確かにドス黒い血の色には近いですね
ザコルが投げナイフを私達に見せて持ち方などを説明し、まずはドングリ投げの時のように、たっぷりと予備動作をつけて的に投げて見せた。無論、ナイフは的のど真ん中に命中した。おおーっと皆で拍手を送る。
元々投擲を習う予定だった私とエビーの他に、タイタも、そして同志達も並んで見学している。
「僕は、このナイフの他に、痕跡を残しにくい針や、ただの鉄の飛礫なども道具として使います。順番に見せていきましょう」
アメリアは一旦、町長屋敷へと戻っていった。私にどこまで話したかをハコネ達と共有して、今後の出方を相談する時間が要るのだろう。
私はまだ、彼女の出生の秘密について聴いただけに過ぎない。驚かなかった訳ではないが、彼女の立場はあくまでも伯爵令嬢であり、本人もそうあり続ける事を望んでいる、と思う。
テイラー伯爵夫妻も、母方の実家であるシュライバー侯爵家も、王妃や第一王子も、皆彼女の意思と安全を優先してくれるつもりでいるだろう。であれば、私も彼女の生い立ちは念頭に置きつつも今まで通りに扱い、彼女の困り事やこれからどうしたいかを聞いて助けてやればいい。
ザコルが放った針は音もなく的に刺さり、飛礫は鈍い音を立てて的を貫通した。飛礫の威力には同志達も目をみはる。
「見れば分かるでしょうが、この中で、比較的手に入りやすく、先日のドングリ投げも応用できるのは鉄の飛礫です。ナイフや針よりは管理もしやすいですし、手頃な石などで代用する事もできます。今日はナイフを使った基本的な投げ方の指導と、飛礫の投げ込みを行いましょう。ミカとエビーはあちらでナイフを。同志達は…ナイフが足りないので、飛礫だけでもよければ町の武器屋が大量に用意してくれましたので一緒に投げますか。フォームはドングリ投げと一緒でいい。重さが変わるだけです」
ザコルは同志達に飛礫が入った箱と的として用意した板を渡してやり、私とエビーの方へ来て一通りナイフの投げ方を教えた。何度か投げさせて、いいですねと褒めると、しばらく投げているようにと指示し、自分は長剣を持ってタイタを連れ出した。
「うーん、長剣を持ったザコルは今日も格好良かった。ちっとも集中できなかったです」
ザコルは照れたのか、ぐ、と少しだけ引きつつもコホン、と咳払いをして立て直した。
「そう言いつつ、渡したナイフを全て的に当てている所は流石ですね、ミカ」
「でも真ん中に当たったのは半分くらいですよ。精進あるのみですね。あっちで飛礫にも挑戦してきていいですか」
「ええどうぞ」
私が飛礫コーナーへ踵を返そうとすると、エビーに服を掴まれた。
「…くっそお…姉貴、次は負けねえからな!!」
「エビーだってまあまあ的には当たってたでしょ」
「フォローはいらねんだよお…」
命中率で私に負けたのが相当悔しかったらしい。
「エビーにはこのナイフは小さくて扱いづらいかもしれませんね。明日は一般的によく使われている投げナイフも用意しましょう。そうすれば同志達も参加できる」
ザコルが使っているのは、リングのついた小さめのクナイのような投げナイフであり特殊なものだ。一般的な投げナイフとは、よく漫画などで盗賊やサーカス団が使っているようなものだろうか。
「ザコル殿、俺もあの飛礫に挑戦していいでしょうか!」
手合わせでテンションの上がったタイタが同志達の集まる方向を指差す。
「ええ、もちろんです。ですが君は暴投しがちですので、皆からは少し離れて練習しましょうか」
「分かりました!」
タイタは飛び道具全般に向いていないようだが、あの彼の事だ。モノにするまで何年でも根気よく鍛錬し続ける事だろう。
一時間程で投擲講習を終え、全員で飛礫や矢などをしっかり拾い集めて本日の訓練は終了した。マネジも含む同志達は、同志村で部下達が昼食を用意しているらしいので、今日はここで解散となる。
「マネジ」
「ひゃい!!」
