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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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隙あり、ですね

「姐さんよお…くだらねえ配慮するためにいちいち護衛振り切んのやめろよ。湯なんて冷めてたって気にするような奴らじゃねえし、団長の兄貴への心証なんてもっとどうでもいいだろが!」


 屋敷の廊下からザコルとハコネが入っていった入浴用テントを眺めつつ、エビーの説教を聴いている。


「どうでも良くないと思うけど、ごめんなさい。もうしません」

「兄貴のために敢えて非常識に振る舞ってんのも分かってんだかんな! あの最終兵器には同情も正当性も要らねんだよ、いくら理不尽で非常識でも最強なんだからな!!」

「バレたかー。でも、私の護衛が大変だって分かってもらえて良かったでしょ」

「この…っ」


 むうう、とタイタが唸る。

「そうか、敢えて非常識に…。流石はミカ殿、人の機微を操るのがお上手だ」

「感心してんなよタイさんは! 俺らが出し抜かれる度にリスク負ってんのはむしろ姐さんなんだぞ!!」

 エビーの言葉にタイタがうんうんと頷く。

「その通りだなエビー。つまり俺達もミカ殿に翻弄されぬよう、心を強く持たねばならんという事だ。ミカ殿、先程の小首を傾げる仕草をもう一度してはもらえませんか。今度こそ直視して心動かぬように精進したく!」

