王都とテイラー領の今② 暗号解析の玄人
「どぉーして俺がいねえ時に爆弾投下すんすか!? 爆発するとこ見たかった…!!」
我らがツッコミ隊長エビーが悔しそうに拳を振る。
お風呂上がりでホカホカと湯気が立っている。しっかり温まってきたようだ。
「エビー様ってうちの主と気が合いそうで嫌です」
「嫌!?」
ボソリと呟いたピッタに爆弾を投下され、チャラ男が無事爆死した。
「誤解のなきように申しますと、こちらの支援部隊には諜報を目的に潜伏していたわけではありませぬ! どうかお信じいただけますよう…!!」
「それはまあ…。実際にそういう目的で潜伏していたのなら、このタイミングで素性を明かす意味が解りませんので…」
「お心が広い!! 神ぃぃぃ!!」
「無駄に持ち上げないでくれますかドーシャ。君も密偵の端くれならその落ち着きのなさを何とかしろ」
ザコルは私の髪から手を離し、執務室の入り口近くに整列したアーユル商会の部下三人、カファとピッタ、そしてほとんど接した事のなかった御者のヴァンに向き直る。私も皆の顔が見えるように座り直した。
「君がヴァンですね。まずは、水害支援やテイラー家との連絡のために、毎日馬車を走らせてくれた事に礼を」
ザコルは騎士風の礼をした。
ヴァンは長身だが見るからに痩せ型で、戦闘員という感じには見えない。
「勿体ないお言葉です、猟犬様。俺と若頭は密偵の端くれではありますが、情報収集は基本的に行商のついで程度です。他領で商売する事もありますので。後はせいぜい密書の仲介くらいでしょうか」
ヴァンが落ち着いた声でそう言った。彼はこの四人の中ではクール寄りのキャラのようだ。
「そうですか……なるほど。では、この商会の最大の売りは、そちらの二人にあるのですね」
「その通りです、猟犬様」
ヴァンが胸に手を当てて一礼すると、その場にいる全員の視線がカファとピッタに集まった。
「りょっ、猟犬様、ミカ様…今まで、黙っていて申し訳ございませんでした……!」
カファが緊張したように姿勢を正し、ピッタと共に頭を下げた。ザコルはすぐにそれを手振りでやめさせた。
「そんな事は謝らなくていい。むしろ今日までよくぞ隠していられましたね。…僕は嬉しいんですよ。カファ、ピッタ」
ニヤァ…。ザコルが意味深に微笑む。
「う、嬉しい…でしょうか?」
ゴクリ…。
カファがますます緊張したように喉を鳴らす。ピッタに至ってはもうちょっと泣きそうだ。
「ええ。ドーシャの話の通りなら、君達二人は暗号のやり手なのでしょう。僕はその方面の才には恵まれませんでしたが、暗号文書の探求は唯一の趣味と言っても過言ではないんです。暗号専門の現役工作員が、こんなに身近にいて、しかも味方についてくれるだなんて…!!」
あ、はしゃいでる。だよねー。
「僕は今日まで君達の正体になど思い至りもしませんでした! 二人が優秀な工作員である何よりの証拠でしょう。これで期待するなという方が酷ではありませんか!」
キラッキラの笑顔でカファとピッタを見つめる猟犬。
見つめられた方の二人は逆に視線が泳ぎ始めた。
「ど、どうしましょう!! ごごご期待に添えるかどうか物凄く不安になってきました…! 若頭、やっぱり私達場違いでは!?」
あの強メンタルのカファがプレッシャーに負けそうになっている。
「大丈夫だカファ。お前達がいなければうちの商会など回らぬどころか存在意義すら失くすのだ。だから自信を持て!!」
「お兄はカファに頼り過ぎなんだよ! 少しは勉強するとかさあ!!」
ピッタがドーシャをはたく。
「勉強してみたがちっとも分からんのだ!! 妹のお前が頑張っているからいいだろう!!」
「堂々と言うなこの馬鹿お兄!!」
ギャイギャイギャイ。兄妹喧嘩…というか、怒る妹と開き直る兄の言い合いが始まってしまい、カファとヴァンが慣れた様子で二人を引き離す。
ピッ、セージが挙手する。
「どうぞ、セージ。君も工作員ですか?」