「…まだ緊張しているんですか? あれ程見事な戦闘を披露しておきながら…。今日の手合わせは素晴らしかったです。またぜひ僕の相手をしてください。それはそれとして、君には話を聴かなければなりません。度々呼びつけてすみませんが、夕食後に町長屋敷を訪ねてくれませんか。できれば伝令係をしているドーシャも」
『ひゃい!!』
マネジとドーシャは同時に返事をした。
「もし、他にもオリヴァー様や、王都近辺にいる者と連絡をとっている者がいれば協力をお願いします。もちろん無理にとは言いません」
王都に支部を持つ大商会会頭セージが手を挙げた。夕食後にはマネジ、ドーシャ、セージの三人が訪ねてくる事が決まった。
同志達を呼びにカファが走ってくる。カファに午後から入浴支援をなさいますかと訊かれたので、もちろんと伝えておいた。
◇ ◇ ◇
ザコルとエビタイを伴って門に向かっていると、空がどんよりと暗い灰色になってきた。これは一雨くるだろう。いや、この肌を刺すような冷気ならもしかして…
「あ、雪?」
はらりと小さな白いかけらが舞うのを見た。
門をくぐる頃には、そのかけらが視界いっぱいに舞うようになった。
「雪だ、雪だ雪だー!」
私は思わずくるくると回る。
私が祖母と暮らしていた辺りは、雪はたまに降っても積もるのは珍しいといった感じの地域だった。
雪が降り始めれば子供はみんなはしゃぎ回るが、車や公共交通機関を使う社会人や学生は積もったらどうしようと焦り出す。もちろん冬でもスタッドレスタイヤなどはかせていない人が大半だった。
「ミカ、落ち着いてください。衛士の者達が笑っていますよ」
「だって雪ですよ雪! 綺麗! つめたあーい!」
私は大人だが、今は車通勤でも電車通勤でもない。思いきりはしゃいでいいのだ。
「はは、ミカ殿のお気持ちも解ります。王都やテイラーでもそう頻繁には降りませんから」
「すげえな、こんなまだ秋が終わるかどうかの時期にこんな勢いで降るなんて。やっぱ、ここは『雪国』ってやつなんすね」
タイタとエビーも空を見上げ、雪を受け取ろうと手を差し出す。
「ザコル、ザコル! これ、積もりますかね!?」
「こんな風で舞うような雪ではそう積もりはしないでしょう。もっと、ぼたぼたと落ちるようになればあっという間ですが」
ザコルはそっけなく返した。そのつまらなさそうな顔に、雪への慣れが垣間見える。
「ふふ、雪国の人だあ。好きー」
いつもエスコートしてくれる腕にギュッと抱きつく。すぐ剥がされるかと思ったのに何も反応がない。
顔を見上げると、少し赤くなりながら明後日の方向を見ていた。
「照れてるのに我慢してる…! 新しい…!!」
ムッとした顔がこちらを見て、結局ベリッと剥がされた。
町長屋敷に戻ると、一階が何やらガヤガヤと騒がしい。聴き覚えのある豪快な笑い声が響いてくるのは、調理場だ。
覗いてみれば、調理台の椅子にどっかりと腰掛けて大量の芋を剥いている大柄な男性の姿があった。
「山犬殿! そんな事は私達がしますから…!!」
「何言ってんだ、マシ芋の早剥きで俺に敵うと思ってんのかぁ?」
「いくら敵わなくたってあなた様はお客人です! お部屋でお待ちいただきたく…!!」
料理長と峠の山犬が押し問答している。
「おう、嬢ちゃん! あんたも剥くか?」
山犬は私に気づくと軽く手を上げた。
彼とはウスイ峠の山小屋『峠の山犬亭』で一緒にお芋を剥いた仲だ。
「ぜひご一緒します。でもここじゃお邪魔になりそうですし、お芋を持って隣の部屋にでも移動しませんか。それ、全部ふかすんですよね?」
「あったり前よ、ふかし芋にバター落として食べる以上のご馳走なんてねえだろ。芋もソーセージも大量に持ってきてやったかんな、今日は芋とソーセージ祭りだぜえ!!」
昼前だというのにもう酒が入っているらしい。私達は、酔っ払いと芋が山盛り入った箱を引き取り、余計に冷や汗をかいて止めようとする料理長に大丈夫だと伝え、隣の食品貯蔵室へと移動した。