「じゃあ……タイタお兄ちゃん?」

 こて。

「ぐう…!! この破壊力…ッ!!」

 バシィッ、エビーがタイタの頭を勢いよく叩く。

「何の茶番やらせてんだこのド阿呆!! あんたまで風紀乱してどーすんだよ!!」

「す、すまない、動揺しないつもりが…」

「もー、タイちゃんを怒んないで。いつもセクハラしてくるのは君の方でしょ。それにぃ、エビ君だって敢えて道化演じてたりするくせにぃ。うちらって大体共犯でしょぉー?」


 ワナワナワナワナ…。


「さっきから開き直ってんじゃねえぞこんっのクソ姫がぁぁあああ!!」

 余計に怒らせてしまった。おかしいな、ギャル好きかと思ったのに。



「ミカお姉様、エビー」

 カツン、廊下に鳴り響く靴音。

「アメリア」

「お嬢…っ」


 お風呂上がりで隅々まで磨き上げられた絶世の美少女が現れた。ふんわりとした綿のドレスに暖かそうなガウンを羽織っている。侍女四人と護衛のカッツォ達も一緒だ。


「お声が廊下の隅まで響いていてよ。ミカお姉様がお悪いのは判りましたけれど、エビーもこのような人目のある場所で淑女を怒鳴りつけるものではないわ」

「だってお嬢、淑女は階段を五段飛ばしで駆け降りたりしねえんすよ!! …うぐっ、すいません」

 エビーがアメリアの圧に負けて謝る。私がお悪いのに申し訳ないな。


「タイタ、あなたもお姉様に『お兄ちゃん』などと呼ばせて…」


 ゴゴゴゴゴゴ…。


「はっ。申し訳ありませんお嬢様。先程同じような手口で油断を誘われまして…。同じ事のないよう心づもりをしたかったのですが、精進が足りずまたもや動揺を…!」


 アメリアが威圧や嫌味を全スルーされ、ぱちくりとした。侍女達が、まあ、と小さな声を上げる。


 ぶふっ、と誰かが吹き出す声がする。

「ふははは、あんた、なかなか面白い人だったんだな、タイタさんよ」

「お嬢様の睨みに動揺しねえのは凄えぜ」

「睨み? まさか。アメリアお嬢様はミカ殿を想われるゆえに真剣でいらっしゃるだけだろう。大体、本気で怒らせたうちの母などに比べたら…」

「今日のザッシュ殿との手合わせ、感動したぜ。アンタこそ第二騎士団氷姫護衛隊の星だな。俺らもタイさんって呼んでいいか?」

「もちろんだ、自由に呼んでほしい」

 カッツォとコタとラーゲがわらわらとタイタに群がる。そのまま楽しげに話し始めた。


「もう! わたくし睨んでなどいませんわ! ザッシュ様との手合わせのお話、わたくしにもお聞かせなさい、タイタ!!」

 アメリアもプンスカしながらタイタに絡みにいく。


 私はふと隣にいるエビーを見上げた。

「……えっ、どんな感情なの、その顔」

「……ふん、タイさんの悪友の座は譲らねえんで!」

 エビーはムスッとした顔のままプイッと顔を背けた。

「ふふっ、エビーがあの子達に教えてあげたんでしょ、タイタが紳士で包容力があって凄いって」

「そーすけどお」

「可愛いねえ、うちの子達は本当に」

「うるせえよ、すぐガキ扱いしやがって」


 ガチャ、庭に通じる扉が開き、一気に雪と冷えた空気がなだれ込んでくる。現れたのは肩に雪を乗せたザコルとハコネだった。


「ミカ…覚悟はできているんでしょうね」


 ヒュオオオオオ…。


「冷気の演出やばー。何されちゃうんですか私ぃー」

「ナカタの真似はやめろ!」

「ナカタ?」

『あっ』


 そういえば中田についての報告をアメリアに全くしていなかった事に、今更ながら気づいた私達だった。




「もういいですわ。そう急を要する話ではないのでしょう。今日はもうお休みになってくださいませ。ですがお姉様、一つだけ」

 アメリアが私の手を引き、皆の輪から離れた所に連れていく。

「…お姉様。湯船に何か細工をなさったでしょう。例えば涙を落とされるとか…」

「あれ? バレました? 流石にあそこまで薄まってたら効果も薄いだろうと思ったのに…」


 私は自分が身体を清めた際、湯船に数滴涙を落としてから浴室を出て、その後にアメリア用の湯を張っていた。


「やっぱり…! もう、心臓に悪いではありませんか。昼間、林檎を剥いた際にナイフでつけたはずの切り傷が急に塞がりましたのよ。大きな傷は侍女達に見られぬように隠していたから良かったものの、もし見られていたらどう誤魔化せばよかったんですの!」

「その大きな傷は手のひらの内側だったでしょう。もし治っても見つかりにくいと思ったんですよ」


 私は左手を出してその真ん中をトントンと指し示す。

 アメリアは林檎の皮剥き自体は初心者にしてはかなり器用にこなしていたが、カット作業に加わった際に油断したのか手の位置を誤り、手のひらにざっくりと刃を入れてしまっていたのだ。


「まあ。怪我の場所までご存じだなんて…。わたくし、怪我した事自体、お姉様にだって隠し通せたものと思っていましたのよ。あの忙しない中でいつこちらを見ておられましたの?」


 手を出してもらって検分する。そこそこ深く切っていたように見えた手のひらの傷が、完治とまではいかないものの治りかけくらいには塞がっていた。

 その他、指先に負ったような小さな傷達はほとんど分からないくらいに消えている。あれだけ薄まってもこの効果か…。泣く時は今まで以上に気をつけよう。


「うん、これなら化膿もしないだろうし、そのうち綺麗に治りますね。痕が残りそうなら追加も考えていたんです」

 私は傷痕を撫でて感触を確かめる。アメリアが少しビクッとしたので手を離す。まだ痛かっただろうか。

「も、もう、この程度の傷にお力を使ってはいけませんわ!」

「あなたはきちんとしたご令嬢でしょう。どんな程度でも傷痕は残すべきじゃありません。でもせっかくの機会ですから傷くらい恐れずに何でも楽しんでほしいんですよ。私がいればそれが叶いますから。ね?」

 にこ、私が笑うと、アメリアがうっと呻いて後ずさった。何でだ。

「そ、その蠱惑的なお顔を引っ込めてくださいませ! 惑わされる護衛達が気の毒ですわ!」

「蠱惑…? 私が? アメリアのお顔の方が断然蠱惑的かと」


 お風呂上がりで輝かんばかりのビスクドールには言われたくない。この子の目には何かキラキラフィルターでも仕込まれているんじゃないのか。実際キラキラしてるし。思わずじっと見つめてしまう。


「本当に綺麗な瞳ですね。まさに同じ人間とは思えない美しさです」

「まっ、またそのような口説き文句を! ま、真正面から覗き込むのもおやめくださいまし…!」

 ちょっと見過ぎだったか。それにしてもイヤイヤするアメリアたん激可愛だな。ふわふわの金髪に触れたくなってつい手を伸ばす。

「ミカ」

「ひっ」

 突然耳元で呼ばれて体が跳ねる。


「お嬢様を変態の沼に引きずり込むのはやめてください。タイタまで片足を突っ込みかけているではないですか」

「引きずり込むとは失礼な。人を蟻地獄のように言わないでください」

 アメリアを見れば、スンとした様子でザコルを冷たく見ていた。

「ザコル……片足どころか、沼に首まで浸かって出られなくなっているあなたがそれを言いますの? お姉様との時間を邪魔しないでくださるかしら」

「邪魔も何も、僕の耳には全て筒抜けなんですよ。もう休ませてもいいでしょうか。このクソ姫は魔力を使い過ぎている恐れがありますので」

 ジロリ、睨み顔がこちらを向く。冷気の幻覚見えるのやばー。


「まあ。それはいけませんわね。そうね、わたくしが見ていた限りでも、鍛錬後の湯の提供に、ジャム五百瓶に、暇を見つけては何度も何度も湯船に湯を張り直していらっしゃったもの…。そう危惧されるのも納得ですわ」