「い、いいえ、違います。ご期待に添えず申し訳ありません。その、工作員ではないのですが、顧客に頼まれて情報提供などをする事はあります。お貴族様相手の商売人ならば、少なからずそういった事はありますので一応ご報告をば…。ただし、このファンの集いや、支援活動中に得た情報に関しては売るつもりは一切ございません。必要であれば誓約書をご用意いたします。他商会の分も」
「要りません」
「ですが」
即座に断ったザコルにセージが食い下がる。
「情報の扱い方など、どうせファンの集いの規約とやらで細かく決められているのでしょう。そうですね、タイタ、マネジ」
「はい。その通りでございます」
「もちろんです」
規約の番人、執行人タイタが恭しく一礼し、辺境エリア統括者マネジも真剣な顔で頷いた。
それでもセージは緊張を緩めない。
どうやら彼は、ドーシャ達が素性を明かした事により、同志が個々に運営する商会全体の活動が制限されたり、行動を疑われる事を恐れたようだった。
ふ、とザコルが息を漏らす。
「そんなに心配しなくとも、君達が敵でない事くらい解っているつもりですよ、セージ」
「…っ、りょ、猟犬様ぁ…!」
やっとセージが破顔する。
「ふへ」
「…………」
思わず声を漏らせば、僅かに眉を寄せた顔がこちらを見下ろした。
マネジとドーシャが持ってきたテイラーからの手紙類に、カファとピッタが手をかける。
ローテーブル脇で膝をつく二人の手元に全員が注目している。
「二人はファンの集い関係の手紙、中身は見たことなかったんだねえ…」
「ええ、ファンの集いの間で交わされた情報は『布教用』とされるもの以外、例え家族でも内容を明かしてはならない、という掟だそうで」
「え」
思わず執行人タイタを振り返ったが、彼は笑顔のままで頷いた。今目の前にある手紙に関しては、ザコルがいいというならいい、という事だろうか。
なるほど、ドーシャは工作員らしく、しっかりと手順を踏んで正体を明かしたようだ。
前モナ男爵の登場によって許可が得やすくなった事はもちろんだが、ザコル、執行人タイタ、辺境エリア統括者マネジの三人が揃うこの密談は、彼にとって絶好のタイミングだったのだろう。
ザコルが他領の工作員を一方的に敵視するようなタイプでない事は、コマの扱いなんかを見ていても分かっていたはずだ。その上でタイタとマネジの目の前で話を切り出し、ザコル本人に頷いてもらう事で『掟破り』を運営側の二人に容認させた。
そうまでした動機は恐らく、完全なる善意だ。せっかく部下の二人が暗号解析の玄人で役に立てる事が分かっているのに、力を借りられないのは惜しいから…。彼らの今後を考えると、正体を明かしてしまって本当に大丈夫だったのだろうか。
「以前は正直、たかがファンの集いが機密情報だとか掟だとか一体何を言っているんだろうと思っていたんですが、今回猟犬様やミカ様と過ごさせていただいて納得しました。真にお二人のお役に立とうとするなら、それくらいの統率は必須なんですよね」
ピッタはそう話しながら手紙に目を走らせ、さらに別の紙にサラサラと何かを書き出し始めた。
「何、何なのピッタ、動きが完全にプロだよ! すごい…!!」
「同感です!! 素晴らしい、話をしながら何の資料も手元に置かず解析できるなんて!」
私の隣に腰を下ろしたザコルも興奮している。
「ふおおお!? ミカ様も猟犬様もそんなキラキラしいお顔を向けないでくださいますか!? 穢れた私が浄化されて滅されます!!」
ピッタが顔を覆った向こうでは、タイタが感動したように頷いている。
「お二人のおっしゃる通り、ピッタ殿は大変に素晴らしい。この短期間で集いの活動意義を心からご理解いただけるとは、流石はドーシャ殿の妹御でいらっしゃる」
兄を引き合いに出されてピッタがスンッとした。妹心は複雑だ。
「これはまた念入りな暗号ですね…。誰に解かせるつもりだったんでしょうか」
カファが解析を進めつつも首を捻る。
「どうだろうね、僕には無理そうだったからドーシャ達にも一言相談してしまったんだよ。君達には、正体を明かさせる事になって悪かったね」