「やいてめえら、どこまで進んでんだ、ああ? おっちゃんに教えてみろ」
「やめてください前モナ男爵様。全く相変わらずですね…」
剥きかけの芋とナイフを持ったまま、猟犬の肩に絡みつく山犬。危ないな…。
「カオラ様はどうされたんですか」
「ああ、かーちゃんなら宿の調理場の方行ったぞ。あっちも避難民のメシ作ってんだろ」
…あっちでも同じような押し問答がされているに違いない。カオラなら上手に馴染んでいるかもしれないが。
「金髪の坊主、おめえ手際いいじゃねえか。ザコル坊も意外に…で、コメリの倅、おめえは何だ、そんなに厚く剥いたら芋がなくなっちまうぞ」
「はっ、申し訳ありません。調理は不馴れでして…しょ、精進いたします!」
「いいか、芋を持つ手はこうだ。で、ナイフはこう…」
山犬はタイタに芋の剥き方を伝授し始めた。
「…へへっ、何すかこの状況、大物が集まって芋の皮剥きかよ」
確かに、二つ名持ちの英雄が二人に、秘密結社幹部に、エセ聖女に、それから…
「ここで一番の実力者はエビーかもしれないよ」
パン屋の息子、エビーが剥いた芋は既に私の二倍くらいの量になっている。
「そうすね、これだけは誰にも負ける気しねえすわ」
「ああん? 俺に喧嘩売ってんのか! 勝負だ金髪!!」
「望むところすよ山犬殿! パン屋の倅の実力、見せてやりますよお!!」
かくして、かつてその名を世界に轟かせた英雄・峠の山犬と、テイラー領都で屈指の人気を誇るパン屋の倅・エビーによる壮絶なる芋剥き競争が始まった。
「えー、これで五十個、で残りは、ひい、ふう、みい……エビーが二個多い!! うちのエビーの勝ちぃー!!」
「よおっしゃあああー!!」
「くっそてめえエビーっつったか、忖度しやがれ忖度!!」
喜ぶエビーに、本気で悔しがる山犬。
「あははは、山犬のおじさまったら。忖度されたら怒るタイプのくせに」
山のようにあった芋が短時間で全て剥かれてしまった。これを全てふかすのも大変そうだ。
途中で出番をなくした私とザコルとタイタの三人は、ただガタイのいい男二人が全力で芋を剥き続けるという地味な絵面を眺めていた。
「いや、俺と二個差も凄えすよ山犬殿。俺、これでも実家じゃ皮剥きはぶっちぎりで速え方なのに」
「てめえ、俺相手にフォローのつもりかこの野郎! 外でろ外ぉ!!」
「稽古つけてくれんのはありがたいすけど、外めっちゃ雪降ってますよ」
外は風も強くなってきて、視界一面の粉雪が勢いよく舞い踊っている。
「そうすねえ、じゃあ後で林檎の早剥き競争でもしません? リベンジって事で」
「望むところだおらあ!!」
酔っ払いが林檎の皮剥き要員に組み込まれた。さすエビだ。
峠の山犬夫妻は、明日は酒と芋とソーセージ満載の荷馬車を引き連れてカリューに行くらしい。きっと今日も明日も酒漬けだろう。言っても無駄そうではあるが、私からも酒量を控えるようにお願いしておいた。カオラのためにも長生きしてほしい。
今日の昼食は、ボイルしたソーセージ、バターを落としたふかし芋、そして野菜スープだ。
私が剥かれた芋を魔法でふかしている間に、山犬殿は戻ってきたカオラによって当てがわれた部屋に連れて行かれた。そして私達は一階の食堂に通されて出来立てをいただいた。客人達はそれぞれの部屋で昼食を摂っているようだ。
「むふ、豪華」
ホクホクのお芋に、とろとろのバター。肉汁じゅわーなソーセージ。まさにこれ以上ないご馳走だ。
「うんめぇー…」
エビーが幸せそうに芋を頬張る。
「峠の山犬亭ではねえ、このソーセージを目の前のストーブで焼いてくれてねえ、もうほんっと美味しかったんだよ。ウスイ峠を越えた後だったから疲れ身にも染みて、余計に美味しく感じたのかな」
「山小屋でコレ出てきたらテンション爆上がりっす!」