「お嬢様が見ておられない間にも、屋敷中の昼食と夕食を賄うくらいの量の芋に火を通したりなどしていましたよ」

「あのマシ芋もお姉様のお手が入っておりましたの…!? 全くどれだけ…。ザコル、すぐにでも下がってよろしくてよ。もうこれ以上は魔法をお使いにならないように、また決して逃さないようにしっかり目を光らせなさい」

「ええ、仰せのままに」


 ガッ、腰を掴まれてそのまま肩に二つ折りで担ぎ上げられる。

「か、肩に!? せめて普通に抱き上げて差し上げて!」

 プラーンとザコルの背中に上半身を垂らした私を見てか、アメリアが焦ったような声を出した。

「普通に抱き上げると頭部を狙って何かされるんですよ」

「何かされる…!? 何をですの!?」

「僕はもう人前で心神喪失したくないんです」

「ふへへ、お風呂上がりの匂い」

 私は逆さ吊り状態のまま、背中の辺りの服を掴んで顔に寄せる。

 ザコルがビクッとして背中を反らせた。

「背中を触るな、匂いを嗅ぐな、ぞわぞわする…!」

「じゃあ普通に抱っこしてくださいよー」


 渋々というように、ザコルがよくやる縦抱きの格好にされたので、待ってましたとばかりに頭部に抱きついてやる。


「やめろと言った!」

「だって怒ってるから…」

「当たり前だろうが!!」

「ふふ、怒ってる顔も好きですよ」

 いーこいーこ。撫でくり撫でくり。すりすりすり…………


「ザコル、ザコル! 意識がどこかに行きかけていてよ! しっかりなさい!!」

「…はっ、また持って行かれて…!?」


 腕が緩んだので勝手に降りる。そしてザコルとアメリアの手を勝手に取って皆の所に戻る。

 アメリアのお付きの者達全員とエビーがぶふっと一斉に吹き出した。


 その様子を見る限り、侍女の四人もエビーやカッツォ達と同じように『長い付き合い』の立場なのかもしれない。ちなみにタイタはニコニコしており、ハコネは眉を寄せている。


「さあさあ、そろそろみんな寝ましょう。明日も鍛錬しますけど、自由参加でいいですからね。騎士の子達は参加した方がいい経験になると思いますけど。雪が積もってても決行ですよね? ザコル?」

「…え、ええ、そうですね…雪くらいなら決行です」

「だそうでーす。みんなお手洗いはいいですか? 三階へゴー」

「その格好でいくんすか、三人で手え繋いで階段登ったら流石に危ねえよ。特にお嬢が…おーいお嬢、しっかりしてくださいよおー」

 エビーがツッコむも、アメリアの反応は鈍かった。今日も色々あったし、きっと疲れたのだろう。




 アメリア達を部屋に送り届け、エビーやタイタとも別れ、ザコルと二人きりになる。

 私は黙ってついてきている彼を一旦ソファに座らせた。


「さっきも思いましたけど、髪の毛びしょびしょですよ。ちゃんと拭きました?」

 ザコルの首にかかった手拭いを勝手に取り、滴る水気を拭いてやる。そして手櫛で毛流れを整えた。

 新しい手拭いを持ってきて勝手に目隠しし、その後ろでさっさと寝着に着替えて歯磨きを済ます。ちなみに、口をゆすいだ水は窓から捨てるスタイルです。ワイルドォ。


「ザコルの番ですよ」

 しゅるり、と彼に巻いた手拭いを解いて今度は自分がソファに座り、手拭いを自分の目元に当てて後ろで縛った。ぎし、と隣に座った人が立ち上がる気配がする。衣擦れの音と歯磨きの音。窓を一瞬開いてすぐ閉める音。カチャリ、内鍵を閉める音。


