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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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入浴小屋建設中 おふろのあたらしいおうち!

 アメリア達を先に帰し、鍛錬イベントを完全解散して、今は午前九時頃。


 そう、まだ九時。


 早朝から動いていると時間がたくさんあって得した気分になる。早起きは三文の得とはよく言ったものだ。


「さあ! お風呂の支度にゴーゴー!!」

 走り出そうとしたらザコルにガッと腰を掴まれた。


「ミカは鍛錬以外で走るのは禁止です」

「ええー、時間がもったいないじゃないですか」

「僕を何度も振り切った罰です。それに足元の雪が見えないんですか。そもそも淑女は走りません」

 禁止の理由を三つも並べたてられてしまった。


「自業自得すよ姐さん」

「納得の理由です」

 エビーとタイタが頷きながらそっと私の前後に位置取る。連行されている気分だ。


「むうう、じゃあこうしてやります」

 軽く手をかけていただけのザコルの腕に、ぎゅっと抱きつく。バカップル丸出しだけどもう気にしてやるものか。

「やめ…っ」

「いいんですか、つれなくしたらまた逃げますよ。雪で私が転ぶかもしれませんし。紳士は淑女に恥なんてかかせませんよね?」

 脅し文句を三つ並べたてれば、むぐうう、とザコルが唸る。


「自業自得だな兄貴」

「納得の理由です」

 エビーとタイタがまた頷く。


 横を見上げれば苦々しい顔。軽く赤面もしている。

「あーそんな顔されると傷つくなあー。そんな顔も好きだけど傷つくなあー」

「うるさい! そんな事を言うとこうしてやります!」

「えっ、わっ!?」

 腕を振り払われたかと思ったらガッと腰を掴まれて肩に担がれた。

「ザコル殿!! 紳士が淑女を肩に担いでいいとでも…」


 ダッ。


「あっ、待てこの変態! 俺らを置いてくな馬鹿!!」

「お、お待ちください!!」


 雪の上とは思えぬ速さで走り出した最終兵器を追い、まだ雪に不慣れなエビーとタイタも走り出す。

 もちろん、考えつく限りでは最速で町長屋敷に着いた。




 町長屋敷一階の廊下。

 ぜいぜい、と息を切らしながら腰をさするエビー。彼は途中で派手にすっ転び、腰を強打していた。


「いいかお前ら、どっちも紳士とか淑女とか名乗んじゃねえ。一日くらい大人しく過ごせねえのかこんっっっの変態野生児バカップル共が!!」


 ツーンとそっぽをむくザコル。エビーの口調を咎めるでもなく渋面で黙っているタイタ。怒ってはいるらしい。


「ごめんねエビー、叱られるのに異論はないんだけど…私のせいかな、これ…」

「煽った自覚くらいあんだろが!! どうせ計算ずくの癖に!!」

「流石に全部は計算ずくじゃないよー。小脇に抱えられるか担がれるくらいの予想はしてたけど」

「走るのも予想できただろ!! 前科あんだからよ!!」


 確かに、ザコルは前科というか、以前にも私を抱えて屋敷までダッシュした事はある。だが、予想通り動いてくれるとも限らないので、私のせいにされるのは心外である。


「まあまあエビー様。庭の方見てくださいよ! 凄いでしょう、今朝の間にあそこまで進んだんです!」


 同じく急いで放牧場から戻ってきたらしいカファが指差す方向には、作りかけの小屋らしきものがあった。昨日の昼間カファと話し合っていた男性達が中心になり、屋敷の建屋近くに入浴テントの代わりとなるものを早くも作り出したらしかった。


「すんませんカファさん、お見苦しいもんをお見せしちまって」

 タイタもエビーに同調するかのように頷いている。お見苦しいもん認定の私達は黙っているしかない。


「はは、エビー様も執行人殿もご苦労なさっているようですね! ですが! この程度、うちの若頭程じゃあありませんよ! 何せこちらのお二人は、何日も行方知れずにならないという分別をお持ちです!!」