ザコルは黙々と食べているが、あれは『美味しい』の顔だ。タイタはいつも通り音も立てず上品に、かつ手早く食べている。
「タイタも子供の頃にご両親と行ったんでしょ? こんなメニューだった?」
「ええ。懐かしい味わいです。ウスイ峠は越えず馬車で参りましたが、山犬殿のご案内で山菜取りを体験させていただいた後でしたので、同じく疲れ身に染みた覚えがあります。当時は夏でしたから、小屋の外で火を焚いて、その場で焼いてくださったのですよ」
「素敵、夏なら山の幸も色んなものが採れただろうね。…………タイタ、もしや山菜に詳しい?」
「詳しいという程ではございませんが、その当時に教えていただいたものならばいくつかは見分けられるかと」
「また一緒に山に入る機会があったら教えてね」
「もちろんです」
ザコルも植物に詳しそうだが、彼の場合、可食かそうでないかの判断がいい加減なので、任せっきりにするのは危険な気がする。
トントン、控えめなノック音がしたので入室を許可すれば、同志村の女子五人だった。
「お食事中に失礼いたしました。出直します」
「ううん待って、もう食べ終わるから。何だった?」
誰からいく? と五人は相談し、まずはティスが名乗りを上げた。
「薬草図鑑が届きましたので、中身のご確認を。もしお気に召さなければ他のものを買い付けて参ります」
「おお、タイムリー! 今山菜の話してたんだよ。山菜って薬草に入るのかなあ」
フィンガボール代わりに用意されたタライで手をしっかり清めて水気を拭いた後で、ケース入りのぶ厚い本を受け取ってそっと取り出し、パラパラとめくる。この世界の本は貴重品。バターの染みなんてつけたら大変だ。
まずは精緻な挿絵に目を奪われる。なんて綺麗な絵だろう。このまま額装して飾ってもいいくらいだ。
「ミカ殿、こちらは山犬殿に教えていただいた山菜の一つです。夏バテに良いのだとお聞きしました」
タイタが横から指差して教えてくれる。産地や採集時期、薬効とともに、食材としての加工の仕方までしっかり載っていた。なんて親切で実用的な図鑑だろうか。
「ミカ、これは春先に珍味として出回るものですが、普通の人間は大量に食べると中毒を起こすようです。以前、戦場で飢えた時に自生しているものを皆で腹一杯食べた結果、僕以外の者が全員錯乱状態に陥った事があります」
野生のザコルも物騒な情報を教えてくれる。そのページを隅まで読んでみれば、中毒症状の恐れもしっかり書かれていた。
「…うん、凄い、これは勉強になる! とってもいい図鑑だねティス! 買います!」
「ありがとうございます! 著者である両親も喜びます!」
「値段はこちらで決めていいんだったよね。お金はジョーさんに渡した方がいいかな」
ザコルが査定してくれる予定なので私には正確な金額は判らないが、かなりの大金になる事だけは予想できる。
「いえ、私の方でお預かりいたします。兄はテントで寝起きしておりますし、お屋敷の金庫で一時保管していただける事になっておりますので」
「そう。じゃあ今日か明日中には声をかけるね。本とお金は交換にした方がいいだろうから、一旦返すよ」
「いえ、もしよろしければお預かりいただければと思います。今日は雪ですし、読書にはぴったりのお日柄でしょう」
「いいの? ありがとうティス」
ほくほく。久しぶりの本だ。嬉しい。
次に手を挙げたのはルーシだ。
「こちら散髪用のハサミです! お荷物にならないよう、なるべくコンパクトなものを用意させました。一応櫛もご用意しましたが…」
「わあ、ありがとう! 櫛とハサミの柄のデザインがお揃いなんだね、素敵! どっちももらうよ。いくら? 送料も乗せてね」
ルーシが伝えてくれた値段と内訳を聞いて、ザコルがそこにいくらか乗せて渡した。
思ったよりもずっといい品を用意してくれた。刃の合わせも絶妙だし、これならば髪も滑らずにサクサク切れるだろう。同じ意匠で作られた金属製の櫛も目が細かくて使いやすそうだ。どちらもすっぽり収まる革のケース付。これを腰に下げたらカリスマ美容師気分が味わえるに違いない。