マネジが申し訳なさそうに答えた。
「いえいえ、リーダーの決定ですし、山犬様にも許可をもらったという事なら問題ないですよ! 私達としても、堂々とお役に立てるのは嬉しいんです! な、ピッタ」
カファがそう言えば、ピッタも笑顔で頷いた。
「そうだねカファ! もうお二人に隠し事をしないでいられるのは本当に嬉しいです!」
私達の方はまだまだ隠し事だらけなのにな、と、ちくりと胸が痛む。
「それにしても、アーユル商会の部下達が皆優秀なのは知っていたけれど、まさかこんな一面を持っていたとはね。この事、会長は知っているのかい?」
「今回の支援に先立ち、うちの商会がモナ男爵の駒である事はテイラー伯宛に報せてあります、辺境エリア統括者殿」
ヴァンがマネジにそう答えた。彼はマネジ達、同志陣が座るソファの後ろに立っている。
「いっ、いつの間に!?」
「何で君が驚いているんだい、ドーシャ…」
マネジが呆れたようにドーシャを見る。
「若頭よ…。うちの商会が中心となって報告と伝令を担っている以上、正体が後バレなんかしたらややこしくなんだろが。最悪、領同士の問題に発展すんだぞ?」
ヴァンは諭すようににドーシャに言う。
「ううむ、うちの部下達は全く優秀だ!」
ドーシャは特に悪びれる事もなくうんうんと頷いた。
「それよりも若頭はあの報告書をもっと短くまとめろ。毎度毎度あんな目立つ紙束持って走らされる身にもなれよ。俺の後に走る集いのメンバーにだって悪いだろうが」
「あれ以上は短くできぬ! あれでも毎回削りに削って」
「嘘つけ」
トントン、ノックが鳴り、入ってきたのはテイラー第二騎士団団長、ハコネだった。
「失礼、遅れてすまない。む…思ったよりも人数が多いな?」
ハコネは前に『同志の部下』だと紹介されたカファ達までいるのを見て、眉を寄せた。
「ハコネ、モナ男爵のご厚意で暗号解析の玄人が協力してくれる事になりました」
「何、その御仁らがか? 彼らがその玄人だと?」
「ええ。僕もたった今知りました」
「は、何だと? 一体どういう事か説明しろ」
かくかくしかじか…。
ハコネは、カファとピッタの手元を見るのに忙しい変態無頓着殿ではなく、エビーとタイタから事のあらましを聴き取った。
「なるほどな…。俺も暗号はほぼ門外漢だ。伯爵領に戻れば専門の者もいるが、これらの暗号はそいつらの仕込みだろうな。……これはまた難解な…。仕組みは解らんでもないが、そらでは解けんぞ。せめて専用の字引きでもないと」
ハコネはテイラーからマネジ宛に届いた手紙を数枚手に取って見て、それを自分の頭と紙とペン一本のみでスラスラと解いていくカファとピッタに目を移した。
「この若さでこの優秀さとは。末恐ろしいな…」
そして、ますます我々テイラー騎士団の立場がないな、とハコネは溜め息をつく。
「まあまあ騎士団長殿。こうして集まれたのも、我らが猟犬様ならびに次期伯爵たるオリヴァー会長のご人徳でございましょう。ここにいるのはむしろ、テイラー家の息のかかった者ばかりですよ」
「そうだったな。お気遣いいたみいる、マネジ殿」
ドーシャとセージが同時にソファ席を立ってハコネに譲ろうとしたが、騎士団長はそれを固辞した。
「俺も平民の出だ。それに今は騎士団長というよりは、アメリアお嬢様についてきた護衛の一人に過ぎない。貴君らより大きい顔をするわけにいくまい、この町では特にな」
ハコネの意思は固く、腰を浮かしたドーシャとセージが気まずそうに腰を下ろした。私が立っても同じ結果になりそうだ。
「一階の食堂を借りればよかったですかねえ。あそこなら大きなテーブルに椅子も揃ってましたし」
「あそこは内緒話には向きませんから。次回があれば椅子を追加で用意してもらいましょう。ハコネ、ミカをここに移動させるので座りますか」
ザコルが自分の膝をポンポンと叩く。
「…………貴殿、自分が何を言っているのか解っているのか?」
「? ミカを膝に入れれば席が一つ空くでしょう」