「……その目隠し、変な気持ちになるのでやめてくれませんか」

「あら。よかれと思ってしたのに」


 私は目隠しを取らないまま、気配の方向に両手を広げる。

 ぎし、ソファが沈み、隣に人が座る。そして身を寄せてくれたので抱きついた。


「よいしょ」

 首に抱きついたまま腰を浮かし、勝手に膝に乗る。

「なっ」

「さっきはお膝に入れませんでしたから。ふふ、大好き」

 すりすりすりすりすり。

「……あーっ!! もう!!」

「えっ、わっ!!」


 ザコルは突然叫んだかと思えば私を抱えて立ち上がり、大股で移動し、ドサッとまた座った。目隠しをしたままなので周りは見えないが、多分ベッドの上だ。

 彼は私の足から室内履きをむしるようにして脱がせ、布団をめくって私を強引に押し込んだ。

「もう寝ろ!!」

「ええ…もっと補給したい…」

「う、うるさい! ミカの変態行為は破壊力が高いんです! 自重してください!!」

 変態行為とは失礼な。馬上で耳を食む以上の変態行為などした覚えはないのだが。


「へえ、私だけ自重ですか。そっちだって、皆の前ですりすりしたり、アメリアに張り合ったり、リボン全部買おうとしたり、急に容姿を褒めてきたり、ナチュラルに髪を拭いたり、お膝に入れようとしたり。今日も絶好調でしたねえ。私のターンはいつ来るんですか?」


 うぐ、ザコルが黙る。

 しばらく沈黙が続き、流石に不安になって目隠しに手をかけたら、目に手を当てて止められた。


「…ミカ、あの、僕は、重いですか。逃げたくなりますか、あなたを、縛りつけては…」

 表情は見えないが、不安そうな声だ。

「それは見当違い…というより、ずるい言い方ですね。私が逃げる理由くらい解ってるんじゃないですか」

 そもそもすぐに捕まるのが分かっている逃走など逃走と言わない。

「そんな事、僕なんかに解る訳」

「いいえ、あなたは決して情緒が幼児みたいな人じゃないです。感情表現が下手なだけですよね。私が逃げる条件なんて考えれば解るんじゃないですか? 言っときますけど、魔法を使いたいってのはついでですよ」


 ザコルはまたしばらく考え込んでいる様子だった。


「…………僕が、ミカにつれなくしたからですか」

「ふふ、そう言われると、私が酷い『構ってちゃん』みたいですねえ。まあ、その通りなんですが。ザコルったら、私が追ったら全力で逃げるくせに、私が逃げたら全力で追ってくれるんですもん。病みつきになりそうですよ」

 未だ視界は覆われているのに、不思議と彼がムッとしたのが判る。

「何をふざけた事を」

「そうですね、ふざけてました。皆にも迷惑なのでもうしません」

「当たり前です! 迷惑とかいう以前に危険に晒されるのはあなたなんですよ! 僕だって、に、逃げないように努力して」

「ふーん」

「ど、努力して…っ」

「へーえ」

「うっ、嘘じゃ…っ」

「ほおー」


 ザコルがまた言葉に詰まる。何だろう、凄く意地悪している気分だ。

 まあ、逃げるのだって充分酷い意地悪なのだが。


「嘘じゃないのは知ってます。ふふっ、可愛いですねえ、うちの子は」

「子供扱いするな!!」

「じゃあ、大人っぽい事してくれます? 前みたいに」

「おっ、大人っぽい…!? 前みたいに…!? 僕は以前どうして…………ぐっ、その手には乗るものか! では、僕は大人として簡易ベッドの方で寝ますから!」

「そうですか、分かりました」

「え」


 私は目隠しを取って布団を被り直し、ザコルが座る方向に背を向けて目を閉じる。


「あ、あの、ミカ?」


 返事はしない。独り言も言わない。私が何を求めても反発するのだ。そんなに負担なら何もしてくれなくていい。

 添い寝してくれれば安眠はできるだろうが、日中ますます意識させている気もするし、毎日無理させる事もあるまい。


「ミカ、一緒に寝たいのでは」

「いえ、別に。おやすみなさい」


 ……………………。


 しん。


 静まり返る部屋。暖炉にくべられた薪が小さくパチ、と音を立てた。



 しかし五分、いや十分経ってもザコルがベッドを離れる様子がない。ベッドサイドの灯りもつけっぱなしだ。いい加減に気になった私はゴロリとザコルが座る方向に寝返りを打ち、ちらりと顔を伺った。