「私達はこれを」
ユーカとカモミが、平たいトランクのようなケースをよいしょとテーブルに置き、カパッと開けてみせる。色とりどり、様々な意匠のリボンがぎっしりと詰まっていた。
「私共の方で厳選させていただくつもりだったのですが、ミカ様ならどれもお似合いになりそうで…。結局この数になってしまいました。猟犬様にはこの中からお好きなものをお選びいただいて」
「全部ください」
『全部!?』
ザコルの言葉に全員が驚いてツッコむ。リボンはどう見ても五十本以上、いや百本くらいはある。
「どれもミカに似合うんでしょう。なら全部ください」
「ちょちょちょ、こんなに使いきれないでしょ! ほら、林檎かじってないでちゃんと選んでくださいよ」
ザコルは仕方ないなといった感じで立ち上がり、タライで手を洗ってくる。そしてトランクを眺め、トランクの端から端へ指をスッ、スッと移動させた。
「では、ここからここまで全部」
「半分も絞れてませんけど!?」
言っている事はまるで貴族のようだが、ただ選ぶのが面倒なだけじゃないのか。あ、この人貴族だったっけ。
ザコルに任せておいたら荷物がリボンだらけになりそうなので、女子達に頼み、一人二本ずつオススメを選んでもらう事にした。それでも十本だ。まあまあ多い。
「…僕も選びたいです」
選択権を奪われたザコルが恨めしげに私を見る。
「ええ、買ってくれるのはザコルですからもちろん。全部とかはナシにしてくださいよ」
ザコルは三十秒くらい悩んだ末、濃紺のサテン生地に金の刺繍が入ったリボンと、深みのある臙脂のベルベッド生地のリボンを手に取った。
「へえ、紺と赤すか。深緑じゃねえんすか」
「緑はもうあるでしょうが」
女子達が選んだ十本のリボンの内、半分は深緑か緑の系統色だった。深緑の猟犬に忖度した結果だろう。
「この紺はミカが最初に着たドレスの色に似ています。ホノルの見立てなら間違い無いでしょう。この赤は……。ミカは返り血を浴びても美しかった。ならばこの色も似合うはずだ」
どよ…。皆が何とも言えない表情になる。
「返り血色かあー…。流石は兄貴、予想の斜め上を突き破ってくんな…」
「確かにドス黒い血の色には近いですね…」
エビーとピッタもツッコミを入れあぐねている。
「あれ、姐さんは?」
「俺の後ろにおられるぞ。どうされました、ミカ殿」
「…………」
私はタイタの後ろでうずくまっていた。
「うんうん、返り血を浴びても…ですね、ミカ様」
「…………何で復唱するのピッタあぁ…」
うずくまっているのにポニーテールの髪束を勝手に持ち上げられ、シュルシュルと何かが巻き付けれる。
「ほら、似合うでしょう。顔を上げてください、ミカ」
「むり…」
「無理ですか。…ああ、この色は嫌ですか? それなら」
「嫌じゃないです」
シュンとしかけた声色に慌てて顔を上げる。
私が赤面しているのに気づいたザコルが不思議そうな顔をする。
「何で急に鈍感になるんですか? ザコルが美しいとか言うからでしょ。不意打ち禁止です!」
ようやく合点がいったのか、今度はザコルの方が赤面した。
「甘酸っぱい…!」
「返り血なのに…!」
「お二人らしいわ…!」
女子達がきゃあきゃあ言うので居た堪れなくなり、最終的に二人で違う方向を向いてしゃがみ込む羽目になった。
「で、その返り血リボンは着けたまま行くんすね」
「いいでしょ別に。似合う?」
「似合うに決まってんでしょ。姐さんと言やあ返り血ですもんね」
「エビーはもう! こうしてやる!」
「いでっ、ドングリ投げてくんなよ!」
「はは。返り血とは斬新な発想ですが、他ならぬザコル殿のお見立てです。この世のどんな素晴らしいドレスや宝石にも勝る、あなた様のための一本でしょうとも」
