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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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全然働きすぎじゃないよ、ただのスローライフっていうか

 コンコン、とノックが響き、タイタが扉を開ければ、料理長とベテラン使用人のマダムの一人が一礼して入ってきた。彼らは他の若い使用人を引き連れてやってきて、私達の前に揃って立ち、ビシッと頭を下げた。


「ミカ様、ザコル様、そしてアメリア様。今日までそのお力を惜しみなく民のためにお使いくださいました事、誠に御礼申し上げます」


 あ、何か嫌な流れを感じる。彼らの背後からゴゴゴゴゴ、という効果音まで聴こえてくる。


「しかし、水害の後始末もある程度落ち着いてきた事ですし、私共にも職務と体面というものが」

 話の途中だが、ズイッとザコルが一歩出る。

「はあ、堅いですね。ミカは働かないと鬱になるそうですから、多少は目こぼししてください。働きすぎないようには僕らが制御しますので」

「しかし!!」

「申し訳ないですが、僕にも職務と体面というものがありますので引きません。もしもミカが反発して出奔でもしたら、現状では捕らえられるのが僕くらいしかいないんです。お願いですからこれ以上護衛の難易度を上げないでください」



 しん……。



 そう言われて呆然とするしかない使用人一同。

 後ろで激しく頷いているハコネとエビーとタイタ。

 私の方をジトリと見つめるアメリアと同士村女子達。

 マジかよ、みたいな顔をしているカツオタコクラゲのトリオ。

 表情など崩さない優秀なテイラー家の侍女達。



 料理長が切り換えるように小さく首を振り、キッと強い視線でザコルを見返した。


「…で、ですが! もしミカ様がお逃げに? なったとしても、ザコル様にしか捕らえられないなどとは、このお方は戦闘員じゃあありませんし、しかも高貴な女性で」

「料理長、メイド長、あの、よろしいですか」


 ペータやユキを始めとした若い使用人チームが話に入ってくる。メイド長と呼ばれたマダムが嗜めようと動く。

「……何、あなた達。今大事な話を」

 ぼそぼそ。

「……ミカ様が本気で走られたら、ザコル様くらいにしか捕まえられないというのは本当です」

 ぼそぼそ。

「それは……本当に? そりゃ、イーリア様や町長様はよく走るとお褒めになってたけど…あれは…」

 ぼそぼそ。

「あれは世辞でも策略でもなく全て真実です。屋敷内で追いかけっこなさっている姿は僕も目撃していますが、とても常人の及ぶ速さではないです。そもそもあのメリーを実力で目覚めさせたお方ですよ。メイド長も朝の鍛錬をご覧になればすぐに納得されるはず」

 ぼそぼそぼそぼそ……

 じっ。使用人全員の視線が私に集まった。


 コホン、とザコルが咳払いで注目を戻す。


「この屋敷に勤める者達は、基本的にあの鍛錬には参加していませんから知り得ないでしょうが、ペータ達の言う事は嘘じゃありません。とにかく、次にミカに振り切られたら物理的に僕の首が飛びます。それにこちらのアメリアお嬢様も、ミカと調理をなさるのを楽しみにしておられますから」


 話を向けられたアメリアは、小さな拳を握ってうんうんと頷いてみせる。アメリアはザコルに加勢するようだ。


「まあ、あちらの女子達はむしろあなた達と考えが近そうですが…」


 同士村女子達がむん、と腕をまくる。私にこれ以上仕事させてなるものかという熱意が伝わってくる。というか彼女らは今日そのために参加しているらしい。


「みんな、何でそんなに私から仕事を奪いたいの…」

「ミカ様は働きすぎなんです!! さっきみたいにちょっと優しくされただけで泣くなんて相当お疲れの証拠ですよ!! 猟犬様のあれはズルいっていうかちょっとこっちもときめいちゃいましたけど!!」