 ドヤァ、とカファが苦労人マウントを取る。ドーシャは何日も行方知れずになった事があるんだろうか。

「それが、このバカップルも何日か行方知れずにはなってんだな。…しかもジーク領の魔の森で」

 オウ…、カファが大袈裟に口を押さえる。カファも新聞で読んだりして知ってるくせに。

「それはそれは…」

「どこで会えるかは賭けみたいなもんだったんすけど、俺がモナ領の山麓の町で張ってたらノコノコ現れやがりましてね」

「その町! 私達の生まれ育った町なんですよ! しかもエビー様、うちの実家のペンションをご利用くださったそうですね!?」

「えっ、実家なんすか!? あのペンションが!? あっ、確かにあそこの若夫婦の旦那の方、カファさんに似てたような…」

「兄です!!」

「何と奇遇な。アーユル商会の方々とは並々ならぬご縁があるようですね」


 黙っていたタイタも加わり、苦労人ポジの三人はワイワイと話に花を咲かせ始めた。

 カファは助け舟のつもりでエビー達の気を逸らしてくれたんだろうか。ザコルの方を見たら気まずそうな顔になっている。カファにまで迷惑をかけたと反省しているのかもしれない。



 廊下の窓から庭の様子を覗ってみる。先程からまた粉雪が舞い始めたので、窓の外の視界はあまりよくない。


 新しい入浴用の小屋は、まず竹を束ねたもので壁を作っているようだった。壁を作っている向こうでは、同じく竹を使って屋根らしきものを組み立てている。床となる部分にはレンガを厚めに敷いているようだ。木の湯船や水路、すのこなどをを運び入れて壁を閉じ、あの屋根を乗せたらもう完成か。なんと手早い。

 壁や屋根に竹を使うのは考えたな。強度もあるし、軽くて組み立てもしやすい。薪に使えそうな木材をこれ以上消費せずに済むし、全てレンガなどで作るのに比べれば工期も短く、後から形を変えるのも容易だろう。

 密閉性は低そうなので、隙間風が入りやすかったり屋根から雪解け水が落ちてきそうな気もするが、その辺りは後で隙間を埋めるなり布や板を張るなどして工夫していけば充分だ。とりあえず全て布製のテントよりは断然積雪に強いはず。


「あっ、ねえカファ。そういえば同志村の方はどうなってるの? テントは、雪は…」

 急に思い至ってカファに声をかける。あっちは全部布製のテントじゃないか。昨夜からの積雪は大丈夫だったんだろうか。

「ご心配要りません、ミカ様。うちの商会含め、モナ領を拠点とする商会は元々雪に強いテントを持っておりますから。ジーク領から来ているセージさんのところは、つい一昨日、雪に耐えられる大きなドーム状のテントを取り寄せたところでした。今後、大所帯の商会は少し滞在の人員を減らしていくそうです。ですが、ミカ様の魔力のおかげか、お世話の要る方も随分と少なくなりましたからね。人員が少なくとも何とかなるでしょう!」


 とりあえず無事と聞いてホッとした。ドーム状のテントとは、モンゴルの遊牧民が使っているようなものだろうか。無事だったとはいえ急に冷え込んだ事だし、寒い思いをしていないといいのだが。

 同志村のある門の外は、壁もないから寒風に吹きさらされてもいる。せめて宿泊用のテントだけでも門の中に建てさせられないか、後でマージに訊いてみよう。


 入浴用のテントは、湿気を逃したり水路を外に出すような構造にしたために雪にまで対応させられなかったのだそうだ。確かに、屋根が全面防水では湿気が溜まって結露もするだろうし、テントが内側から傷む原因にもなるだろう。布製では都合よく穴を開けるのも難しいのかもしれない。


「そっか、竹なら適度に隙間もあって湿気がこもるような心配もないもんねえ。水気にも強いだろうし。本当によく考えられてるわ」

「今の説明でそこまで思い至れるとは流石はミカ様です! ただ、何事もやってみないと判りませんので、不十分であればまた考えるといたしましょう」

 カファも後から補強なり調整なりしていけばいいと考えているようだ。

「そうだね。いつも力を尽くしてくれてありがとう。カファ」

「いえいえ、あちらの皆さんの風呂への熱意がなければ小屋なんて建ってませんから!」

「うんうん。外の人達にも声をかけようか」


 私は雪の降る庭に出て、竹小屋を作る人々にお礼を言って回った。


 近くに寄ってよく見れば、男風呂と女風呂の間に三畳程の不思議なスペースがある。しかもそこに水路を通して、湯船の排水が集中する仕組みにするのだという。


「風呂の残り湯を、朝の洗濯に使いたいって屋敷のメイド連中に言われてな」

 わんぱく幼児ガットの父親が説明してくれる。

「へえーなるほど! ここは洗濯スペースなんですね。確かに、直に井戸水使うよりは冷たくないでしょうし、皆さんが頑張って汲み上げてくださった水をそのまま捨てるのももったいないですもんね。温かい方が汚れもよく落ちるでしょうし…。そっか、なんだ、それならそうと言ってくれたら朝にも軽く温め直ししたのに」