その場の全員が一瞬ザコルを見て、そしてエビーに視線を移した。
「お、俺はもうツッコまねえかんな! 嫌とか言われるし! 大体、ツッコむと逆効果なんだよ!!」
エビーがそう叫んでタイタの後ろにシュッと隠れる。そして皆の視線は私に集中した。
「ふう。全く、うちの子は本当に天然ちゃんなんだから…」
「な、何がですか、やめろ、撫でるんじゃない」
髪を撫でようとしたらブンブンと首を振ってソファの隅に逃げられた。
カファとピッタの解析の手が止まる。
「オリヴァー様直筆のお手紙の意図だけがどうしても判りません。暗号や隠語、透かし彫りなどの細工もありませんし…」
「どこか不自然さを感じるのは確かなんですが…。封筒の方も特に何もないですね」
二人が困ったように言った。
私はオリヴァーの手紙を一つ手に取った。一週間前くらいから毎日便箋が二枚ずつ届いているらしいので、まあまあの枚数にはなっている。
「一週間前っていうと、水害からまだ三日くらいですよねえ…。届くの早くないですか?」
「それは私めも感じておりました。ですが、不思議な事に届いてしまっているのです」
手紙の受取人であるドーシャはそう答えた。
タイタが以前、サカシータ領から王都まで文を届けるのに、猟犬ネットワークを使って三日か四日かかると話していた。ここから見てテイラーは王都のすぐ手前にあり、距離的に大きな開きはない。つまり、水害直後に文を出せたとしても、三日後ではまだオリヴァーの手元に来たかどうかという所のはずなのだ。
水害直後に文を出したであろうマネジもうーんと唸る。
「僕は、水害発生当日の夜、執行人殿からの報せを受け取ってすぐに会長へ報せを出しました。支援部隊として誰を向かわせるつもりでいるかのリストも添えて。何せ命に関わる災害でしたから、その時の『飛脚』達も必死で走ってくれたのかもしれませんね」
飛脚…。また新しいワードが飛び出たな。
「あの、今もそのヒキャク? って人達は通常の倍くらいの速度で走ってるって言ってましたよ。俺が朝夕の二回、チッカの指定ポイントに向かってると、もう着く前にもうあちらから走ってきて、こっちの報告書とあちらからの手紙を一瞬で交換して物凄いスピードで駆けていきますから、比喩でもなく本当なのかと…。鬼気迫るってのはああいう顔を言うんですね」
そう話すのはヴァンだ。
「…そう言えば前に、タイタとオリヴァーが私の武勇伝か何かを書いた手紙を会員に出して、その返事が二日くらいで全部戻ってきたって言ってたね。同志はみんな、本気になったら二日で国の端からテイラーに手紙を届けられるって事…?」
「はい。途中交代を含めた『速達』モードであれば可能であるかと」
タイタが何でもないように言った。マネジも「それはそうだね」と頷いた。
「それが本当ならば素晴らしい。僕らサカシータ一族の足をもってしてもここから王都まで片道三日弱はかかるというのに。そのヒキャク? という者達は伝達専門なんですか? タイタ」
ザコルはまたはしゃいでいる。楽しそうだ。
「はい。『速達』を超えた『特急』に対応できる者となれば数は限られますが、伝達専門の会員は国内に百人近くはおります」
「百人近くもですか。君達は全く常軌を逸していますね。走れる者をそれだけ集めて維持しているなんて」
この猟犬殿は、その常軌を逸した者達が全て自分のために集ったファンだというのを忘れていやしないだろうか。
「はは、交代もなくお一人で王都まで走って三日弱だという方がよほど常軌を逸していますとも!」
「全くですな! 飛脚達とてあくまでもあなた様を目標にしているのに過ぎませんぞ」
セージとドーシャがザコルを持ち上げ…てはいない。ただの事実だった。
通常、馬も使って十日以上はかかる道のりを走って三日は普通におかしい。
サカシータ一族が数人集まって本気で駅伝したら、一体どのくらいで王都やテイラーに着けてしまうのだろうか。