「だからね、あれは魔力過多っていうか、推しからの供給過多っていうか…。お風呂沸かしたら一発で落ち着いたし…」

「だったら優雅に腰掛けられて魔法だけお使いになられたらいいんです!」

「いやいやいや、木べらくらいは持たせてよ」


 ちょっと感動して泣いたくらいで過労の人みたいに思われても困る。元社畜に言わせればこんな程度ちっとも過労じゃない。本当の過労っていうのはもっと……いや。


「こんなの全然働きすぎじゃないよ、ただのスローライフっていうか」

「何おっしゃってるんですか、スローライフがこんなに刺激的であっていいわけないです!!」

「猟犬様までミカ様を働かせようとなさるなんて! あなた様が止めなければ誰が止めるんですか!」


 女子達の矛先がザコルに向いた。

 かの深緑の猟犬にここまで堂々と意見できる平民女子も他にいないだろう。


「まあまあ、彼は不可抗力で言ってるんだよ。それに、ここ二日ほどは平和でよく休めてるし」

「つい三日前に拐われて戦に巻き込まれたというのに何が平和ですか! あれから護衛を寝室にまで入れる事になって、よく寝られているわけないでしょうに!!」

 メイド長が叫んだ。過去一で熟睡できてるとは言えない。

「その上、山のような量の芋に火を通されたり、ジャムをこの部屋の壁一面に積み上げたり、どこが休んでいるっていうんです!!」

 料理長も叫んだ。


「山犬殿に巻き込まれる形だったとはいえ、大事な聖女様に芋の皮剥きまでさせるだなんて…! ふぐっ」

 …そんな、泣くほど思い詰めるような事だろうか。予定されていた献立を狂わせたかもしれないし、むしろこちらが出しゃばってすいませんと謝りたいくらいなのだが。


 本物のお貴族様であるザコルやアメリアはともかく、私の事なぞもっと便利に使ってくれればいいのに。どうせ魔力は困るくらいに有り余っている。せっかくなので役にたつ形で使いたいだけだ。

 まあ、彼らは私が魔力を使うかどうかより、客の手をこれ以上煩わせてはならぬという、プロの使用人としてそう言ってくれているだけだろう。


 …ふむ、押し問答している時間ももったいないな。


「まあまあ皆さん。今日はお風呂も何度も沸かせないでしょうから、私の魔力放出はこの林檎ジャムにかかってるんですよ。魔法を定期的に使わないと私は号泣しますので。というかさっきも号泣してましたから。早くやりましょうよ。今日の目標は千瓶ですので。私も優雅に座っている暇などありません。よろしくお願いします」


 少々圧をかけながら畳み掛けるように言えば、メイド長も料理長も女子達も黙るしかなくなった。ごめんよ。

 あと、部屋の隅で「千…マジかよ」って呟いてるカッツォとラーゲもごめん。




「今日こそは負けねえぞケーキ野郎!!」

「何のために体力温存したと思ってんだてめえに圧勝するためだこのパン野郎!!」


 パン屋とケーキ屋の代理戦争を仲良く繰り広げるエビーとカッツォに、同じく皮剥きをする女性陣が白けた視線を送る。


「確かに剥くのは早いですけどお…。あのチャラ男はもう少し静かにできないんでしょうかねえ」

 じと、とエビーの方を見つめるピッタに、侍女の一人であるハイナが吹き出した。


「ピッタさんはエビーとも仲良くしてくださってるのね。…ああ、私は幼馴染の一人なの。というか、この部屋にいるテイラー出身は、ハコネ団長を除いてみんな幼馴染なのよ」

「あ、お友達に失礼な事を言って申し訳ありません」

 頭を下げようとするピッタを侍女達が止めた。

「いいのよ、エビーがうるさいのは事実なのだし」

「すぐ調子に乗るから、叱ってやってくださいな」

 侍女達は朗らかに笑った。


 皮剥き要員は、エビー、カッツォ、ピッタ、ティス、ベテラン調理メイドの女性達、ユキを始めとしたメイド見習い一同だ。



 料理長は、林檎を手際よくカットしながらも呆然と前を見つめていた。

 器用だけど危ないな…。


 彼の視線の先では、ザコルが常人の目には見えない手捌きで林檎をカットしていた。ストトトト、という音とともに、林檎のかけらが弧を描いてボウルに入れられていく。


「おお、これがエビーの言っていた林檎のカット技術ですね! まさに冗談のような光景です!」

「タイタ、余所見をしていると自分の手にナイフを入れる事になるぞ。君はまず、その小さいナイフに慣れるのを目標にしろ」

「はい! 精進いたします!」

 タイタは速度は二の次にして、林檎をとにかく均等にカットする事に集中している。カットは皮剥きに比べればまだ難易度が低いし、ザコルが面倒を見ると言って隣に置いている。