「……何ですか、そんな、捨てられた子犬みたいな顔をして」

「だって、ミカが」

 子犬は拗ねたように目を逸らした。


「私が何ですか。別のベッドで寝ると言ったのはそっちでしょ」

「…そう、ですが、ミカは、一人で寝ては、うなされて、泣くじゃないですか…」

 子犬はボソボソと言葉を並べる。

「今日は別にそんなにショックな出来事もなかったし、普通に寝られるかもしれませんよ」

「ですが」

 なおも食い下がる子犬に、私は溜め息をついて身を起こした。


「だから、何度も無理を強いるつもりはありません。公私混同しまくりだとハコネ兄さんにも言われてしまいましたし、私も調子に乗り過ぎましたから」

「敢えて調子に乗った振る舞いをするのは、僕のためなんでしょう!?」

「思い上がらないでくれます? 私は私のしたいようにしているだけですので」

 横目で睨むと、子犬はびくっと僅かに肩を上げた。


「ミ、ミカ、お願いですからそんなに怒らないでください。それに、自棄になるのもやめて」

「怒ってもいませんし、自棄になってもいません。現に、私が逃げる真似事をするのは屋敷の中のみです。今の町長屋敷は前よりもずっと安全になったでしょう。それに昨日はよく休めていますから、一日くらい寝不足でも」

「それが自棄だと言うんだ! 食事や風呂と一緒では? 寝られる時に寝ておくべきでしょう!」

 子犬が噛み付いてくる。さっきは風呂など毎日必要ないような事を言っていたくせに。


「うーん、…いや、やっぱり今日はいいですよ。ザコルもさっさと寝てください」

「どうしてそうわざと拒絶するような事を言うんですか!!」

「拒絶してるのはザコルでしょ?」

 うぐう、可愛い可愛いうちの子犬が黙る。


「ねえ、支離滅裂な事を言っている自覚はあるんですよね、ザコル。一体どうしたいんですか」

 うぐううううう、と唸る子犬。

 子犬というサイズではないが、プルプルしてる所なんかは紛れもなく子犬だ。

「僕は子犬じゃない!!」

「ああ、聴こえてました? じゃあ大型動物でも何でもいいですよ。どうしたいのかと訊いているんです」


 ごにょ…、むぐ、んんっ、コホン、…っ、うぐう…。


 ザコルが何かを言い掛けては飲み込んだり誤魔化したり苦悩したりしている様子をただ見守る。


 また五分か十分経ったろうか。余裕の無さすぎる大型動物を眺めるのもこれはこれで楽しいが、これ以上貴重な睡眠時間を削るのもな、と思い始めた頃、ザコルが意を決したように顔を上げた。


 そして無言で両手を広げる。

 私が黙ってそれを見ていると、「ん!」と言って何度も広げる真似をする。

 私が身を寄せると、背中と頭に手を回され、ぎゅっと抱き締められた。


「今日は、い、一緒に、寝ます…きょっ、今日の所はです! ぼ、僕も、寝られる時に、寝ておきたいので…!」

「そうですか。じゃあ、そうしましょう」

 私が身じろぐと手の力が弱まった。少し空いた体と体の隙間に両手を滑り込ませる。

「ミカ?」

 私が妙な動きをしたからだろう、覗き込むように顔が降りてくる。その機を逃さずに両手で服を掴み、ほんの少し背筋を伸ばして上を向く。

 ちゅ。ほんの少し、触れるだけ。


「隙あり、ですね。今日から少しずつ慣れていきましょう。リハビリです」

「……………………」


 ヒラヒラ、手を顔の前で振ってみる。

「ザコル、ザコル。おーい。一緒に寝なくていいんですか。しょうがないですね、私が簡易ベッドに」

 腕を解こうとしたら、ぎゅ、と力が入った。

「…くそ、やられた…!」

「あはは、そんな親の仇みたいな言い方しないでくださいよ。こんなんじゃ大した魔力は移譲されないはずです」

「そんな事は怖がっていない!」

「はいはい、解ってますよ」

 どくどくどくどく、押し付けられた胸から早い鼓動が伝わってくる。

「もう一回したいな」

「ダメです!!」

「何でですか。何度でも言いますけど、今更ですよね?」

「ぐ、そ、それはそうですけれど! 残り魔力が少ないかもしれないのに、僕に移譲なんてしたら…」

「渡し過ぎたら返してくれればいいんですよ。ね、解決。さあさあ、横になっておけば心神喪失しても安心ですよ。ほら布団に入って」

「ダメです!! 本気で正気を保てなくなりますから!! 本当にやめっ、んむうう」



 既に正気でないのか、腕に力が入っていない。無理矢理に動いたらあっさり解けた。


 しばらく口を合わせていたら動かなくなったので、ぽて、と横に転がし、ランプの火を消し、ザコルの肩まで布団を引き上げ、勝手に懐へと入って目を閉じた。



つづく

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