「はっきりした事は分かりませんが、水害発生当時だけでなく今も三日でテイラーとここを往復しているとすれば、全国から選りすぐりの飛脚達を相当数集め、交代制で対応させている可能性もあるかと。もしそうなら会長のご采配でしょうね」
そう言うマネジの見解が合っているとするなら、伝達を専門とする精鋭何十人かが数箇所の中継地点に散らばって待機し、文が来たら走れる者が一区間を全速力で走る事により、一週間もの間、一日二回の『速達』とやらを実現しているという事になる。
「相変わらず猟犬ファンの集いはチートですねえ…。秘密結社通り越してもはや私設軍隊か何かに近いよね。ふむ」
私は頷き、改めてオリヴァーの手紙に目を落とす。皆も切り替えたようにこちらへ注意を向ける。
「お、おいホッター殿、この議論は終わりか? おかしいだろう、ここからテイラーまで一日半などと…! しかも本来軍属でもない者達が」
私の後ろにいる騎士団長は納得できていないようだが、あの組織のおかしさは今に始まった事ではないので深くツッコむだけ無駄だ。それに、洗脳班などの存在に比べれば飛脚の存在などまだ健全に思える。
「えーと、何々…『ドーシャへ 今日は、演習場を三周しました。ザコルと走ったのは楽しかったな』…えっ、一枚目、これで終わり? ええと二枚目は『おやつはちょっと遅くて、四時になっちゃった。ミカがいないのはさみしいよ。オリヴァーより』うーん…何これ…。内容が稚拙過ぎるし、その割に字が上手過ぎる…。十歳ならこんなもの…?」
とても先程の采配を振るう人物の書く手紙には見えない。他のも手に取ってみる。
「ええと『ドーシャへ 今日も三周です。頑張っています。早くふたりが帰ってこないかな』、『歴史の教師に、宿題として本を三冊も読めと言われたんだ。ひどいと思わないか。オリヴァーより』…うううーん…。次は『ドーシャへ 僕の部屋がある棟の二階で虫が出ました。母さまが大騒ぎしました』、『仕立て屋に僕用の深緑色マントをお願いしたら八日もかかるって言うんだ。待ちきれないよ。オリヴァーより』…………あの、すみません。この手紙って時系列どうなってるんですか? 順番通りに並べられます?」
日付も入っていない、そして脈絡もない手紙を、ドーシャが記憶頼みで並び変える。ハコネも、扉前に控えていたタイタやエビーも覗きにきた。
「あ、これって…」
エビーが何かに気づいたように目を見開く。
「エビー解った? 私も解ったと思う…」
「俺もだ。はは、なるほどな」
ハコネも頷く。
「あの、数字ですよね?」
エビーとハコネがこちらを見て頷く。同じ考えで合っているようだ。
「ミカ様、ど、どういう事でしょうか!」
カファが焦ったように聞いてくる。
「あのね、意図は分かんないけど法則は解ったよ。単純な事でね、一枚目と二枚目の文面に出てくる数字を並べると、二桁の番号になるでしょ。それがね、日ごとに一つずつ減ってるんだよ。だから、これは何かのカウントダウンだと思う。…あ、いや、二人もそれくらいは気付いてるかな…」
カファとピッタが手紙をババッと確認した。
「本当だ…!!」
「どうして私達、こんな単純な事を見落として…!?」
先程まで謎の記号の集合体にしか見えないような手紙をサクサク解いていた二人が、愕然とした表情で床に手をつく。
「た、単純過ぎるからじゃないかな? 二人の解いてたレベルに比べたら、子供のなぞなぞレベルだもん。でも、このカウントダウンの意図は分かんないよ。これがゼロになったら何が起きるんだろね?」
一通目の番号『三五』から始まって、今日届いたのは、二階で虫が出て、マントの仕立てに八日かかる、ので『二八』だ。明日届くのが『二七』なら間違いないだろう。
「ミカ殿お見事です!」
「流石ですミカ様!」
タイタや同志組が口々に褒めてくれる。
「いや、たまたま気付けただけですよ。エビーとハコネ兄さんも解ってましたし」
そう話を向ければ、二人は苦笑しながら頬や顎を掻いた。
「まあな、だがこれはテイラーの者なら誰でも解るというか…」