 きっと今朝も残り湯で洗濯したんだろう。明日もどうせ早起きするので、ここに寄ってサッと温めていく事にしよう。

「はっは、恩恵受けてる俺らが言うのも何だが、ミカ様は魔法使い過ぎっつうか働き過ぎじゃねえのか。その分じゃ、洗濯も手伝うとか言い出しそうだから、メイド連中も黙ってたんだろ」

 後ろを振り向けば、エビーとタイタにザコルまで頷いている。むう。

「あっ、そうだ。湯船をぴったり覆えるような蓋を作っておけば、お湯が冷めるのを最小限にできますよ」

「おっ、そりゃいい事聞いたな。次の入浴者がいねえ時はその蓋を閉めるように徹底させっか。そうすりゃ湯足しや温め直しも少なくて済むだろ」

「ぴったり覆う蓋か、こんな丸竹じゃ難しいかもしんねえな。りんご箱職人のオッサンらに頼もうや」

 そうだそうだ、と男性達が声を交わし合った。



「そんな訳で、小屋の完成までお風呂を沸かせなくなりました。時間も余った事だし、薪の乾燥実験にゴーゴー!!」

 護衛達が一斉にこちらを睨んだので走る真似事をするのはやめた。


 町長屋敷の裏手に回り、前に案内してもらった倉庫に足を踏み入れる。外は雪なので倉庫内は少し暗い。


「ミカ、寒くはないですか。汗が冷えてきたところでは?」

「はい、少し寒くなってきましたね。あ、ウスイ峠で私が寒いって言い出した時の事、覚えててくれたんですね」


 汗をかいてしばらくすると身体が冷える。普通の人にとってはつらく感じる事でも、筋肉量の多いザコルはもちろん、鍛え上げられた騎士達にとっては大して苦じゃないんだろう。だが、一度私が寒いと言って馬を停めさせた事は覚えていてくれたらしい。

 今日は特に冷えるので、気遣ってくれたようだった。


「あの時は、あなたに言われるまで寒い思いをさせたのにも気付けませんでした。…僕ときたら、そんな事ばかりですが。僕のマントでも羽織りますか?」

「いえ、今はそれ程まで寒いわけじゃないんです。厚着もしてますし、きっと筋肉が増えたせいで体温も上がったんでしょうね。今日はチャチャっと試してみて、その後は屋敷に入ってぬくぬく休憩させてもらう事にします」

「分かりました」


 タイタが何やらニコニコしている。ザコルが紳士らしい事を言ったので溜飲を下げたのかもしれない。

 そんな彼は、倉庫の中にあった古い木箱をひっくり返して埃を払い、即席の作業台を作ってくれた。エビーは積まれた薪の中からいくつか選んで持ってきて台に並べる。


「このあたりが一番いいんじゃねえかな。火持ちもよさそうだ。これは見本、こっちはシケた薪っす。で、いーすか姐さん、なるべく話しかけっから、もしも言葉が解んなくなったらすぐ合図しろよ」

「分かった。慎重にやるよ」

 叱られたばかりなのでふざけるのは控え、私は真面目に頷いた。


 薪の乾燥は、木に含まれる水分を『ほどほど』まで一気に蒸発させるという、そこそこの魔力出力と繊細なコントロールが必要な作業になる。

 一度やってみた時は、木に含まれる水分というのがイメージのしづらかったのもあって、かなりの集中力を要したし、最終的に魔力をどのくらい消費しているかも判らなかった。


 エビーが見本だと言った薪を手に取ってみる。中学や高校の野外活動などでも触れた事のある、一般的な薪の印象はこれだ。手触りはカサカサとしているが、ほんの少しだけ冷たい。水分が程よく残っているのだ。