「わあ…! 素敵な言葉をありがとうタイタ!」
「うんうん、流石はタイタ様ですね。チャラ男様も見習ってください」
「ピッタちゃんだってさっきはドス黒い血の色っつってただろが!!」
先導するピッタについて庭に出る。先程まで吹き荒れていた粉雪は少し勢いが落ち着いたようだ。ピッタは行商に来たわけではなく、風呂の準備ができたと私達を呼びに来たのだった。
「あはは、雪だ雪だー」
「ミカは雪を見る度に回るつもりですか」
「飽きるまでは回ります」
井戸の脇に水が満タンに入った樽が並んでいる。この寒いのに、井戸から水を汲み上げるのは大変だった事だろう。
「樽をこのまま置いておいたらいつか凍っちゃいそうですね。あ、私が溶かせばいいのか。問題無かった。というか、雪が積もったら雪を湯船に入れて溶かせば使えるんじゃ? 井戸で汲むより楽かも! よーし、ふれふれ雪!!」
雪乞いの舞だ! と叫べば、ピッタも笑って一緒に回ってくれた。
「雪を風呂に使うのはいいですが、雪が積もり始めるとこのテントでは重みに耐えきれないでしょう」
「そっか…。そっちは大問題ですね。真冬はこのスタイルのまま続けるのは厳しいかあ…」
私が付きっきりで雪を溶かしていればいいが、そういう訳にもいくまい。
うーん、と唸る声がするので目を向けると、屈強な領民男性達がカファと共にテントの脇に集結していた。
「今日からは毎回テントを畳んだ方がいいですね…」
「いっそ小屋でも建てちまうか。今の内によ」
「そうだな、真冬にこの風呂に入れるってんなら、俺ぁ小屋でも何でも建ててやんぞ。ガキどもも喜ぶだろうしな」
「いや、ミカ様だっていつまでもここにいらんねえだろが。魔法でも使わねえ限りこのデケエ風呂は無茶だ。鍋持って何往復する気だよ」
「ならよう、この湯船をいっそデケエ鍋みたいなもんに造り替えてだな、下から直に薪で沸かせるようにしたら…」
「鉄で作る気か? いくら屑鉄余ってるからって、こんな大きなモン作ったら鉄溶かすだけで薪かなり食っちまうぞ。ただでさえきっちり乾燥できてる薪が少ねえんだから…」
集まった男達は戦の後に入って以来、風呂の虜になったらしい人々だった。仲良くなった子供達の父親も何人かいる。
「鉄ではなく、主にレンガとか使って薪ボイラー作れませんかねえ…」
ボソッと呟いたら、カファと男達が一斉にこちらを振り向いた。
「ミカ様いいところに!」
「あんたなら何か知ってると思ってたぜ!!」
「あ、いや、作った事はないので、仕組みを口頭説明する事しかできないんですけど…」
レンガで窯と水槽を作り、水槽と湯船と二つのパイプで繋げて、さらに窯の火の中を水が通るような仕組みにして、そこで温められた湯が循環し、湯船に張られた水が徐々にお湯になっていって…と、頑張って説明したが、伝えるのが難しい。頑張って地面に図も描いてみたが、絵心の無さが浮き彫りになるばかりだった。
「不甲斐ない…!!」
「いや、俺らにこれを理解するオツムがねえのがいけねえんだよ」
「ザッシュの旦那がいればまだ良かったんだろうがなぁ」
「そうだ、ザッシュお兄様ならきっと解ってくれる!! 自力でサイフォンの原理に辿り着いてたし!!」
次にザッシュが来るのは三日後か。その時までにはしっかり説明できるよう、記憶を整理しておこう。
「そうそう、今、乾燥してる薪が少ないって言ってませんでしたか。薪って本来どれくらい乾燥させるものなんですか?」
「ミカ様、もしや自分で薪焚いた事無いんか? 姫様だもんなあ」
「いえ、庶民には違いないんですが、故郷では日常的に使う燃料が薪じゃなかったもので…」
全く使ったことがない訳ではないが、乾燥が必要だとかそういう事は知らなかった。
「そうだなあ、本当なら切り出してから最低でも半年、理想を言や、一年以上は乾燥させた方がいいな」
「一年以上!? こないだ山の民が切り出してくれた木材じゃ使えないって事ですか!?」