「へへっ、種明かしすると実はこれ、テイラーじゃ子供相手によくやる仕込みなんすよ。例えば誕生日祝いなんかの前触れとして、数日前から数字を入れた手紙を毎日出すんだ」
「へえー、素敵な慣習だねえ!」
「うちの長男もようやく字が読めるようになってきたのでな、つい最近同じ仕込みをして誕生日を祝ったぞ。二枚綴りで二桁の数字からカウントダウンさせるようなのは初めて見るが…」
「長えすよねえ…。ホント、あと二十八日で何が起きるんすかね。誰かの誕生日でもありましたっけ?」
「アメリアお嬢様のお誕生日ならば丁度その頃だろう」
「ああ確かに」
テイラー育ちのハコネとエビーが和やかに話し出す。アメリアによれば本当の誕生日は不明という話だったが、引き取った日などを誕生日と決めて祝っているのかもしれない。
「…………まるで気付けなかった…」
ここにダメージを受けている人がもう一人。かの有名な裏社会の寵児、深緑の猟犬である。
「まあまあ。一週間分の手紙が揃ったからこそ法則が見えやすくなったんですよ。そういえばザコルのお誕生日は春でしたっけ。テイラー式にお手紙出してあげますね」
「そういうミカは秋生まれと言っていませんでしたか、もう過ぎたのでは?」
私があちらの世界を去った頃は五月の連休が始まる直前だった。こちらの世界の暦は三月頭頃を『春前半』の始まりとして、四十五日で『春後半』に入る。私が訪れたのはまさに春の後半に入る頃、四月の半ばに相当する。召喚時には数年の誤差は当たり前と聞いたが、今回の召喚では奇跡的に同じ季節に喚べている事になる。
ちなみに私は十一月生まれだ。この世界は今『秋後半』が半ばを過ぎた頃。つまり十一月頃であり、私の誕生月に相当するはずだ。
「丁度今頃が誕生日ですよ。二十六歳になりました。春までは同い年ですね、ザコル」
同い年、いい響きだ。思わず笑みが溢れる。
「……その聖母のような笑みをやめてくれませんか!? やめないとグ、グチャグチャにしますよ!?」
「ふへへえ」
「話を聴いていたか、僕に近づくんじゃない!」
シュバ、ついにソファから逃げ出したザコルがタイタの後ろ…は考え直したか、マージの執務机の下に隠れてしまった。
ハコネが眉間の皺を揉む。
「あの情緒が幼児の男…余裕が無さ過ぎではないか? あれで本当に…」
婚約などするつもりなのか、という言葉は飲み込んだようだ。
「照れてるんですよ、可愛いでしょう?」
「貴殿はまた…」
ハコネが呆れた顔で私を見下ろした。エビーはもうツッコむ気はないらしく黙っている。
「流石は我らが氷姫様、コミュ障を丸ごと甘やかしてくださるその度量!」
「我々も勇気をもらえますな!」
「お二人は同い年、なんて萌える設定だ…!」
「ミカ殿を聖母のようとは、よい例えをなさる。ザコル殿への愛の深さとお心の広さはまさにこの世界に降り立った聖母そのもの!」
ドーシャ、セージ、マネジ、ついでにタイタは通常運転だ。
「ちょっと! 今猟犬様、聞き捨てならない事おっしゃってませんでしたか!? グチャグチャにするとか…」
「大丈夫だよピッタ、あれはエビーに『いっそ姉貴にグチャグチャにされちまえ』って言われたのに対する当てつけだからね。…あ、本当にはしてないよ? グチャグチャには…な、何も心配いらないからね!?」
ピッタの表情が青くなったり赤くなったりと忙しいので、慌ててフォローを入れた。
つづく
後からも出てくるんですが、ここで位置関係の補足です。
各地の気候と距離感を日本列島に当てはめると、
王都は中国地方から近畿
テイラーが近畿から中部
ジークが中部北から関東
モナが北関東から南東北
サカシータは北東北から北海道の本州側地方あたり
という感じで想定してます。
まあ、たとえば大阪から青森あたりまでを一人で走って三日弱とか
交代しながらでも往復三日とか普通におかしいですよね。
この世界でも充分おかしいんですが、
秘密結社とスーパーサカシータ人の非常識さには深くツッコむだけ無駄なので
そういうものだと思っといてくれればOKです。