 カット要員は、ザコル、タイタ、ラーゲ、ルーシ、料理長、メイド長、ペータを始めとした従僕と従僕見習い一同だ。今回は人も多いしアメリアもいるからか、サモン達は連れてこられていない。


 アメリアは今回ナイフを持たない事にしたらしく、ユーカやカモミと一緒に瓶詰め係をしてくれていた。

 ユーカとカモミは、手が空いた時に皆が出した生ゴミなどを定期的に集めにも行っている。また、瓶の詰まった重い木箱などはハコネとコタが部屋の護衛をしがてら運んでくれている。そういう細かい雑用を引き受けてくれる人がいると、現場は思った以上にスムーズに回るものだ。


 私はというと、椅子に座らされた状態でボウルの中身に魔法をかけ、木べらで丹念にかき混ぜている。よし、と頷けばサッとボウルは回収され、次のボウルが目の前に置かれる。本当に木べらしか持たせてもらえなくなった。後はたまに瓶の消毒が回ってくるのみである。


「それくらいしてもらわないと捌けないペースでカット林檎が上がってきてるから文句はないんだけど、ないんだけどおおお」

 たまには皮剥きやカットもしたい、などと言える雰囲気ではない。完全分業制だ。

「その工程はミカお姉様にしかできませんわ。存分にお力を振るいくださいませ」

「そうなんだけどおおおお…!」

 レードルを使って瓶にジャムを詰めているアメリアが優雅に微笑んだ。




 そんなわけで、今日もまた食堂の壁はジャムの瓶が入った箱で埋め尽くされた。

 目標千瓶、までは届かなかったが、七百瓶と少しまでは到達できた。というか、瓶の在庫が尽きた。


「瓶に入りきらなくて余っちゃったジャムがあるんですが、料理長さんは夕飯などで使いますか?」

 加工は済んでいたものの、先に瓶の在庫がなくなってしまって余ったボウルいっぱいのジャムを料理長に見せる。

「いえ、今日の夕飯はもうほとんど出来上がっておりますし、明日の献立もほぼ決まっていまして…」

「じゃあ、一つ我が儘を申してもよろしいでしょうか」

「我が儘を!? もちろんです! 何なりと! 何なりとどうぞ!」

 急に前のめりの料理長に引きつつ、ヨーグルトと牛乳と蜂蜜を所望してみる。よしきた任せろと彼は厨房へ飛んでいった。


 蜂蜜を加えた事により、甘味が少しだけ増した林檎ヨーグルトフラッペは、その場にいた人全員に配られる事になった。



「皆に振る舞いたいなどと、ちっとも我が儘ではありません。もっと、メニューを好みに変えろとか、茶菓子を用意しろくらい言ってくださってもいいのに」

 料理長が何やらプンスカしながらもフラッペを美味しそうに飲んでいる。器用だ。


 そういえば、この料理長とは腰を据えて話した事はなかったかもしれない。彼は元々騎士団の団員兼調理係だったそうで、退団後はここに勤めているのだと教えてくれた。何というか、結構面白い人のようだ。


「料理長さんったら。この非常時に、というかお世話になっている身でそんな身勝手な事言えるわけないでしょう。勝手に調理器具を借りたり、勝手に患者に何か振る舞ったりしてるだけで相当な我が儘だと思いますけど」

 こだわりの強い調理人なら、関係者以外を厨房に入れるのでさえ嫌がる人もいるだろう。

「ミカ様が道具を丁寧に扱われるお方なのはよく存じております。それに、他ならぬ患者に精をつけさせるためという理由で、貴重な魔法を調理に惜しげもなく使ってくださるというのに、それが身勝手にあたる訳がありませんでしょう。俺も珍しい料理を見せていただけて役得でございました。ああ、この林檎ヨーグルトフラッペも美味だが、ベリーのフラッペとやらも本当に美味だった。もしここにドーラン様がいたら、ボウルごとぶんどって下々の者になど一口も食べさせませんでしたよ! 間違いない!!」


 ふと後ろを見れば、フラッペを三回おかわりした上にボウルを一つ抱え込み、林檎のカットくずみたいなものをパクパクと食べ続けている領主ご子息の姿もあるが、そこはまあスルーでいいらしい。