「いや、火は着くこた着くんだ。ただちょーっと着きにくかったり、ちょーっと煙や煤が多く出たり、変なガスが出たり、やたら大きな音立てて爆ぜたり、燃えてんのにイマイチ暖まんなかったり…。効率悪い上に危ねえし、煙突も傷めるんでさ…」
「一応、細かく割って乾燥を早めようとはしてんだよ。ただ、真冬の間に乾燥した薪が尽きたら背に腹は変えらんねえ。生木でも何でも燃やすしかねえさ」
「そんでも、あるだけマシだ。カリューで貯めてた薪は半分以上流されたか泥かぶったって聞くしな。山の民には感謝してんだぜ」
男達はしみじみ語った。
ふと思い至る。私は水の魔法士だ。
「すみません、どこかに、まだ切り出したばかりの薪ってあります?」
私とザコルの連携プレーでお風呂にお湯を張った後、男性の一人、ガットの父親に案内されて町長屋敷の裏手側にやってきた。
そこには大きめの倉庫があり、庭仕事用の道具や資材の他、薪が壁一面に保管されていた。物凄い量だ。薪って一冬でこんな量を消費するものなのか…。そりゃ、森に入って伐採するくらいしないと間に合わないはずだ。
「ここに、備蓄用って事でまだ切り出したばっかの薪が補充されてる。避難民の支援でもだいぶ薪を使い込んだからな、シータイでもそのうちこの生木っつうか、シケた薪を使う事になるかもな」
ガット父は、そうして指差した場所ではないところに積まれた薪を二本手に取り、薪同士を打ちつけてみせる。カン、カン、といい音がした。
「これはいい具合に乾燥が進んだ薪の音だ。だがこっちは…」
ガット父は今度は備蓄用だと言った薪の山から二本手にとる。打ちつけてもさっきのような音はせず、鈍くドッ、ドッ、と動物同士がぶつかり合うような音がした。そうか、シケていると音が響かないのか。
「貸してください」
私はガット父からその薪を受け取る。いつも暖炉やストーブの横に積まれた薪よりもずっしりと重く、ひんやりと湿った感触がする。これは確かに燃えにくそうだ。
私は薪を地面に置き、林檎のコンポートを作る要領で魔法をかける。水分が多いのは分かるのだが、林檎に比べると格段に『水』を想像しづらい相手だ。むむむ…と闇雲に力を込めていたら、そのうちジジ…と僅かな音がして薪から湯気が立ち始めた。湯気を見たら、より薪の中にある水分を想像しやすくなったので、一気に出力を上げていく。
ギュウウ…と軋むような音がして、薪が僅かに縮んでしなり、パンッとヒビが入った。
「ぷは、これでどうでしょう! 集中したあ…!」
おおーっとギャラリーから声が上がる。
「凄え、これは凄えぞミカ様、カラッカラだ!!」
まだ熱の残る薪を打ち付ければ、カーンと高い音が鳴り響く。火の用心、とか言いながら打ち鳴らしたい気分だ。
「これなら問題なく使えますかね!?」
「おうよ、これは凄え燃えるぞ!!」
「いや、流石にカラッカラ過ぎねえすか? これは多分『燃え過ぎ』ますよ。火持ちがどうすかねえ…」
パン屋の倅が難色を示す。パン焼き窯の火加減にもこだわりがあるのに違いない。さすエビだ。
「まあな、一瞬で燃えちまうだろうなあ…。却って薪を食う上に熾火があんま残らねえかもしんねえな」
火持ちとか熾火とか、知ってはいても実際に使った事のない単語が飛び交う。
「なるほど。よく分かりませんが、乾燥させ過ぎてもよくないって事ですね、よし、分かりました。水分を飛ばして乾燥を早められる事は判ったので、そっちの自然乾燥が済んだ薪を参考に、同じくらいの水分量を目指して試行錯誤してみます。うまくできそうならまたカリューに出張する事にしましょう」
また仕事を増やしてとザコルに怒られるかと思ったが、当のザコルはさっきから無口になっている。
「さ、姐さん。そろそろ時間すよ」
「うん。ガットくんのお父さん、ありがとうございました」
気のいい彼に手を振り、私達は倉庫を後にした。
つづく




