Episode9
仕事終わり、約束通り美菜と瀬良はゲームショップへ向かった。
こういった風に瀬良と店を出て出かけるというのは研修以来で、どこか気恥しい気持ちになる。
「ここ、初めて来た!意外と広いんだね」
「ああ」
美菜は店内を見渡しながら言う。瀬良は慣れた様子でまっすぐレジへ向かうと、予約していたゲームを受け取った。
「何のゲーム買ったの?」
「RPG。まあ、前作もやってたしな」
「へえ……面白いの?」
「面白い」
ぶっきらぼうに言いながら、瀬良は袋を持って戻ってきた。
美菜はせっかく来たのだからと、店内を見て回ることにする。新作や人気のゲームがずらりと並び、どれも興味をそそられる。だが、そんな中でふと目についたのは、ショップの一角に設けられたVTuber特集のコーナーだった。
(やっぱり時代はVTuberなんだなー)
立ち止まりながら、美菜は「目指せVTuberデビュー!」と書かれた広告を手に取った。機材の紹介や配信のコツが書かれた冊子のようだ。
その時、不意に頭上から影が差し、瀬良の手がすっと伸びる。
「……VTuberとか興味あるのか?」
「ひゃっ!? え、いや、えっと……」
美菜は慌てて広告を後ろに隠す。
(ま、まずい……! こんなの見てたら、VTuberやりたいって思われるかも!というか既にしてるってバレるかもしれないし、私が『みなみちゃん』だって気づかれたら……!)
「そ、そんなに興味があるわけじゃないよ! ただ、ほら……最近すごい人気だから、ちょっと気になっただけ!」
「ふうん」
瀬良はそれ以上追及しなかったが、美菜は内心冷や汗ものだった。
(……そういえば)
ふと、以前瀬良と電話した時のことを思い出す。自分がやっているゲームを尋ねた時、彼は「内緒」「あまり知られたくない」と言っていた。
(……もしかして、瀬良くんも私と似たようなことを隠してるのかな〜……なんてね?)
そんな考えがよぎり、どこか共通点を感じてしまう。
「河北さん?」
「えっ? あ、ううん! なんでもない!」
瀬良が怪訝そうに美菜を見るが、慌てて首を振った。
***
一通りおすすめのゲームを紹介してもらった後、2人は外に出た。
「じゃ、帰るか」
瀬良が言うと、美菜は少し躊躇したあと、思い切って口を開く。
「あのさ、せっかくだし、ご飯でも食べに行かない?」
「……ご飯?」
「色々ゲームのこと教えてもらったし、お礼したいなって」
「別に礼されるようなことはしてないけど」
「いいじゃん、たまには!」
しばらく考えていた瀬良だったが、「……まあ、いいか」と渋々頷いた。
***
適当に寄った居酒屋で、お酒を飲みながら食事をする事になった二人はとても不思議な気分だった。
「瀬良くん、意外とお酒飲めるんだね」
「まあ、普通には」
「もっと飲めなさそうなイメージだった」
「それ、お前が弱そうだからだろ」
「む……確かにそんなに強くはないけど」
軽口を叩き合いながら、自然と仕事の話をする時間は楽しい。
美菜はふと、なんだか同期っぽいこと、初めてしたなと思った。
そんな時、瀬良がぽつりと口を開く。
「……俺さ、同期とはあまり関わってこなかったから」
「え?」
「最初は、普通に仲良くしようと思ってたんだけどな」
グラスの氷を回しながら、瀬良は静かに続ける。
「でも、ある時、辞めた同期に言われたんだよ。『お前は天才でいいよな……』ってな」
美菜は言葉を失った。
「俺は別に、そいつらが悪いとは思ってない。ただ、そう言われてから、自然と距離ができた。俺自身、仕事についていくのに必死だったしな」
「……」
美菜は、知っている。瀬良が誰も見ていないところで、どれだけ努力しているかを。
けれど、正直なところ、自分も最初は彼のことを「天才」だと思っていた。
「……私も、瀬良くんのこと、最初は才能だけでやってる人だって思ってた」
瀬良が驚いたように顔を上げる。
「でも、知ったんだよね。瀬良くんが、人一倍努力してるってことを」
美菜は真っ直ぐに瀬良を見て、言った。
「だから、私は瀬良くんのこと、誇らしい同期だって思ってるよ」
しばらく沈黙が流れた後、瀬良はふっと笑う。
「……お前、真面目だな」
「そうかな?」
「そうだよ。けど……悪くない」
瀬良も、美菜のことを「努力家」だと認めていた。
***
瀬良は言わなかったが、過去に休憩室で同期が集まり、自分のことを羨むような悪口を言っているのをドア越しに聞いたことがあった。
(まあ、仕方ないか……)
そう思って立ち去ろうとした時、当時の美菜の声が聞こえた。
『羨ましいからこそ、私たちも負けないで努力しようよ! 悔しいから練習しようよ! いつか瀬良くんと並べたら、私たちかっこよくない!?』
自己主張の少なかった美菜が、珍しく強い口調で言っていたのを瀬良は覚えている。
(……あの時、お前だけは違ったな)
美菜自身は、あれを「庇った」とは思っていないかもしれない。
だが、瀬良にとって、それは確かに救いだった。
「おい」
「ん?」
「飲みすぎるなよ」
「え、私そんなに飲んでないけど!」
「いや、お前顔赤い」
「うっ……!」
結局、美菜は少し酔ってしまい、帰り道で瀬良に軽く支えられることになるのだった。