「ドーランさんって、リネン室に追いやられてましたよね? よくそんな人が自分のベッドを明け渡しましたね」

「あの水害の夜ですか。あの日ばかりは、あのお優しい奥様が珍しくブチギレ…いえ、お怒りになったんですよ。目の前で痛みや寒さに喘ぐ民がいるのに、自分一人であの広いベッドを使おうとは何事かと。これまでドーラン様や執事長の言う事には割と穏便に頷く方でしたから、あの剣幕には使用人一同びっくりしたもんです。ドーラン様もすっかりビビっちまって、大人しくリネン室で一人爆睡…」


 料理長は、はあ、と溜め息をついた。

 あの夜に一人で爆睡していたのなんて、この屋敷では軽傷の患者とドーランくらいだろう。マージも使用人達も夜通し駆けずり回っていたはずだ。

 この人も、あのママ友軍団や使用人マダム達と同じように、マージの長年の苦労を理解している一人のようだ。



 ◇ ◇ ◇



 同士村女子達は避難民への夕食配膳を手伝うからと引き揚げ、屋敷の使用人達も夕食準備のために退室していった。

 部屋にはテイラー勢だけが残る。


「はあ、本当に七百瓶も作るとは…。まるで戦場のようだったというか、まさに冗談のような光景だったというか」

 昼から護衛として立ちっぱなしだったハコネに椅子を勧めると、彼は素直に腰掛けてそんな事を言った。

「ふふ、私は木べらしか持たせてもらえませんでしたけどねえ」

 ハコネはそりゃそうだろう、という感じで笑う。


「昨日のと合わせたら千二百瓶以上にはなりましたね。これなら、カリューの方に持って行っても一世帯に一瓶以上は配れそうです。思いつきみたいな感じで始めた事だったけど、本当に冬支度の一端を担える量ができるとは。皆に感謝ですね。あとシータイの大規模林檎農園にも感謝」

 合掌。

「よく分からんが、ジャムをやって感謝されるのは貴殿の方じゃないのか…? まあ、確かに美味かったし、腹の足しにくらいは」

「いや、多分違うんすよ団長。俺もよく分かんねえけど、この林檎ジャム食わせときゃ冬の間に体壊す人が減るとかなんとか」

「は? それはまさか…」

 エビーの言葉に、ハコネが眉を寄せた。魔法効果でも付与したと思われたか。

 私は首を横に振る。

「安心してください、普通の林檎ジャムですよ。そう、何の変哲もないジャムなんですが、これを毎日ちょこちょこ食べていれば、ビタミン不足による壊血病とかはそこそこ防げると思います。風邪も少しはひきにくくなるだろうし」

「その壊血病とは、遠方に渡るような船乗りがよくなる病か? 確か、新鮮な野菜や果物を摂れば解決すると港の騎士に聞いた事があるような…」


 ハコネがぶつぶつと呟きながら考え込む。

 その言葉を聞く限り、この世界でも壊血病への対処法は知られているらしい。それが船乗りの経験則によるものなのか、どこぞの渡り人知識のよるものかは判らないが。


「…そうか、冬場に近づくにつれ野菜や果物は不足する。しかもこの雪だ。真冬ともなれば、何日、何週間と供給を断たれるかもしれない。ならばここも船上と同じような状況に陥る可能性がある、そういうことか…!?」


 ハコネは窓の外に広がる銀世界を振り返った。

 空は晴れているが、日はもうツルギ山の陰に入っている。紫と朱が溶け合ったような空の光が雪にも映り込み、辺り一面が幻想的な夕闇色に染まっていた。


「あくまでも可能性の話ですけどね。と言っても、こちらのシータイでは生の林檎もしばらく食べられるでしょうし、各家庭でもジャムくらい作るでしょうから、そこまで酷い症状の人が出るとは思っていません。でも、ここよりさらに北にあって浸水被害が甚大だったカリューは別です。この冬、栄養不足で体を壊す人が続出する可能性があります。食糧支援だって、どうしても穀物やチーズ、加工肉などの保存食に偏るでしょうから」


