「ふふっ、ありがとう。じゃあ、これにしよ」
レジで会計を済ませると、次はルームウェアを見に行くことになった。
「私、瀬良くんの家に泊まることもあるし、ちゃんとした部屋着があった方がいいかなって思って」
「……そうだな」
瀬良はさりげなく美菜の手を引きながら、ルームウェアのコーナーへと向かう。
「どんなのがいい?」
「んー、可愛すぎるのはちょっと恥ずかしいし……シンプルなのがいいかな」
「これとか」
瀬良が手に取ったのは、淡いグレーのゆったりとしたワンピースタイプのルームウェアだった。袖口に小さなリボンがついていて、シンプルだけど可愛らしいデザイン。
「美菜、こういうの似合うと思うよ」
「え、ほんと?嬉しい……じゃあ、これにしようかな」
美菜がそれを抱きしめると、瀬良は満足そうに頷いた。
「……あと、これも」
そう言って瀬良が差し出したのは、ふわふわのルームソックス。
「冷えんだろ」
「……っ、優しい」
「大袈裟」
美菜は思わず頬を染めながら感動しそっと受け取る。
そのリアクションを見た瀬良はクスリと笑った。
「じゃあ、これも一緒に買うね」
***
会計を済ませた後、二人はショッピングモール内のカフェで一息つくことにした。
テーブルに座ると、美菜はふとネックレスのチェーンに指を触れる。前に瀬良からもらったものを、今日はさりげなくつけてきていた。
「……それ」
瀬良の視線が美菜の首元に向けられる。
「ん?」
「……気に入ってる?」
「もちろん、大切にしてるよ」
美菜が微笑むと、瀬良は少しだけ口角を上げた。
「……そっか」
「ねえ、瀬良くん」
「ん?」
「今日、すごく楽しい」
「……俺もだよ」
照れくさそうにしながらも、瀬良の声はどこか優しくて。
その一言が何よりも嬉しくて、美菜はそっと瀬良の手を握った。
「……これからも、こういうデート、いっぱいしようね」
「……ああ」
瀬良の手は温かくて、しっかりと握り返してくれる。その優しさが、何よりも愛おしかった。
春の香りが漂う午後、二人は静かに微笑み合いながら、ゆっくりと時間を過ごしていた。
***
荷物を抱えながら、二人は瀬良の家へと向かっていた。外は少しずつ薄暗くなっている。
買い物袋の中には、新しく揃えた食器や雑貨、ルームウェア、それに瀬良がさりげなく選んだルームソックスまで入っている。
「結構買ったね」
「まあな」
袋に入ったお揃いの白いスリッパを見て自然と口元が緩む。
「お揃いって、なんか嬉しいね!」
「……そうか」
瀬良は少し照れくさそうにしながら、美菜の手を握った。
「うん、大事に使おうね」
「……ああ」
美菜は今日のデートを振り返る。
「楽しかったなぁ……久しぶりにこんなにゆっくり買い物したかも」
「お前、普段忙しいもんな」
「瀬良くんもでしょ?」
「まあな」
そんな何気ない会話を交わしながら歩いていると、ふと視界の隅にゲームショップの看板が映る。
(……ここのお店って、瀬良くんと最初に来たお店だなぁ)
あの日、美菜は瀬良の意外な一面を知った。クールで無口な彼が、ゲームの話になると少し熱を帯びた声を出す。そのギャップが新鮮だった。
「……寄ってく?」
瀬良がふと足を止め、美菜を見つめる。
「え?」
「行きたいんだろ?」
「……うん!」
美菜が頷くと、瀬良は何も言わずにゲームショップの入り口へと歩き出した。
店内に足を踏み入れると、相変わらずのゲームのパッケージがずらりと並ぶ光景が広がっていた。瀬良は自然とFPSのコーナーへと向かい、美菜はそれを横目に見ながら、ふとあるゲームを手に取った。
「ねえ、これって……」
「……お前が前に気になってたやつだろ」
瀬良は美菜の視線の先を見て、淡々と呟く。
「覚えてたの?」
「まあな」
「……ふふ、なんか嬉しい」
美菜が微笑むと、瀬良は少し視線を逸らしながら「買えば?」と短く言う。
「んー、どうしようかな……」
「……お前、買わないと後で後悔するタイプだろ」
「うっ……たしかに」
美菜は少し悩んだ後、意を決してゲームを手に取った。
「じゃあ、買っちゃおうかな」
レジへ向かう美菜を横目に、瀬良は少しだけ口角を上げた。
二人で店を出る頃には、すっかり日が傾いていた。柔らかな夕暮れの光が、ゆっくりと街を包んでいく。
「帰ったらやるのか?」
「うん、せっかくだし。瀬良くんも一緒にやろうよ」
「……ああ」
自然と手を繋ぎながら、二人は家へと歩いていく。
こうやって、一緒に過ごす時間が増えていくことが、何よりも嬉しかった。
***
「ゲームを買った帰り道ってさ、すっごいワクワクしない?こんなゲームかな、早くしたいなって考えるのが好きだなぁ」
「それは分かる。俺も帰り道も、パッケージ開ける瞬間も好き」
「オタクあるあるだね!」
二人は顔を見合わせて笑い合う。歩きながら、過去のゲームの思い出や、どんな風に遊ぶかなど、他愛もない話を続けた。
「今日はいい一日だったな」
「……ああ」
瀬良がそっと美菜の手を握る。その温もりに、美菜は幸せを感じながら、ゆっくりと帰路を歩いていった。