「ミカ殿、棘にはお気をつけください」

「うん、気をつけるね。皆、気遣ってくれてありがとう」


 シケた薪、いわば切り出してからまだ一ヶ月も経っていない生木状態の薪を手に取る。明らかに重く、じっとりと湿っている。

 その生木を台に置き直して手をかざす。昨日やったように、含まれる水分を意識し、徐々に温度を上げていく。



 私がこの水魔法をコントロールする際、対象となる水の体積や形をしっかりイメージする必要がある。

 特に範囲を特定せず、力加減もなしに魔法を発動させると、目の前の水全てが一気に凍るか沸騰してしまうのだ。魔力量が多いせいなのかは分からないが、流れ出る勢いが強いのだろう。


 例えば、生身の人間などを故意でなく無意識に『水』と認識した事は一度もないが、見境なしに魔法をぶっ放すと、周りの何かを巻き込む可能性があって大変危険である。なので、テイラー邸で行っていた氷結魔法の訓練も、範囲を限定したり、望んだ形に凍らせたりと、それが無意識レベルでも正確にコントロールできるようになるまで徹底的にやり込んだ。


 沸騰のコントロールも基本的には氷結と同じだ。そっと蛇口をひねるように魔力を出す感覚。水分をイメージしにくい生木相手に、どんな力加減が合っているのかを丹念に探っていく。


 集中していると、薪から静かに湯気が立ち始めた。一旦魔法を止めて薪を持ち上げてみる。

 ホカホカと温まってはいるが、まだ重い。充分に水分が抜けていないのだ。


 薪の棚を一段カラにするくらい試してみたところで、魔力の出力と、魔法をかける秒数の『いい塩梅』がつかめてきた。


「次はきっと一発でうまくいくよ」

 手をかざす。薪の形をイメージして、同じ大きさの魔力の塊をぎゅっと薪に押し当てるような感覚。三秒程で薪全体からシュワッと湯気が立ち、ほんの少しだけ縮んでパチッと小さな亀裂が入った。


 すぐには触らない。多分まだ熱い。

 粗熱が取れたところで、エビーが手にもち、見本の薪と打ち付けてみる。カン、コン、といい音がする。


「ふぅーむ、いい薪だ…」

 エビーがしみじみと呟くので笑ってしまった。

「パン窯でも使えそうかねシェフ」

「モチのロンすよ! 毎回こんないい薪卸してくれる薪屋なら、領都の一流店でも引っ張りだこ間違いナシだぜ!」

 フゥーッ! と叫んで、エビーの謎踊りに合わせて小躍りする。


 薪一つとっても、良い薪屋と悪い薪屋があるらしい。本来、材料となる木を切り出してから、数ヶ月から一年以上もかけて乾燥を管理しなければならないという大変な仕事だ。悪い薪屋はきっと、シケた薪や乾燥させすぎた薪も平気で売るのに違いない。


「ミカ、今日はもう終わりにしましょう」

 ザコルが床に散らばった薪の山を見ながら私の肩を叩く。

「はい、そうします。いい感じに成功した薪をいくつか持っていってもいいですかね。それから生木も一、二本。後で時間があれば、イーリア様やマージお姉様の前で実演したいので」

「それならば俺がお持ちしましょう」


 タイタが懐からサッと布を出して広げる。どうして風呂敷めいたものを持ち歩いているのかと不思議になったが、エビーも特に突っ込まない様子を見るに、風呂敷は騎士の七つ道具的なものなのかもしれない。

 タイタは手早く薪を布に包むと、台代わりにしていた木箱などを片付けてくれる。ザコルとエビーは散らかした薪を棚に戻してくれた。



 さむさむ、と手に息を吹きかけながら屋敷の玄関に回って入ると、子供達が母親とともにやってきていた。


「ミカさま!」

「ドングリせんせー」

 子供達がワッと寄ってくる。かわいい。


「皆さん、鍛錬お疲れさまでした。今日もご指導ありがとうございます」

 私は朝の鍛錬でお世話になった母親達に頭を下げる。

「いいえ、こちらこそ勉強させていただいております。ミカ様は特に素晴らしい上達ぶりですから。背中を押される気持ちです」

 タキがちょこんと腰を下げて一礼する。この簡略化した淑女のお辞儀、可愛いからマスターしたいな。


 アメリアもよくやっているので真似した事はあるが、姿勢といい角度といい、優雅に見せるのは意外に難しい所作だ。


「ミカ様、ザコル様。度々お邪魔をしてすみません。子供達がついてくって聞かないもんで…。今、メイドにご予定を聞いてもらおうと思ってたとこなんです。もしお忙しければこの子らはまた出直させますので」