 そう考えると、塩分の取り過ぎにも注意した方がよさそうだ。日本でも、豪雪地方の人は保存のきく漬物類をよく食べるという理由で高血圧症が多かったんだっけか。


「そこでこのジャムなんですよ。林檎って、ビタミンCの含有量自体はそこそこらしいですけど、加熱してもビタミンが失われにくい珍しい食材だって何かで読んだことがあって。しかも、シータイではほとんど棄てられていた傷物林檎を再利用できるなら、これ程効率的な対策もないでしょう? 私がいれば薪を使い込まないで作れますし。まさにエコですね。でもまあ、病の予防に最低限必要な量が用意できた事は、全てみんなが協力してくれたおかげですよ」


 私は改めて壁に積みあがった林檎ジャムを見上げる。色止めとして入れるレモン汁などあるわけないので、仕上がりは茶色っぽく、あまり綺麗なジャムとは言えない。それでも、このジャムはカリューの誰かを救ってくれる、かもしれない。


「ありがたやありがたや」

 合掌。


「…貴殿、冬が終わる頃にはカリューにも像が立つぞ」

「ひいっ、何で!? 本当に効くかも判らないのに!? そうだ、全ての瓶にアメリアの名前を書こう」

「なっ、何故ですの!? おやめくださいまし! 聖女はお姉様ですのよ!」

 アメリアが私の腕を掴んだ。

「止めないでください! 天使が手ずから注いだって書くだけです! むしろみんな喜びますよ!!」

「何をおっしゃっているの!? 止めるに決まってますわ!! この林檎ジャム作りがそんな崇高なお考えに基づくものだっただなんて! 先程の使用人達にもどうしてそう説明しないのです! タイタ、タイタ!」

「お呼びですかお嬢様」

 ササッとタイタがやってきて一礼する。

「先程のハコネとお姉様のお話を紙におこしてちょうだい! 全て記憶しているのでしょう!」

「もちろんでございます。一言一句違えず書き起こしてご覧に入れましょう」

「えっ、ちょっ」

「あ、それ後で俺に回してください。いい感じにまとめて女帝様に提出するんで」

「やめれチャラ男!! またあの公開処刑させる気!? こんなの私が圧かけて黙って毎日少しずつ食えって言っときゃそれでいいんだよ、健康にいいなんて言ったら真冬を待たずに食べ切っちゃう人が絶対出…ううひゃあっ!?」


 立ち上がって止めようとしたら、ガッと腰を掴まれて持ち上げられ、思わず声が出た。

 そしてストンと膝に降ろされる。

「やめれ何す…っ」

「口が悪いですねミカ」

 すんすん、と背中の匂いを嗅がれ、くすぐったさに身をよじる。

「ちょ…っ」

「林檎のにおい」

 すんすんすんすんすんすんすんすんすん

「ひぁ、やめ…っ」

「おやめなさいザコル」

 ピタ。アメリアの氷点下の一言で止まった。私は思わず脱力する。何なんだ…。


「ザコル殿やあの二人は、ホッター殿に考えがある事を知っていたのだな」

 こちらの様子に構わず資料を作り始めたエビーとタイタを、ハコネが目線で示す。

「ええ。以前にも、林檎にそのような効果がある事は話していたので。それなりに量が確保できなければ意味がないという事も。つまりこのジャムは、大量に作れば作るほど人を救い、結果ミカの味方が増える」

「なるほどな…」

 それでジャム作りはさせたがっていたのか、とハコネが唸る。


 ザコルが率先して使用人達を説得してくれたのも、エビーやタイタが『ジャム作りに集中しろ』と言うのも、そういう崇高なお考えがあっての事だったらしい。


「くそう、みんなの前でにおい嗅ぎまくってやろうか…」

「すみません。抗えず」

 しれっと言うザコル。腰に回った腕をべシンと叩いたが、ガッチリホールドされてびくともしない。いいもん、そのうち本当に嗅いでやる。

「また新しい瓶が届き次第ジャムを作りましょう。僕も協力しますから」

 …ん? 新しい瓶…?

「…まさか、この大量の瓶って」

「はい。僕が同志達に金を渡し、ありったけ買い付けてくるように言いました」


 こんなに大量の瓶、誰がいつの間に気を利かせて用意してくれたんだろうと思っていたら、まさかの身近すぎる人物の仕業だった。




つづく

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