 ガットの母親がペコペコと庶民派のお辞儀をする。彼女らは町長に呼ばれてやってきたらしい。

「ミカさま! おにわ、みた!?」

 申し訳なさそうな母親とは対照的に、ヤンチャ代表のガットが元気に声をかけてくる。

「見たよ! ガット君のお父さん達が庭に小屋を建ててくれてるね。みんな、それを見に来たの?」

「そうだよ!」

「おふろのあたらしいおうち!」


 雪が降る中、まさに『破竹の勢い』とでもいうスピードで入浴小屋を建てているのは、シータイっ子達のパパ友集団が中心だ。


「さあ小屋はどれくらいできたかな。もう一度見に行くけど、一緒に行く人! 手を挙げて!」

 はい! はーい!

 子供達がいいお返事とともに一斉に手を挙げてくれる。なんて統率の取れた団体だろうか。学級崩壊とは無縁そうな子達だ。




 お辞儀を繰り返す母親達を見送り、私達は子供達を引率して廊下を歩いていく。


 庭は粉雪が吹き荒れて視界が大変な事になっていた。屋敷の建屋はコの字状で、庭を取り囲む造りになっている。風の吹き溜まり状態にでもなっているのかもしれない。


「ゆき、すごすぎー!」

「そとでてみる!!」

「なんにもみえないよ」

「さむいのきらい…」

「あはは、こりゃ凄いねえ。作業してる人達も寒いだろうし、無理しないように言わなきゃね」


 子供達を連れて庭が見える廊下の窓際まで来てみたものの、あまりの視界の悪さに私は笑ってしまった。

 子供達の反応は色々で、私と同じように笑い出す子や、素直に不平や不安をもらす子もいる。


 一斉にお返事する様子なんかを見ていると、子供とは皆同じような素直で単純な魂を持っているのかと勘違いしそうになるが、こんな小さな頃からでも性格に明確な違いがあるんだなと彼らを見ていて思う。


 笑って外に飛び出せる子は、いい意味で楽天家で勇気があり、体力に自信もあるんだろう。

 嫌そうな顔の子は、いい意味で思慮深く慎重派で、自分の感覚や特性をよく理解しているんだろう。


「ミカさま、ゆき、すき?」

「実はねえ、大好きなんだよ。私の生まれたところはあんまり雪が降らなかったからね、たまに降ると嬉しくなって外に飛び出しちゃうんだ」

「ガットとおんなじだ」


 ガットと数人のヤンチャ組は制止する間もなく外に飛び出し、小屋作りをする大人の周りをうろちょろして注意されている。エビーとタイタに彼らに付き添ってくれるようお願いする。


「ねえ、雪の舞する?」

「なに、ゆきのまいって」

 私は庭に通じる扉から外に出て、中にいる子達が見える距離でくるくる回ってみせる。

「雪だ雪だー!!」

「あはは、まわってるだけじゃん!」

「あたしもやってみるー!」

 中で足を止めていたミワも庭に飛び出し、私の側で回り始めた。それにつられて何人か出てくる。


「視界が悪くとも、気配を察知できるようになれば問題ありません」

「けはい」

 後ろから何やら難しい事を言われて背を押され、何となく足を出してしまう子達で全員だ。



 庭の端っこで何やら四苦八苦している男達がいるのでミワ達を連れて見に行って見ると、テントを片付けたために雪ざらしになっていた湯船を数人がかりで動かそうとしているところだった。


「残ってた湯が凍って、しかも雪が積もっちまってなあ」


 つまり、その分湯船が重くなって移動が難しくなり、中の雪をかき出して氷を割ろうとしているところのようだった。洗濯に残り湯は使えたんだろうか。こんな様子じゃ今朝は使えなかったかもしれない。


「洗濯に残り湯…。ミカは常に変なところにまで気を回していますよね…。この吹雪では洗っても干せませんから、洗濯自体していないかもしれませんよ。僕が氷ごと湯船を運びましょうか」

「いえ、ちょっと待って。みんな、湯船から出て離れてください」


 私が湯船を覗き込んでちょっと念じたら、雪も氷も一瞬で液体に戻った。あまり熱くしたつもりはないが、気温差のせいか湯気がぼふんと立ち昇る。排水口を開ければ、じゃーっと勢いよく流れ出た。


「さっすがミカ様だあ!」

「さっすがミカさまー」


 ザコルがカラになった湯船をひょいと持ち上げると、大人も子供もわああ、と歓声を上げた。


「さっすがザコル様だあ!」

「さっすがザコルさまー」


 カラとはいえ、大人が五人は入れる巨大な湯船を、まるで洗面器を扱うかのように持っている。すごい。すごいとしか言えない。

 ザコルが湯船を持ったまま歩き出すと、子供達もすごいすごいと言いながらくっついて歩き出す。男達は残された水路やすのこなどを雪の中から掘り出した。



 ザコルが男湯、女湯の湯船をそれぞれ出来かけの小屋の中に下ろすと、男達は少し休憩にすると言い出したので、私達は子供達を連れて屋敷の中に戻る。


 今日は見ての通りの吹雪だし、外で活動するのは難しいだろう。室内で文字の練習でもさせようかと、通りがかった従僕少年ペータに頼んで食堂を開けてもらった。

 食堂は既に暖炉に火が入っていて暖かかった。私達が使う事を見越して暖めておいてくれたのかもしれない。


 うー、さむさむ。と言いながら子供達と暖炉の側にしゃがんでいると、トントンとノックが響く。タイタがドアを開けると、メイド見習いのユキがワゴンを押して入ってきた。


「皆様、温かい牛乳をお持ちしました」


 ホカホカと湯気をたてる小鍋からホットミルクがカップに注がれていく。

 そっと私の前に蜂蜜の瓶とスプーンが差し出されたので、ザコルのカップに思いっきりすくって入れようとしたらザコル本人に止められた。しょうがないので半分くらい瓶に戻し、スプーンごとカップにとぷんと落とす。エビーと自分の分も同じように蜂蜜を絡ませたスプーンを落とした。タイタは甘いものが苦手だそうなので蜂蜜は無しだ。


 子供達の分には、ユキが小さなティースプーンに蜂蜜を絡ませ、並んだカップにとぷとぷと入れていった。子供達は我先にと席に座り、スプーンをくるくる混ぜたり、スプーンに残った蜂蜜をを口に入れて幸せそうに笑ったりしている。


「牛乳を温めるくらい誤差なのに」

 エビーを軽く睨むと、わざとらしく首を振ってみせた。

「午後はまた林檎ジャム大量生産するんでしょ。今回は屋敷の人らも手伝ってくれるっていうし、お嬢とカッツォ達に、ピッタちゃん達までいるんじゃ作業が捗りまくること間違いナシ。氷姫様におかれましては是非ともその魔力を温存いただきたく!」

 胸に手をあて、恭しく頭を下げるエビー。やはりエビーが使用人の誰かに言って、私が魔法を使うより先に牛乳を温めておくようにと気を回したらしい。


「はは、エビーの言う通りです。ジャム作りの途中で異変があっては、ミカ殿も心残りになりましょう。今日はジャム作りだけに集中なさってみては」

「ううーむ、流石はタイタ。表現の柔らかさが違うねえ」

「ちょっ、俺の道化モードも褒めてくださいよ!」

「ふふっ、道化って自分で言ってる」


 彼らの言う通り、今日の林檎ジャム作りは昨日よりも『捗りすぎる』可能性がある。

 昨日はおよそ五百瓶だった。それ以外にも風呂や芋の火通しでかなり魔法を使っていたが、結局魔力切れはしなかった。今日はもう外の風呂の方は沸かせない可能性もあるし、林檎ジャムをどこまで作れるかに挑戦してみてもいいかもしれない。


「目指せ千瓶! だね!」

 瓶の在庫が千個もあるかは判らないが、それくらいの気持ちで取り組んでみよう。


「せ、千瓶……。や、やってやろうじゃねえの、こっちには最終兵器もついてんだ。ああやってやんぜ!!」

 エビーがザコルの肩を抱く。ザコルは鬱陶しそうにその手を払った。

「…作業するのは構いませんが、ミカは充分に気を付けてくださいよ。手元に何か文字を書いた紙でも置いて、翻訳能力の有無を常に確認するようにしてはどうですか」

「ああ、それはいいですね。あまり忙しくなると会話も忘れちゃいそうですし」


 蜂蜜牛乳を飲み終わった子から口や手を拭いてやる。

 子供達が持ってきた紙や文房具類などの荷物は、オレンジ頭の従僕見習いが部屋に運び入れてくれた。



つづく

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